第二章/接触 [交流]第3話‐1

 集中していれば時間は早く過ぎ去るもの。本を読み進めているだけで、あっという間に40分程の時間が過ぎていた。端末の時計を見て、「やばっ!」とマコトは本を閉じる。端末を持ったまま、急いで部屋から廊下へ出た。端末の地図アプリを起動し、食堂までの道のりを確認した。食堂は部屋と同じ第2層にある。道中歩く歩道があり、広い艦内を移動するのにあまり疲れない様な設計がされているがそれを使っている余裕はない。自転車も使用できるらしいが、乗艦したばかりの日本人においそれ貸してくれるとも思えない。「走るか・・・」と呟きながら、マコトは食堂に向かって走り始めた。廊下を走っている姿を[ストレリチア]のスタッフに奇異の目で見られながらも、道中スタッフとぶつかりそうになったり、息切れで足を止めたりしながら、マコトはなんとか食堂に辿り着いた。ユウヤは既に到着しており、入口付近で暇そうに端末を弄っていた。

「ごめん・・・待たせた?」

マコトは前屈みになり肩で息をしながら、ユウヤの前で立ち止まって一言謝る。

「いや、俺もついさっき来たばっかりだから大丈夫・・・って、マコト走ってきたのか?」

ユウヤは視線を端末からマコトに移すと、マコトの状態に笑いながらも心配した。

「いやさ・・・本読んでたら出遅れちゃって・・・」

なんとか息を落ち着かせて、前屈みになっていた姿勢を正す。

「やっほー。あ、私が最後?」

突然背後から聞こえてきた声に、「うひゃ!」とマコトは情けない叫び声を上げて飛び上がる。

「なぁ~にぃ~そのリアクション、失礼だなぁ。私だよ、私。」

聞き覚えのある声。マコトは恐る恐る後ろを向くと、スズネが腰に手を当てて頬を膨らませながら立っていた。

「よぉ、委員長。」

「二人共お待たせ!お腹空かせる為に走ってここまできたから、ちょっと時間かかっちゃった。」

「お腹を空かせた方がおいしく食べられるものね。」と笑顔のスズネ。走ってきた。女子棟の方が遠いはずなのに、マコトと違い息切れしていないスズネ。スズネは素より勉学よりも運動の方が得意で、度々委員長の仕事の他に欠員が出た運動部の助っ人もやっている。助っ人に入った部の部長からは「極めればインターハイを狙える」との評価を得ていた。そんなスズネと保体の成績が下の中から上のマコトとでは比較にすらならない。

「さっすが体力お化け。」

感嘆の声を上げるユウヤを癒そうな目でスズネは睨みつける。

「何よ、人を化け物扱いして・・・誘いに乗るんじゃなかった。」

不機嫌に呟くスズネに「あー・・・」と頭を掻きながらユウヤは反省の色を見せ、

「すまん。悪い意味で言ったつもりではないんだ。」

謝罪を述べて頭を下げた。それを見たスズネは

「分かったんだったらいいよ。ホント、一ノ瀬君ってそういうところあるよね。」

と、呆れた様に言った。

グー・・・。

絶妙なタイミングで腹の音が鳴る。

「そろそろお腹が・・・」

マコトが弱弱しく手を挙げる。

「よし、こんな所で駄弁っていないでメシだメシ!三人で座れるところを探すぞ。」

ユウヤが両手を叩くと、三人は食堂に入って行った。

 食堂は非常に広いホールから成り立っており、六人程座れるテーブルと椅子が組でキレイに並べられている。夕食時だからか、技州国の軍服や作業着を着た人で賑わっており、パッと見た感じ直ぐに座れそうな席が無さそうだった。三人は開いている席が無いか食堂内を歩きながら探し始める。三人が横を通る度に、技州国の人たちは食事の手を止めたり、食事を取りつつ目線だけで三人を物珍しそうに見ている。

「やっぱ人が多いな・・・入口から見ていて分かってはいたけど。」

ユウヤは立ち止まり辺りを見渡して溜め息を吐く。確かに見渡した限りでは、どの席も技州国の人間だらけで三人がゆっくり座れそうになかった。

「おーい!こっちこっち!」

少し遠くの方で手を振っている人が居る。目をこらして見て見ると、ボサボサの髪、眼鏡、黒いシャツ。ノブヒトが手を振っていた。マコトたちは小走りでノブヒトが座っている席へ向かった。

「やぁ、三人共。夕食を食べに来たのかな?」

ノブヒトは食事の最中で、同じテーブルで食事をとっている人の姿はなかった。目の前にあるトレイの上には少し食べかけだが美味しそうな魚のムニエルとパン、サラダ、スープが皿や器に乗っている。

「うっわ・・・美味しそう・・・」

唾を飲み込みながら物欲しそうにスズネが呟く。

「ははは、実は今食べ始めたばかりでね。君たち、夕食がまだであれば一緒にどうかな?」

三人は顔を見合わせる。丁度、三人で座れる所を探していた所だったから渡りに船だった。

「座るところ探していたんですよ~。先生が良ければ是非!」

「僕も大丈夫。」

二人は直ぐに快諾したが、ユウヤは少し顔を曇らせ難色を示す。

「ユウヤ?」

「・・・まぁ、二人がそう言うんだったら俺も構わない。」

少し戸惑いを見せたが、結果溜め息を吐きながらユウヤはノブヒト案を承諾した。

「よしよし。メニューは向こうのカウンターでね。頼めば直ぐ出てくるから。」

ノブヒトが指さす後方のカウンターには列が出来ていたが、流れ自体は早く、食事を受け取った人と並ぶ人が交互に入れ替わっている状態だった。

「メニューの内容は・・・見てのお楽しみで。」

微笑みながら「いってらっしゃい」と手を振るノブヒト。マコトたちは、早速カウンターへ向かい列に並んだ。

「へっへ~、どんなのがあるんだろう。」

スズネは楽しみでニヤニヤと笑顔を浮かべながらマコトとユウヤを見やる。

「ホント、委員長は食べるの好きだよな・・・」

呆れ気味に肩を竦めるユウヤ。

「え~、だって食べると元気出るじゃん。二人は食べるの嫌い?」

スズネは口を尖らせて文句を言うと、ユウヤは「別にそういう事ではないのだが。」と、後頭部を掻きながら呟く。

「ほら、私普段から結構運動とかするじゃん?委員会の仕事の他に、部活の助っ人とやったりしてさ。そうすると、その分他の人よりエネルギーの消費が激しくて、直ぐにお腹が減るんだよね~。」

言い終えた後、ユウヤの疑念の眼差しを受けて少し恥ずかしそうにモジモジするスズネ。

「そりゃぁ、さ・・・自分でも食べ過ぎだとは思うよ。私も女子だから、そういう所気にするけどさ。」

思春期の乙女心からか、やはりそういう事は気にするらしい。

「けど、やっぱり・・・いっぱい食べている方が私らしいというか。うん、取り敢えずそんな感じ!」

「結局、食べるのが好きなのかもね!」と、付け加えてスズネは笑顔を作る。「結局好きなんじゃねぇか。」とツッコミを入れて、溜め息を吐くユウヤ。そんな二人のやり取りを見て、マコトは苦笑いを浮かべた。

並び始めて5分と経たない内に列の先頭に立つ三人。

「そろそろか。最初に誰が行く?」

丁度、近くのカウンターが空いたので、最初に誰が行くかユウヤが相談を持ち掛けようとした時、そのカウンターから、ふくよかな黒人女性が笑顔で顔を出し、指を3本立てながら三人に向かって思いっきり手招きしてきた。気づいたマコトは指で自分とユウヤ、スズネを指す。

『そうそう、あんたたち!ほら、こっち!』

「こっちに来い」と言っているのは分かるので、戸惑いつつも三人は女性が顔を出しているカウンターに向かう。

『やぁ!あんたたちが噂のお客さんだね。』

到着して早々、女性が話しかけてきたが、早口且つ英語だったので三人はその内容が分からずポカンとする。女性は察して、自分の首元についている翻訳機の電源をオンにする。

「ごめんごめん、ちょっと興奮しちゃって。で、あんたたちが自分からこの艦に乗りたいって言った、日本のお客さんだね。」

「お客さんなんて・・・」

スズネは少し恥ずかしそうにもぞもぞしている。

「乗りたいって言ったのはコイツで、俺たちはその付き添いさ。」

親指を立てて、ユウヤはマコトを指さす。

「はっはっはっ!別に付き添いでも、お客さんはお客さんだよ。一目どんな人たちかなって、会ってみたかったんだ。あの眼鏡の人は、タイミング合わなかったから会えなかったんだけどね。」

女性は大笑いした後、思い出したか様に偉そうに胸を張って三人に向き直る。

「自己紹介を忘れていたね。あたしはローズ。どこにでもいるようなおばちゃんだけど、一応この艦の給養部長をやっている。」

ローズはフンッと鼻を鳴らした後、直ぐに元のフレンドリーな雰囲気に戻った。

「まぁ、単に経歴から来る役職なだけで、給養部長なんて肩書だけさ。しっかし、こんな元軍用艦に乗りたいって言っていた人が、アキレア様たちと変わりのない歳の子なんてねぇ・・・」

ローズはカウンターに頬杖を突きながら、まじまじと三人を観察する。

「なんでこの艦に乗ったか、色々聞きたいところではあるけれど、夕飯が目的だったね。メニューはこれさ。主菜は基本的にこの五種だけど、内容は毎日かわるからね。」

ローズはカウンター脇に置いてある、端末を戦闘に立っていたマコトに渡した。

「えーと・・・ビーフ、ポーク、チキン、フィッシュ、ジャパニーズフード・・・って和食ぅ!」

マコトの横で端末のメニュー表を目で追っていたスズネが驚きの声を上げる。マコトも「うん。」と小さく呟いた。

「へぇ~、珍しいものがあるんだな。」

同じくメニュー表を見ていたユウヤも興味深そうに頷いた。

「ああ、それは・・・ね。」

ローズは忌々しそうに直ぐ傍のテーブルを顎で指した。

「アイツのご指名さ。」

マコトたちローズが指したテーブルを見る。そこに座っていたのはアキレアとリリィのSP・・・アレックスだった。アレックスはもくもくとトレイに乗っている和食を食べていた。

「あのSP・・・アレックスって言ったっけ。アイツは日系人の家系でね。てか、こちらの国の血薄くて、ほぼ日本人のようなもんさ。」

ローズは溜息を吐いた。

「実家も普段から日本の習わしを実践していて、毎食日本料理を食べていたそうな。自立してからもそれを続けていて、艦でも食べたいから~と、注文してきたんだ。」

「でも、馴染みのない和食を作れるなんてすごいですね。」

スズネからの賞嘆の言葉に、ローズは首を振った。

「無理だったらいいと言われたけども、注文されたからには断れない性分でね。それに、昔団体に所属して各国を歩き回っていたから、基本なんでも作れるのさ。まぁ、それは自分だけで、他人に教えるのが大変だったんだけど。」

「結局外国語は上手くならなかったなぁ。」ローズは苦笑いを浮かべつつ、少し昔を懐かしむ。

「おっと、お腹が空いちまっているのに話しちまったね。さぁ、料理を選びな。」

感傷に浸っていたローズは、慌てて三人に料理を選ぶよう促した

「うんじゃぁ、折角だから和食を。」

メニュー表を見ながらマコトは手を挙げて自分のオーダーを述べた。「あ、俺も。」とユウヤも軽く手を挙げて続く。

「え、嘘。二人共もう決めちゃったの?」

二人が既にメニューを決めた事に狼狽し、焦り始めるスズネ。

「ビーフステーキは焼き目がいい感じだし、ポークチャップも脂がのっていて美味しそう。チキンソテーも皮パリパリ。ああ、先生が食べていたムニエルも良いし、けど白いご飯も食べたいなぁ・・・」

スズネは頭を抱えながら、メニュー表を凝視する。彼女の口元には少し涎が垂れている。

「おや、お嬢ちゃん。結構食べるのかい?」

スズネは迷う様子を見て、ローズはほくそ笑んだ。ローズの笑みを見て、スズネは頬を掻きながら恥ずかしそうに答える。

「ええ・・・まぁ・・・それなりに?」

「はっはっはっはっはっ!」

スズネの答えを聞き、ローズは声を上げて大笑いした。列に並んでいた人、食事や談話中の人、食堂に居る全員が何事かと四人の居るカウンターに注目する。集中する視線に、スズネは熟れたトマトの様に顔を真っ赤になった。

「そうかいそうかい!よし、お客様サービスでお嬢ちゃんには主菜を全部つけてやる。男子二人もどうだい?」

ローズの突拍子もない提案に、流石に食べきるのは無理だとマコトとユウヤは首を横に振る。

「ははは・・ありがとございます・・・」

スズネは恥ずかしそうに縮こまりながら返事をする。周囲からの視線はなくなったものも、彼女の顔はまだ赤かった。

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