第18話 襲撃
「はあ……はあ……!」
街灯しかない暗い夜道を鷹野は息を切らして走る。右手はスマホを耳に当て、何度鳴ったか分からないコール音が鳴っている。
「お願い、司。早く出て……」
そう願う鷹野の願いも虚しく、電話は一向に繋がらない。
何度となく角を曲がったその先、街灯の光に照らされて複数の人影が立っていた。その手には何かしらの武器を持っている。
鷹野は踵を返そうとしたが、そこには別の人影が立ちはだかる。
「ちくしょう……」
鷹野は心底悔しげに吐き捨てた。
じりじりと距離を詰める人影達。それに抗う術を、鷹野は持ち合わせていなかった。
◇
「おい、そろそろ出てきたらどうだ?」
人通りの多い表通りから外れた裏路地を歩いていた九十九は、立ち止まって振り返るとそう投げかけた。
何者かが自分の後を付けてきている。しかもまるで隠す様子もなくだ。騒ぎになるのを嫌った九十九は、こうして裏路地に相手を引き込んだのだ。
「……くははははは! そうだよなあ。これぐらい気づいてくれなきゃ面白くねえ」
物陰からゆらりと一人の大男が現れる。その顔を見て九十九は心底驚いた。
「お前、
現れた男の正体。それはかつて刑務所内で九十九に暴行を行っていた主犯格、
毒島は九十九の反応をいたく気に入ったのか、舌を出して下卑た笑みを浮かべる。
「そうよ、お前を塀の中でたっぷり可愛がってやったオレ様よ。なんだ、せっかくオレが目を潰してやったのに義眼なんか使いやがって。またあの時みたく潰してやろうか? ん?」
「ふざけんな! どうしてお前がシャバに出ていやがる! まさか脱獄を……!」
「さあて、どうしてだろうなあ。くひひ。ああ、そうだ。お前に見せたいもんがある。おい、出てこい」
毒島がそう投げかけると、暗がりから今度は小柄な影がゆっくりと出てきた。その姿が街灯によって徐々にあらわになる。
「な……に? どうしてだ? どうしてお前がそこに、そこにいるんだ!?」
現れたのは不知火だった。
事情が全く把握できず、九十九は混乱した。ありえない事が立て続けに起きている。一体何がどうなっているのか。
「不知火! こっちに来い! そいつは危険だ!」
「おーおー。随分とこいつにご執心じゃねえか。だが残念だったな。元々こいつはオレのおもちゃだ」
そう言って毒島は右手を不知火の下顎にかけてぐいっと向かせる。不知火は完全に毒島のいいなりだった。
その時、ぷつんと九十九の中で何かが切れた。
「……その薄汚え手を離せ…………毒島ああああぁぁぁ!」
九十九は悪食を取り出し、能力を使おうとした。しかし即座に違和感に気づいた。九十九と悪食が繋がっているいつもの感覚がない。まるで、悪食が九十九を切り捨ててしまったみたいに。
その瞬間、耳を劈《つんざ》く轟音が轟き、九十九の体中に電撃が走った。
「ぐああああぁぁぁぁぁ!」
ショックで刀を落とし、九十九は膝から崩れ落ちる。視線の先にいる毒島は、いつの間にか巨大な金槌のような武器を持っていた。
「まだだ、まだお前に味合わせる地獄には全然足りてねえ。明日を楽しみにしてな。あばよ。おい、来い」
毒島は踵を返し、九十九から離れていく。その後ろを不知火が付いていく。
「いくな……不知火……!」
消え入るような振り絞った声は不知火に届く訳はなく。九十九の意識は暗闇に落ちていった。
◇
九十九はゆっくりと目を開けた。自宅の木目の天井ではなく、真っ白な天井だった。ここはどこだろうか、などと考えていると傍らから声をかけられた。
「ようやく起きたか」
そこには小鳥遊が椅子に座っていた。
「……よお。なあ、俺はどうしてここ、に……」
話しながら徐々に記憶が戻ってくる。毒島が突然現れた事、その傍になぜか不知火がいた事、毒島に為す術なく倒された事……。
全てを思い出した九十九はがばっと起き上がり、小鳥遊に掴みかかった。
「おい! 毒島が、あの野郎がなぜか外に、いやそれより不知火が……!」
「落ち着け。それより先に僕も聞きたい事がある」
そう言って小鳥遊は自分の足元から刀を取り上げる。それは悪食だった。
「お前が意識を失ってここに運び込まれた時、これも運び込まれた。末期の一振りは持ち主が意識を失うと持ち主の中に戻るはず。まさか……」
「……ああ、そうだ。ついに俺はこいつに見限られたらしい。もう俺は悪食は使えないただの一般人だ」
「そうか……。いよいよ事態は悪化したという訳か」
意味深な小鳥遊の言葉に九十九の胸がざわめいた。
「どういうことだ。一体何があった?」
「いいか、九十九。落ち着いて聞け」
小鳥遊は九十九の顔を正面から見つめ、言葉を噛みしめるように発した。
「末課は、壊滅した」
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