第3話 藍藻池
結納から然程の月が流れ、7月の初夏に入っていた。
その間私の南部家での役割兼母とは、所謂萬係である程度の裁量権は与えられるも、何かと執政の義姉撫子に相談しては都度煙たがれる。そんな時は後見の義母常盤さんに思いっきりぶつかってみなさいと、ただ応援されるものであった。そして九分方は兼母様が仰るならと折れに折れてくれた。これも私の生家が第五血統綾辻家の南部家縁戚の仕置きが大きい。
やや常盤さんに、若干血筋がぶつかりませんかも、膨大な絵巻を出されては伊万里と莉恩は近親婚では有りませんと諭された。それでもを常盤さんに見透かされたのか、薄紅さんと呼ばれる判別師が招かれ、私の有る事有る事の何事も読まれ、産後も安泰とお墨付きを貰った。そしてあのになるが、愛してるかどうかは伊万里さんにお聞きなさいと、微笑まれ忙しげに帰って行った。
この暫し後に、裁量権手際良しと認められ兼母所が発足した。私兼母を筆頭に、女中若頭から雪室愛南さん、南部家系列ダイカクスーパーからホープの畠山鈴緒さん、杜氏所から仲良しの妹分で一宮明日香さんが来てくれて、存分の働きをして貰ってる。
そして最近兼母の仕事として言いつけられた事がある。それは御屋敷右上の御庭園の藍藻池の管理だった。管理も何もただ大型の池が深い藍色そのもので、何の生き物が住んでいるか、ずっと佇んでいても、中央の岩礁にたまに小鷺が止まっては飛び立つ位だ。
それでもこれはと御台所からは、小さい生つくね5個の乗った小皿を渡されては、ただ義務的に餌やりに応じた。とは言え、生つくねが随時浮かび上がって来る訳でも無いので、何かしらの属している生物がいる事は確かだった。
いつもの様に飽く無き程に、藍藻池の色彩の美しさに囚われていると、何かが聞こえた。
(杜氏とは面白い娘だな)
私は誰と、渋いおじ様の声かなとぐるっと見渡すも誰もいない。その間に藍藻池にゆっくり泳ぎ浮かんで来たのは、1.5mはあろうかの巨大白鮒だった。どうしても目を疑った。川釣りでたまに巨大魚を捕まえるも即放流が常で、いやこれは確かに鮒でそんな事有り得るのかになった。
(それは江戸も後期から生きていれば、体だけはがっちりになってしまう。ここは意外と普通の娘だな。でも化粧次第で別嬪さんの評判は興味深い)
そう、受け入れるしか無い。この声の主は巨大白鮒で、挨拶代わりに幾つもの映像を流し込まれ、時間は軽く1時間は経とうかだった。
そして巨大白鮒は、今は百代と名乗っている。この精神感応には故が有る。元は聖なる土壌の山形の千年池の恩恵を経て得難い知恵を授かったと。
そして江戸時代末期の誕生から長らくも安寧かも、第二次世界大戦前に千年池が枯渇後僅かで、狭い酒樽に放り込まれては、遥々南部家の藍藻池に放流されたと。まあこの濃度なら私生活が元通りで尚良しらしい。
しかし、聖なる恩恵があったとしても何故にここ迄話すと饒舌なのかは、ある自称伝説の武者の存在が有るらしい。百代と武者七頭弥兵衛は明治時代中期の大乱戦で接触した。
それは激しい乱戦で千年池の周囲には骸が忽ち重なっていった。そして既に生き絶えそうな七頭弥兵衛が全身血塗れで千年池に転げ落ちては、聖なる恩恵で知性が融合した。
百代の分別と弥兵衛の技能が渾然一体となっては、南部家の知恵番頭に至っている。稀に生きたまま七頭弥兵衛の転生かが過るが、食欲は一巨大白鮒の限りなので儂は儂に至ってるそうだ。ただ杜氏ならば極上の日本酒飲ませろの願望が過るのは、たまには弥兵衛としての意を汲もうかになると。
私は南部家の知恵番頭百代或いは武者七頭弥兵衛がそこ迄言うのならばと、膝を上げては御台所に進み、お盆に南部系列の花垣酒造の御神酒八代を徳利に移し、盃を持っては、再び藍藻池に戻った。ほんのちょっとですよと一声掛けながら、盃を軽く水面に落とした。
(美味い。もっと飲みたいと欲するも、この身は一介の巨大白鮒だから、これで気が晴れた事だろう。お役目上首尾)
「生涯得られぬ知識を得られたのですから、御所望とあらばいつでもお申し付け下さい」
(そこ迄感謝しなくて良い。その指南は撫子の半分もなのだから。それと今から言っておこう。いつかその刻印を見る事だろう。決して深い青に溺れるな。瞳がただ曇るのは人生の咲どころを見失うぞ。ここは遠巻きに見ている連れと合わせて察してくれ)
そうして百代は仰け反るかの様に、藍藻池の深部へ垂直に降りて行った。
ふと背後を見ると、目を見張っていたのは、愛南さん鈴緒さん明日香さんの仲良し兼母所で、興味本位に藍藻池を窺がわない様にと諭しておいた。
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