第一幕/出立 [邂逅/後]第1話‐2
アキレア一行が立ち去ったのにも関わらず、シャトルの乗員たちは未だに緊張状態が続いており、組み伏せられていた中年男性も、魂が抜けた表情で扉をじっと見つめている。誰も口を開かず、貴賓室は静寂に包まれていた。それを破る様に沢渡は大きなため息を吐いた。
「いやはや・・・ああいう大物の対応をすると心身に堪えるな。」
ちょっとした小言を言った後、乗客を見渡す。
「皆様、私の不要な質問の所為で迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありません。」
深々と頭を下げる沢渡を見て、「そんな事ないわ」と老婦人が励ましの言葉を掛けた。
「そうっすよ、沢渡さん。沢渡さんが言ってなかったら、俺が嫌味言ってましたよ。」
老婦人の言葉を皮切りに、「そうですよ」「気にしないでください」と副機長を始めとしたシャトルのスタッフたちが相槌を打つ。
「お前はあの双子に対して少し鼻の下伸ばしていただろ!」
と、副機長にツッコミを入れた後に沢渡は「ありがとう」と老婦人とスタッフにお礼を述べた。
「では、皆さん。姫様たちもああ言っていましたし、この艦は安全の様なので、技州国の方々の準備が終わるまではどうぞご自由にお過ごしください。」
言いながら沢渡が座ると同時に、シャトルの乗客と乗員は緊張が解けたのか‐中年男性と若い女性を除いて‐一斉に話し始めた。
「んー!もう地球に帰るのかぁ~。」
少し残念そうにしながら、ユウヤは緊張で固まった体を伸ばす。
「てか、マコトがあの双子の事を知っていなかったのは、ちょっと意外だったな。あんまニュース見ない俺だって知っていたのに。」
「知っていない、というよりは忘れていたって感じかな。基本、〝くじら〟に関係ありそうな事だけ調べているだけで、世の中の事なんてあまり興味なかったもの。」
苦笑いを浮かべて答えるマコト。そんなマコトを見てノブヒトは物悲しそうな表情をした。
「好きな事を追いかけてもいいけど、先生的に偶には世間の事についても目を向けて欲しいなぁ。」
普段のんびりしているノブヒトから出た教師らしい指摘に、マコトは少し驚きつつ「は、はい」詰まりながらも返事をした。それを聞いたノブヒトは「宜しい」と笑顔で頷く。
「しかしあの双子が乗っているとわねぇ。大所帯だと思ったけどそういうことだったのか。」
ノブヒトは口を押えて考え込む様な仕草を取りながら、少し困ったような表情をした。
「なんか、テレビで見るより百倍綺麗でしたよね。肌なんか、ここから見て分かる程ツヤっツヤでしたし。」
ひとり、目をキラキラ輝かせているスズネ。
「そうだね。確かに綺麗だったね。僕も思わず見惚れちゃってたよ。」
「おおぉ、人の容姿とか、ミーハー的な・・・俗っぽい話題に興味持ってなさそうな天野君が・・・珍しい。」
あまり興味持って無さそうなマコトが、双子の容姿について感想を述べた事に対してスズネは驚きと少しの戸惑いが混じった様子で珍しがる。
「・・・けどなんか・・・お姉さんの方は気が強そうとか、我が強そうとか、そんな感じがしたなぁ。〝綺麗な薔薇には棘がある〟的な。良い意味では、多分カリスマ性があるって感じなんだろうね。妹さんの方は、なんかどっかで見たような。既視感を覚えるような感じが・・・」
「確かに姉貴の方はそんな感じはしたな・・・苦手なタイプだ。妹の方は知らんけど。」
ユウヤは目を閉じて手を頭の後ろに持っていき、椅子の背もたれに思いっきり背中を預ける。
「へー、二人にはそんな風に見えたのか・・・」
スズネは興味深そうな表情で二人をかたみがわりに見た。
「しっかし、まぁ・・・なんか変なことに巻き込まれちまったな。」
「全く、余計な騒ぎを起こしやがって」と、中年男性の方を横目で見つつ、小さく舌打ちしながらユウヤは周囲に聞こえない様に呟いた。中年男性はまだ扉の方を見つめており、時折「ヒィ!」と怯えた声を上げていた。
「そうだね。なんか極秘任務っぽい雰囲気だったけど。」
「なんか〝国を救う〟みたいな事言ってたね。」
スズネの言葉に「そこなんだよね」と、マコトは口を押えて考え込む仕草を取る
「そこまで技州国の状況が危うい様には見えないんだけどな・・・経済的にも安定しているし、国家元首の支持率も悪くない。強いて言うなら他国への技術提供が前程盛んになっていないことかな。」
「そうだね・・・」と三人の会話を静かに聞いていたノブヒトが口を開いた。
「確かに、天野君が言っていた技術提供が下火になっているのもあるだろうね。それが直接的な彼女たちの行動の原因か分からないけどね。」
ノブヒトは静かに息を吐きつつ、少し前屈みになる。
「まぁ、何事も表面上大丈夫そうに見えていても、裏ではどうなっているか分からないものだよ。国や人だってそうさ。例えば、国民の生活レベルが一定まで保たれているけど、実は多額の借金を抱えていたり、裏では国を守る為に強大な兵器を持っているけど、上手く立ち回ってその存在を匂わせない様にしたりとかね。人だと、そうだね・・・」
目を細めるノブヒト。その眼差しには、慈しみと少しの悲しみが込められていた。
「表面上は平静を保っていたとしても、心の中で〝嫌だ〟とか〝苦しい〟とかネガティブな感情を持っていたり、烈火の如く〝怒り〟を貯め込んでいたりとかね。周りと調和を保つ為には、それらを押し殺す事も完全に間違えとは言えないけれど、後々時間が経つにつれて摩耗していき辛くなっていくのは明白だ。三人にはそんな辛い思いをせず、自分の意思を持ちつつ自分の心に素直になって、物事の本質や本音を見極めて人に寄り添えるような努力をする人間になって欲しい、とボクは思うな。]
「ま、中々難しいことだけどね」と付け加えた後、ノブヒトは優しく笑う。
「うわ、なんか小難しい事を言っていやがる。」
「ははは。一ノ瀬君、手厳しいね。」
ユウヤの棘のある言葉に対し、優しい笑みから苦笑いにノブヒトの表情が変わる。
「まぁ、これでも一応先生だから。なんか模範となることを言っておかなきゃなぁ、と思って。」
「はっはっはっ」と笑うノブヒト。ノブヒトの答えにユウヤは訝しげに目を細めた。
「一ノ瀬君、先生に対してそんな口の利き方・・・」
「いやいや、別に気にしなくてもいいよ。本気で話してくれた方が、先生嬉しいし。」
ユウヤを注意するスズネに、ノブヒトは笑いながら[「気にしなくていい」と声を掛ける。]
「物事の裏側・・・本質と真実か。」
マコトは小さく呟き、視線を自分の膝に落とす。
[ノブヒトも「難しい」と言っていたが、〝自分〟に素直になって〝本質と真実〟を理解し他者に寄り添うのは難しい事だ。寄り添う努力を行ったとしても、知った〝本質と真実〟に裏切られたり、〝自分〟と合わず反発しあったりする場合だってある。どちらも等と思っていると、絶対に争いや諍いに発展し、自分と他人を傷つけてしまう。だれも傷つかない為には、やはりどちらかは必ず折れなければならない。そもそも、自分ではない〝何か〟なのだから、理解する事なんて不可能に近い。理解できたとしても5~6割程度だ。他者や物事を完全に理解し、寄り添える人なんて聖人か超人だけだろう。結局の所、ノブヒトが言っていることは理想論でしかなく、現実味がない。理想でなければ、物事に争いや諍いが起きるはずがない。人が人を理解できるのであれば、あんな事なんて起きるはずがないのだ。
‐絵本なんか抱えて。幼稚園児かよ、お前‐
‐ウケル。おい!見ろよ!マジで絵本なんか読んでやがる‐
‐絵本なんか持ってきてないで、教材を持ってこい。勉学こそが学生の本分だ‐
思考が纏まらない。視界がチカチカして、焦点が定まらない。心臓の鼓動が早くなる。胃の中身が全部出てきそうだ。大丈夫だ。僕には〝くじら〟さえあればいい。僕には〝くじら〟さえあればいい。僕には〝くじら〟さえあればいい。僕には〝くじら〟さえあればいい。僕には。
手に無意識に力が入り、スラックスの腿辺りを握りしめている。マコトは全てを振り払おうと首を横に振った。同時に貴賓室のチャイムが鳴り響き、扉からマコト達をここまで案内してくれた軍人・・・保安部所属の初老の軍人と若い軍人が部屋に入ってきた。どうもシャトルの準備が終わったらしい。初老の軍人が笑顔で一歩前に出る。
「皆様、シャトルの準備が整いました。慌てずに、扉から近い・・・そうですね。私から見て右手側の方から順番に私の後についてきてください。」
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