第9話 機械じかけの王子様 

「ジョゼ、どうしよう」


テロのニュースを観たヴァイオラが、不安そうな顔をして私の方を見る。テレビのニュース番組は、そんなことはお構い無しに解説を続けている。


……――この時ですね。大きな爆発が起こりました。監視カメラに映っていた嘴のような覆面の人物と、男の消息は不明です。自爆テロということでしょうか。解説の奇島さんのご意見を――……



ヴァイオラ、バロック、そして私の3人で、ヴァイオラの生まれ故郷アルルを訪れたのは1時間ほど前。そして日本に戻った直後、悪魔数1の強力な悪魔ライグリフとその『宿主』が、アルルを襲撃した。私たちは間一髪難を逃れたが、ヴァイオラの故郷の遺跡は破壊され、一般人数名が巻き添えになってしまった。私は眉間に手を当てて話す。


「悪魔ライグリフか。太古から存在し、最強とも呼ばれ、とても狡猾で計算高いと聞く悪魔だね。厄介な奴に目を付けられたわ。油断したわね」

「っつーか、あのワシジジイがSNSを理解してたっつーのが一番ビックリだ」


すかさず、バロックが皮肉交じりに相槌を打つ。確かにその通りだ。私と融合している悪魔ウォルコーン、そしてバロックは比較的若い悪魔だが、悪魔ライグリフは何万年も存在しているという、旧い悪魔。よくもまあ、現代の人間が生み出したものを、きちんと理解しているものだ。ヴァイオラはうつむいている。自分たちのせいで怪我人が出ていることに心を痛めている様子だ。


「死傷者は出ていないみたい。不幸中の幸いってとこかしら。この間の教会を直したときみたいに、あとで私がこっそり遺跡を修復したり、怪我した人を治してくるわ、だからヴァイオラ、あまり気にしないようにね」

「うん、ありがと。ジョゼ」


ヴァイオラの顔が少し明るくなった。良かった。すると彼女はすぐさま、ひとつの疑問を口にする。


「……ねえジョゼ、バロック。この大爆発は、『宿主ルシフェン』の『アストリオン』? それとも『悪魔の願い』が作用しているの?」


我らが愛おしきあるじは、相変わらず肝要なポイントを見抜くのがお得意だ。そう、そこが一番抑えておくべきポイント。バロックは短い手を蝶ネクタイの前で腕組みさせ、しかつめらしい顔で答えた。


「恐らく『アストリオン』だな。こんな破壊をもたらすのは『アストリオン』か『悪魔の願い』のどっちかだが、仮に悪魔数1のバカつえー『悪魔の願い』が『全てを破壊する』みたいな脳筋のうきんな『願い』だった場合、被害規模がこんなモンじゃ済まねーからな。10km四方は軽く吹き飛ぶんじゃないか?」

「なるほど。それにしても血みたいな紅い光だったな……あの『アストリオン』」


バロックの考えを聞いてヴァイオラが納得し、先程テレビに映し出された光景を思い出したようだ。私もヴァイオラに倣い、試しに脳裏によぎった考えを、そのまま言葉として放ってみる。


「破壊のエネルギー……『紅蓮ぐれんのアストリオン』ってとこかしら。色相的には、ヴァイオラの正反対ね。病院の手術室で着る術衣が薄グリーンなのは、血の反対色だからっていうわよね。破壊的な『紅蓮のアストリオン』と、治癒やガードが得意なヴァイオラの『翠緑のアストリオン』……、なにか似ている気がする」


私の言葉を受け、ヴァイオラは可愛い瞳で自分の細く白い手をじっと見詰めた。その掌からエメラルドグリーンの粒子がふわりと舞い、ぱぱっと宙に弾ける。その光景に私は思わず目を細めた。油断すると、食べたくなってしまいそう。つられて私は、自身の秘密を少し、吐露する。


「実はね、私の『黄金のアストリオン』はではなく、のが得意なの。混沌から秩序へ。秩序から混沌へ。熱を発生させるのはただの結果」

「だから熱力学第二法則に逆らったり、高次元宇宙空間にアクセスするみてーな技が多い、っつーワケだな」

「うーん、ちょっとわたしには難しいかな……」


思うに、ヴァイオラはイタリア語を無意識のうちに『アストリオン』で習得している(現地の住民と会話していた)ので、知識を理解しようとすれば出来るはずではある。が、否定の言葉が出るということは、物理学に対する苦手意識の現れだろう。自らを文系だ、とカテゴライズしているのかもね。続けて、バロックは神父さん(たしか、名前はモディウスだったか――)の、『アストリオン』についても考察する。


「神父のおっさんは『第1の願い』つまり『悪魔のを得る願い』のときに瞳に輝いていた『暗青あんせい色』がそのまま、『アストリオン』のカラーだろーな。ジョゼの反対色っつーこった」

「なるほど。科学の逆。宗教的な思想、智慧、そういう類の力、かしらね」


バロックの考察は恐らく正しいだろう。着用する衣服に内面が現れるように、『願い』にはその生物の想いが滲み出る。それも、真っ先に願った『第1の願い』ならば尚更だ。


「わたしが、あの『数字』を調べたとき。悪魔ベアスの『宿主』が願った、『第1の願い』の扉から漏れ出した思念の色。『極彩ごくさい』色だった。定まらない色。自分を見失っているのかもしれない……」


ヴァイオラが、フランスでの出来事を思い出して、ころころとオルゴール玉メルヘンクーゲルを転がすような、可憐な声で呟く。北アメリカ大陸にいるという悪魔ベアスは二次元宇宙的な思考ルーチンに基づいて行動している可能性が高いという。読み辛い相手だ。このヴァイオラの直感は重要な予感がする。正体不明の『宿主』の正体を暴くための、ね。とはいえ、ここでそれを伝えると、逆に直感を縛ってしまうと思えたので、敢えて口には出さずにおいた。――さて。


「それじゃ一先ず、ライグリフとその『宿主』が破壊した箇所を修理してこよう。今後の対策についてアイディア出ししておいてね」

「わーったよ。いってらー」

「お願いね、ジョゼ!」


私はヴァイオラの頬に軽くキスをする。サラサラで柔らかい髪からは、カモミールとわずかに柑橘の香り。私の吐息がかかったヴァイオラはびくっと一瞬身を硬直させて、顔が耳まで真っ赤に染まっていった。本当に可愛い子。守ってあげたいと思う。バロックはまた、そのゆるキャラのような姿に似合わず、嫉妬深い顔をしてコチラを睨みつけている。私は意に介せず『黄金のアストリオン』を、頭の両サイドから生えている、金色の茨が絡み合った形状のツノから展開して、少し高い次元宇宙空間へと移動する。


「フフ……、それじゃ、またねチャオ



……

といって、ジョゼが空中に融けて行った。

ああ、頬が熱い。いきなりなものだから、体温が上がってしまった。ジョゼは絶対、わたしの反応を楽しんでいると思う。もう……。


「――あっ!! 母さんに連絡しなきゃ!! 不在着信いっぱい来てるー!!」


急いで画面上の緑色の通話アイコンを押して、リダイヤルする。


(――ああヴァイオラ! やっと繋がった。あたしの手にもが浮かんでさ。ま、特に体調に変化はないよ。あんたは大丈夫?)


やはり、母さんにも『数字』のが浮かび上がっているようだ。嘘をいても仕方がないので、自分の体調については正直に話す(もちろん、『悪魔』と『宿主』のことは隠すけどね)。


「あー……、実はわたし、なぜかが出ていないんだ。だから心配しないで大丈夫」


案の定、母さんは驚いた様子で返答する。


(――ほんとに!? 痣が出てない人って一人もいないらしいよ!? で、でもまあ、それなら逆に一安心か。はぁ……。あ、そういえば。、みた? トレンドに上がってるやつ)


ギクリ。といえばまさしく、地上波で散々ネタにされているわたしと、バロックの動画に違いない。まさかあの動画がわたしだとバレた?


「な、な、なんでそれを!?」


動揺して声が上ずってしまった。ポーカーとか、心理戦なんかには向いてないなあ、わたし。けれど、普通に考えて、娘がわずか数時間でフランスに帰れるはずもなく、顔がモザイクがかっている謎の人物が、まさかわたしとは気づくはずがない、よね。


(――いや、最近、あんたが抱き枕代わりにしてるぬいぐるみがあるじゃん。ヨダレ垂らしてさー。あれとそっくりなのが動き回ってたからさ。最近流行ってるのかなーって。アハハ!)


なんだ。バロックの方か……。はあ、と安心して溜息をつく。


「そ、そう……、そうなの、動いたり喋ったりするぬいぐるみで……。バロックっていう名前なの。……っていうか、寝顔見られてたの!? え、よだれ垂れてた!?」

(――可愛い寝顔だから大丈夫だよ! じゃ、夜には帰るからね! あとでその子、バロックちゃんだっけ。あたしにも紹介してね!)


……電話は切れた。


「……母さん、バロックの動画見たってさー」

「お! オレ様の知名度も爆上がりだな! トレンド1位!」

「完全にぬいぐるみだと思われてたよ」

「ぬがァーーーーーーー!!!! どいつもこいつもァーーーーーーー!!!!」


バロックがぷんすか憤慨している。そしてぺらぺらと一気に喋りだした。


「あー、もういいよ。今後の事でも考えようぜ。ベアスのヤツはアメリカのどっかにいるが、なんせ広い。まずは位置を特定しねーとだな。ライグリフのヤツはとりあえず放置でオッケーだろ。こっちの位置を漏らさないようにだけ注意だ。あの破壊力に対抗するために、オマエの『第3の願い』を強力なのにするとか、味方を増やすとか、確定で勝てる条件が揃うまで、出来るだけバトルは避けたい。いや勝てるとは思うけどさ、余計なダメージは喰らいたくないじゃん? 当面はジョゼに『宿主』の動向をリサーチしてもらうのがいいかもしれねー」


ものすごい早口で捲し立てられて、わたしは思わず固まってしまう。


「う、うん。一気に喋ったね……」

「オマエもなんか案あるか?」

「そうだね……」


わたしは頬杖をついて意見をひとつ。


「やっぱり、残り2体の悪魔と、その『宿主』の動向が気になるかな」


悪魔数5。ドイツで人間と協力し、機械で何かを作っている、悪魔ヘッジフォッグ。

悪魔数6。中東、UAEで『宿主』を探している、悪魔フライピッグ。

この2体だ。


「必ずしも、敵対する事はないでしょう。まずは会って、話をしてみたい。バロック、この2体について、何か知っている事ってある?」

「あー、オレ様は会ったことないから、噂くらいだけどな」


と言いながら、バロックはふわふわ室内を漂いながら、窓際にあるミニサボテンの鉢植えのお隣に腰掛けた。そして、残る2体についての解説を始めた。


「悪魔ヘッジフォッグ。そうだな、人間のに興味を持っている、ヘンなやつらしいぜ。『儀式』とかそういうのに関係なく、で人間界に降り立っては、機械に取り憑いてレースに出場してみたりだとか、オンラインゲームで神出鬼没のプレイヤーとして恐れられているだとか、俗っぽい噂をよく聞くなあ。ま、悪いヤツじゃねーだろ」

「なるほどね。だったら、人間の世界が消滅するのは嫌うだろうな。交渉の余地はぜんぜんありそうだし、味方になれるかもね。話を聞いただけで、ちょっと好きになっちゃったし」

「ケッ! どーだかな。コッチの噂がどう伝わってるかにも依るな」


バロックが拗ねてしまった。構ったら構ったで「離れろ!」って言うし、面倒くさいやつだなあ。本当に子供みたい。とりあえず頭を撫でてやる。


「よしよし。じゃ、もう1体は?」

「悪魔フライピッグか。オレたち悪魔って下界の生物と姿が似ていたりするんだが、こいつは名前そのまんまで、羽根が生えた子豚ちゃんだ。一応ツノもあるけど。ただ、性格はあんまり良くね―って聞くぜ。ハラが減ったら手当り次第、なんでも喰っちまうんだとか。そのくせして慎重だから。ま、フツーに神サマの座を狙ってるだろーし、『宿主』をまだ見つけてねーのは、生贄をじっくり探してんだよ。多分な」

「ふーむ……、、って感じだね……」


ヘッジフォッグとフライピッグ。2体とも悪魔数は高めなので、一つ一つの『悪魔の願い』のパワーは、バロックに劣るはず。悪魔数2のウォルコーン(ジョゼ)と、悪魔数3のバロックが手を組んでいる状況というのは、かなり有利といえる。単発の願い同士がぶつかった時、高い確率でこちらが勝てるから。


――って、ヴァイオラは考えてんな。ただ、『悪魔の願い』は単純なパワーだけで優劣が決まるワケじゃねー。相性がかなり重要になるだろう。オレたちのは汎用性が高い代わりに、これぞ必殺! というものが無ぇ。一方、ジョゼは一発技があるが、隙がデカいので、『アストリオン』持ちの『宿主』相手にブッパしても、ほぼ決まらないだろう。確実に当てるには、初見殺し or『星紋装纏アストラ・ドレスト』からのコンボ、ってトコだな。


「ねえバロック、何か考えてる?」

「そうだな……オレ様たちにも『必殺技』が必要かもな、って思った」

「『必殺技』かぁ……。あまり戦いたくはないけど……。たしかに」

「だけどオマエの『アストリオン』は護り主体だし、『願い』も防御方面だ。かといって、『3つ目の願い』を一発技にするのもリスクが高い、っつーか勿体ねえ」


しかし、をオレ様は知っている。


「ヴァイオラ。オマエ、マンガ読むか?」

「え、うん。少女漫画も少年漫画も関係なく、幅広く浅く、って感じかな」

「オマエ、フランス人だから下地はあるよな。スポーツものとか、バトルものは?」

「んー、まあ……、それなりには。でも、なんで?」

「ハッ! こういう時、大体ヤることはキマってんだろ。だよ、。オマエにはが必要だ。イイヤツを紹介してやる」

「師匠……?」

だ。ただ、そいつの居る所は、ジョゼが次元跳躍ジャンプしたときに通ったような、ちっとばかしお目々がグルグルするような場所でな……」


ヴァイオラは思い出したのか、梅干しを擬人化したとでもいうべきか、今までに見たこともないような激しいしかめっ面をして、「うへぇ~~~」と気持ち悪そうな声を出し、今にもしそうな顔をしている。


「……ま、そんなに構えんなって。は『アストリオン』でガードしたらぼちぼち大丈夫だったろ。で、オマエにはもう一つ、がある筈だけどな」

「……はっ、そうか。『第2の願い』!」

「そ。オレ様がオマエのスーツになれば、をかなり遮断できるって事。それに、あの空間で特訓すれば『アストリオン』の総量をアップさせることが出来る筈だ(ちょっぴり人外化しちまうけれど)」

「そっか。なら大丈夫……かな? 本当に大丈夫? なんか小声で言わなかった?」

「気にすんな。オレ様だって、オマエがどこぞの馬の骨にボコボコにされるのは気に食わねー。『宿主』だからな! だからよ……、負けて……欲しくないんだよ」


しまった。うっかりセンチな事を口走ってしまった。オレ様はハッとして口を抑える。が、時既に遅し。ヴァイオラはこっちを見てニヤニヤしている。オレ様が失言したのを喜んでいるのだ。多分、こいつドSだと思う。挙動不審になっていると、ヴァイオラがオレ様の頭をポンポンしてきた。



これが漫画なら、ああ、コイツは主人公なんだな、とオレ様は思った。


「『第2の願い』を


ヴァイオラがそう唱えた瞬間、オレ様の全身が『翠緑』の光に包まれ、ヴァイオラと一体化していく。コイツが着ていたのは私服だったが、最初にあの教会で『願い』を叶えたときと同じように、全身のラインが顕になった黒いアンダースーツの上に、制服をモチーフとしたらしいアーマー、次いでオレ様っぽい頭部ヘルメットへと変化していった。最後に右腕へ、蝶ネクタイを再解釈した形状の腕輪が嵌まる。


「『悪魔装纏デヴィル・ドレスト』」


ヴァイオラがなんかぼそっと呟いた。


「オイ、それってジョゼのパクリじゃねー?」

「……」

「まいっか。『悪魔装纏デヴィル・ドレスト』、イイと思うぜ。やっぱはロマンだろ。有ると無いとじゃ大違いだぜ?」

「…うん…」

「気にすんな。堂々としてろ。黒歴史だとかな、言いたいヤツには言わせとけ。そうやって他人を上げへつらうヤツってのは決まって、何も生み出せねーヤツだからな。ギャハハ!」


と、毒を吐いてスッキリしたところで、の所にレッツ・ゴーだ。


「じゃ、行こうぜ」

「オッケー」

「その前に、ジョゼに一応伝えておくぜ。もしもしもしもォーーし!!」



……バロックから通話だ。


「どうしたの? こちらは丁度、隠蔽工作が終わったところ。ま、ベアスに追われる可能性があるから情報操作まではしないけれど、痕跡は全て消しといたわよ」


……、バロックからあらましを伝え聞く。成程、特訓ね……。確かにそれは有効かもしれない。現状判らないことが多いから、手をこまねいているよりかはね。上の世界はこちらと時間の流れが違うから、1日あれば戻ってくるかな。何かあったらそっちに行く、と伝えて通話を切った。


「さて、どうするか……」


アルルの古代劇場はライグリフと『宿主』に破壊された後、ブルーシートで隠されて警官が配置されていた。私はとうに『魔眼』で警官たちを支配し、『アストリオン』で遺跡を修復し終わっていた。朝が来ればマスコミが異変に気づき、この不可解な現象に対して、回答のない議論を繰り返すのだろう。


「……貴方は……『宿主』……か?」


ふいに、背後から少年の声が響いた。透き通るようなハイトーンボイス。『アストリオン』の気配を感じる。私はゆっくりと振り返る。


「……ッ!」


この私が全く気取ることすら出来ず、数十名からなる特殊部隊に囲まれていた。見たことがない形状の銃が一斉に私へ銃口を向ける。彼らが身につけている装甲服は、仄かに銀色の光を放つ。これは……。糸状にした『白銀のアストリオン』を編み込んだ服……! そして、その中心に立つ、銀色の光る髪、銀色の瞳、鈍い光沢を持つツナギを着、白いエンジニアブーツを履いている一人の少年。


「君は誰……? 『アストリオン』を放ち、『悪魔の願い』の波動は感じるけれど……。私とは何かが違う……」

「僕はシグ。貴方を拘束する」

「!」


咄嗟に私は『魔眼』を放つ、が効果がない。シグと名乗った少年は真っ直ぐに私の目を見詰めて、一瞬で間合いを詰めてきた。ボディブローの体勢に入っているのが目の端に映り、『黄金のアストリオン』を展開して防御した。明らかに音速を超えている速度だが、衝撃波が発生していない。何らかの『願い』が発動しているのだ。少年の全身は『白銀のアストリオン』で包まれている。この間、0.05秒ほど。


「危なっ! いきなり何するのよ!」

「防がれた……! どんな『宿主』であれ、この攻撃を人間が対応することは不可能。……さては、『悪魔』と融合しているな」


一撃の手応えで私の『願い』を看破し、後方に一足飛びで距離を取った。私の正体を知った周囲の特殊部隊員からどよめきが漏れる。しかし。


「よく分かったわね。でも、のよ」


私の右手を、茨の装甲が覆っている。『星紋装纏アストラ・ドレスト』を片手だけ使用したのだ。それは何故か。フフ。少年の顔面に遅れてダメージが発生する。攻撃をガードする瞬間、カウンターで軽く一発、お見舞いしてあげたってわけ。少年の体表が焦げる。しかし、それだけだった。


「軽い一撃とはいえ数百度の高熱にすら耐えるなんて。君も到底、人じゃないわね」

「……どうやら貴方は相当な手練のようだ。今の所、敵意はないらしいけど、いつ悪魔の牙を剥くことか。人類に対する脅威である事に変わりはない。戦いに勝利し、支配下に置かせてもらう」


ワオ。新人スーパーヒーローからの、まさかのプロポーズ。けれど、他重婚は認めらないの。もう私には素敵なあるじがいるからね。


「ふふっ」

「……何がおかしい?」

「私はすでに、他の『宿主』に支配されているわ」

「!」

「私を倒しても無駄ってこと。それに、君は多分、彼女には勝てない。負けるわ。この私ですら、一撃で倒されたんだから」


シグ君は冷静に状況を把握して、私への攻撃を中止した。こちらに嘘が無いことを見抜いたらしい。ま、ヴァイオラには私が暴走してたせいで負けたのだけど、確かに嘘はいてないから。それにしても、普通なら挑発を受けて多少は感情が揺らぐだろうに、シグ君の『アストリオン』には一切の乱れがない。そう、まるで……


「私、君の『正体』が何となく分かったわ。君に憑いてる『悪魔』が誰か、もね」

「もし良かったら、貴方の名前を教えて欲しい」

「私はジョゼ。悪魔ウォルコーンの『宿主』よ。お察しの通り、『願い』で悪魔と融合している。覚えといて頂戴ね」


私はチュッ、とキッスを投げた。シグ君は気にも留めない様子で、踵を返した。


「……いずれまた」

「あらあら。お硬いことね。チャオ」


シグ君と子分たちは、乗ってきたであろう装甲車に乗り込んで帰っていった。これだけの台数の車輌を隠匿して近づいた芸当。『悪魔』を欺けるのは、『悪魔』しかいない。人間と協力関係にある悪魔。機械が好きで、殊更、自動車には目がない。その彼が操作しているのだろう。で。


「ヘッジフォッグね。か。いい趣味してるじゃない」


欲望、野望、願望、熱望、願いの種類は数あれど、人類の危機を見越して作られたであろう彼はまさにの光。英雄の名を刻んだその輝く姿は、まるで救世主そのもの。『白銀のアストリオン』が何に特化しているのかはまだ不明だけど、味方にも敵にもなり得る存在。


「ウチのお姫様にもいきなり殴り掛かるんだろうね。フフッ、どうなることやら」


彼はきっと、手合わせしない限りは納得しないだろう。ヴァイオラの、特訓の成果が現れる日は、そう遠くは無い筈だ。


――アルルの街は夜に沈み、何事もなかったかのように静寂に包まれていた。



to be continued...















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