Kick me,Please!!
Nakimori
オーナーとロッティ1
2016年、春。俺はついに念願の『社交界』デビューを果たした。
「はい、合格おめでとう。くれぐれも事故には気をつけて、楽しいバイクライフを」
試験に携わっていた老齢の教官はそう言って、教習修了の証をこちらに差し出した。
もともと普通自動車免許(ATのみ)は取得していたのだが、この春晴れてその免許に『普通自動二輪免許』が付加されることになった。
にしても・・・・・・この『普通自動二輪免許』を取得するまで非常に長い道のりであった。
幼少期、戦隊モノか、或いは何かのロボットアニメが起源か、今となってはよく覚えていないがオートバイに対して並々ならぬ憧れを抱いていた。
免許の取得が可能な年齢に達した折、両親は普通自動車免許を取得させようと山形に存在する自動車学校へのパンフレットを差し出してきた。
「クルマは嫌だ、バイクが良い!」そんな3歳児レベルの抵抗を見せたものの、今にして思えば儚い抵抗であった。
ドライブと称して連れ出された挙げ句、自動車学校へ身の回りの荷物と僅かな日本円とパスポートとともに置き去りにされ、ほぼ強制的に合宿に参加せざるを得なくなったのだ。
時は遷ろい大学時代、ここで根が真面目不勤勉の俺は単位取得に追いつ追われつの生活で、二輪免許取得のためのアルバイトなど出来ようもなく、せいぜい学部の先輩の原動機付自転車を貸してもらう程度であった。
そして今へと至り社会人3年目。一人暮らしを始め、ようやく職場にも馴染み、コツコツと資金を貯め、バイク購入と教習費用をまかなう資金が貯まったのであった。
大手を振って近場の教習所へと向かった。これで俺も『一端の漢』になれるのだと期待に胸を膨らませた。『一端の漢』とは、オートバイを自在に駆るナイスミドルなダンディのことを云う。
しかしながら、現実はそう甘くないと言うことを直ぐ様思い知らされることになった。
「すぐに教習を始めて頂くことが可能ですよ!」
入校の直前、某自動車学校の受付嬢は満面の笑みにてそのように述べた。しかし、すぐに始まったのは教習ではなく後悔の嵐であった。
その場で入学を決断し、教習費用をニコニコ現金一括払いにて収め、いざ予約を入れようとすると、受付嬢は困ったような表情を顔面に貼り付けながら、
「うーん・・・・・・今週末は予約で一杯ですねぇ」
悪びれる様子もなくそう告げたのだった。
「騙したなッ!! よくも騙してくれたなッ!!?」
俺とて一端の社会人であるわけで、無論そのような乱雑な物言いこそしなかったものの、不服の意を顔面全体に貼り付けて応戦してみると「ここに通ってるのはお前だけやないんや。お前中心にこの世界は回ってるワケやないんやでッ!」とまでは言わなかったが、「すみませんー、早いもの勝ちなんですよ」と決して自分自身の詐欺的行為にも近い言動を省みることは無かったのであった。
車とは違い、二輪車は乗り手が雨ざらしとなるため、必然的に降雨・降雪の少ない季節に教習希望者が集中する。加えて、自動車よりも趣味の色が強いため、俺のように社会人であり、なおかつ空いた時間を利用して教習を受ける者が大多数である。
平日の夜や週末などさも当然のように混み合う。
入った翌週、悪くても2週間程度で免許取得に至るであろうとたかを括っていた俺のモチベーションは完全に打ち砕かれてしまったのであった。
逐一受講のタイムテーブルを確認し、空きの出た週末を押さえたり、あるいは平日職場を『通院のため』などと言い訳をして早上がりしたり、どうにかこうにか時間を融通し、すべての教習を修了する頃には入学してから2ヶ月以上経過していたのであった。
季節は間も無く梅雨へ入ろうとしていた。
「・・・・・・長かった」
しみじみと感慨に耽ってみた。しかしこれで念願の『一端の漢』へ大きく前進出来たのである。
「誰か心に決めた娘はいるの?」
年老いた教官が笑顔で尋ねてくる。
『娘』と言うのはつまり、オートバイのことであろう。バイク乗りたちはしばしば自身の所有するオートバイを女性的、あるいはさも女性であるかのように形容することがある。
そして、俺は『とある理由』でバイクに取り付くオートバイの化身とも擬人化とも言うべき存在を観ることが出来たし、また触れることさえ出来た。
それらは往々にして美しい少女(あるいは女性)の外見をしているのだが、自分のオートバイを女として扱う文化的背景があるのなら、過去に俺以外にもその彼女たちを視える者がいたのかもしれない。
「いえ、まだですね」
「そっか、じゃあこれあげるよ。入口に置いてあるチラシだけど」
老教官に手渡されたチラシには『ハーレーダビットソンinアズテックミュージアム2016』と記載されていた。タイトルの示すとおり、催しの主催はハーレーダビットソンさんなのであろうが、その展示会には国内外問わず大手二輪メーカーの『ご令嬢』たちが一同に集うのだという。
「・・・・・・面白そうですね。ぜひ行ってみます」
2度と来たくない場所ランキングトップ5には入るであろう自動車学校ではあったが、仮に大型自動二輪免許を取得したいと思った際、ブラックリストに載っていては困るので、波風立てるようなことはせず、慇懃に礼を述べてから教習所を後にするのであった。
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