第4話 準備と出会い
自分の命を絶つ。そう決めてそこから大和は来るべき日に備え、着々と準備を始めた。
入会していた様々なサービスの解約、SNSの類のアカウント削除、人には言えないような趣味のデータの破棄、アパートの解約手続きや不用品の処分……。
何もなくなって文字通りがらんどうになったアパートの部屋を見た時、どこか爽快感を感じている自分に苦笑してしまった。
もし、自分に全てをさらけ出せる家族や恋人、友人のような存在がいればこんな選択肢は選ばなかっただろうと思う。だが皮肉にも、家と会社を往復するだけの自分にはその中の一つも持っていなかった。
車だけは手放さなかったのは、車があると無いのでは命を絶つ際に、手段が大きく狭まることが分かっていたからであった。ガードレールに向かってアクセルを踏み込むなり、インターネットでよく見るガス自殺なり、車があれば出来ることは多いと思ったからであった。
自殺を選ぶ時点で誰かに迷惑がかかる事は避けられないのであるが、せめて少しでも迷惑をかける人を減らしたいという自分の中での最後のエゴであった。
「さて、死に場所の目星もついたことだし、最後に少し観光でもしてみるか」
手段はさておき、人生の幕を下ろす前に少しくらい自由を満喫しておこうと大和は思った。激務で薄給ではあったが、家と会社の往復で過ごすだけの日々だったため、大和の手元には皮肉ではあったがある程度のまとまった額の貯金があった。あの世に金は持っていけないし、生きているうちに少し贅沢をするのも悪くない。
まるで、ちょっとしたバカンス気分だなと自嘲気味に大和は思った。もっとも今の自分は永遠に明けない休みのうえ、自身でその命を絶とうとしているのだが。
「さて、そろそろ昼飯にしようか。店に入るのも面倒だし、適当にここらで済ませるか」
そう思い大和は浜辺の近くに並ぶ路面店の前を適当にぶらついていた。市場と隣接した海産物の浜焼きがずらりと並ぶ風景は圧巻であった。
各路面店で目の前で様々な海産物が網で焼かれているようで、その匂いが鼻をくすぐる。近くの海で取れたと思われる海老やイカ、様々な貝などが店の前の網で串に刺されて焼かれているのを見ると、さほど魚が好きでもない大和でも、食欲を刺激されずにはいられなかった。
「よし。やはりここで飯にして、それから今日の宿を探そうか」
シーズンオフに差し掛かる時期だったため、ホテルや旅館の予約にはさほど苦労しなかった。シーズン真っ最中はこうはいかなかっただろう。もっとも、そんな時期ならここを死に場所には選ばなかっただろうが。
とはいえ、市場が隣接しているだけあってここにはそこそこの人の流れがあった。おそらく観光客だけではなく地元の人もここでいろいろ買い物をするのだろう。季節はずれの観光客にまじり、地元の主婦らしき女性の姿もそこらかしこに見受けられた。それを横目に大和はひとまず路面をぶらぶら一周することにした。
「うん、やっぱりさっき通ったあの店にしよう」
一通り店を見て周り、一番美味そうだと思った店の前まで戻った。が、タイミングが悪かったのか先ほどは誰もいなかった店の前に数人の行列が出来ていた。まあ、行列といってもたかが数人だし構わないと思い、大和は列の最後尾に並んだ。
列に並んで大和はスマホの画面に目を落とす。ネットニュースの記事を見ているうちに自分の順番がくるだろう。
「あれ……?財布どこにやったっけ。ここに入れといたはずなんだけど……」
スマホの画面を見ながら列の流れが進むのを待ち、次が自分の番だなと思っていると前から声が聞こえる。どうやら前の女性客が何か慌てている。
「えっと……家を出る時に確かに入れたと思ったのに……どうしよう……」
どうやら財布が見当たらないようで、手持ちのカバンをごそごそと探っている。目の前には既に注文した商品を袋につめた店員が前の客を心配そうに見ている。
「家に忘れたかなあ……それともどこかで落としたかなあ……」
カバンやポケットを探している様子だが見つからないようで慌てている。ふと後ろを振り返ると、自分の後ろには既に何人も並んでおり、さっきより長い列が出来ている。
「あ、すみません。とりあえず自分がそちらの分も払います。それと……イカ焼きと貝串一本お願いします」
なおも慌てている様子の女性を見て、咄嗟に言葉を発してしまった。
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