第一幕/出立 [旅路]第5話
二週間後の土曜日。朝の空港。その屋上で、空をボーっと見つめるマコトの姿がそこにあった。足元には、一日分の着替えや移動中に読む本や〝宇宙のくじら〟などが入っているショルダーバッグが置かれている。
アイナとの帰宅後、両親に海王星旅行の話をしたら二つ返事で了承を得られた。スズネの両親と同じく、「友達同士で旅行って素敵じゃない」「青春を楽しんで来い」などの事を言われた。少々放任主義の所があるものも、子供の意見を尊重してくれる両親には、いつも感謝していた。この二週間、度々興奮で胸が破裂しそうになりながらも、いつも通りの学校生活を過ごし、今に至る。その間、アイナと二人で話す時間はなかった。
「お、いたいた。おーい、マコト」
自分を呼ぶ声が聞こえる。声がした方向を向くと、そこには手を振っているユウヤが居た。ユウヤもバイト先の上司と母親に了承を得られた。ユウヤ曰く「バイト先から〝いろいろ頑張ってくれているから大丈夫だよ。てか、たまに休め〟だって」と言われたらしく、バイト先からは快諾された。母親の事は話さなかったが、了承を得られたらしい。ユウヤも肩にショルダーバッグを掛けていた。
「こんな所に居たのか、メッセ送ったのに気づかないでよ・・・。しかし、当日ともなると少し興奮するな。」
ちょうどその時、旅客機が空へ飛び立ち、二人の頭上を通過していった。二人は飛び立つ旅客機を、目を細めて仰ぎ見る。ユウヤは楽しみからなのか、その口には笑みが零れていた。ふと、思い出したようにマコトはユウヤに問う。
「そういえば、委員長は?まだ来てないの?」
笑みを浮かべていたユウヤの顔は、一転して嫌な事思い出したのかうんざりとした表情となり、呆れた様に溜め息を吐きつつ下を指さした。
「うーん、おいしい。」
空港、二階ロビー。恍惚とした表情をしているスズネの目の前にある机には、大量の弁当やスイーツが積まれていた。それを見たマコトは、驚愕で目を丸くするしかなかった。度々、昼食で人並以上の量を食べている印象をマコトは持っていたが、スズネの食欲がまさかここまでとは思っていなかった。ユウヤは頭を抱える。
「あ、天野君。やっほー。一ノ瀬君、見つけられたんだね。」
マコトとユウヤにそう言いつつ、弁当の最後のおかずである焼き鮭を口へ運ぶ。余程美味しかったのか、幸せそうな表情をする。食べ終わった弁当箱は、机の一角を占拠している空の弁当箱やスイーツ用のカップが積まれている場所に、同じ様に積んでいく。そして、まだ空いていない弁当を手に持ち、嬉しそうに蓋を開けた。これだけ食べて、よく太らないものである。通り過ぎる観光客が奇異の目でスズネを見ていた。一緒に居るユウヤは恥ずかしくなり、深く項垂れた。
「まだ食うのか・・・?」
項垂れながらユウヤはスズネに問う。スズネは弁当の白米を頬張りつつ、大きく頷いた。
「まひゃまひゃ、ほんなにあるふふぁし。は、一ノ瀬ふんひゃちもたへる?」
「いいよ、俺達は・・・てか、口に物を入ながらしゃべるな。」
ユウヤは深く溜め息を吐いた。隣でマコトが苦笑いする。
「すごいな、委員長。しかし、それだけの弁当やスイーツを買える程のお金って一体どこから?」
口に入っている食べ物を飲み込みつつ、スズネは財布から一枚のカードを取り出して見せた。
「昨日、親がまた連絡してきてね。〝みんなで美味しいものやお土産でも買いなさい〟って、送金してきたの。それがまた結構な額でねぇ。ふっふっふ・・・」
スズネは何か企んでいそうにニヤついて見せた。
「で、こんな大量の弁当か。てか、〝みんなで使いなさい〟って言ってんだから、食い物買う他に使い道があるだろうに。例えば、東雲への土産とか・・・」
「そこら辺はちゃんと考えているよ。それでも、三人じゃ使い切れない程の金額を送ってきたの。少しぐらい贅沢してもバチは当たらないんじゃない?」
スズネはユウヤに口を尖らせ文句を言いつつ、卵焼きを口へ運んだ。「〝使いきれない程〟って、一体どんな親だ」と呟きつつ、ユウヤは‐スズネのこの行動に関して‐三度目の溜め息を吐いた。そんな二人を笑いながら見つつ、マコトは携帯端末を取り出し、時間を確認した。飛行機が出るまでの時間はまだまだある。携帯端末をしまいつつ、マコトは周囲を見渡した。空港の二階は売店やレストランがあり、旅行先の土産を探していたり、食事を取ろうとしている旅行客がちらほら見える。マコトも、両親やアイナに対しての土産を探そうとしていたが、そもそも地元に近い空港で買うのはどうなのかと考え、探すのをやめた。自分が興味を引かれそうなものも、無さそうであった。ふと、思い出したように、マコトはスズネに問う。
「委員長、旅行のスケジュールについて再確認したいんだけど。」
再び弁当の白米に手を付けようと箸を構えていたスズネであったが、マコトの言葉を聞き、箸を弁当箱の上に置き、一つ咳払いをして二人に向かいあった。
「そうだね。スケジュールについて三日前に説明しただけだし。再確認の為にもう一度説明しておこうか。」
まず、この空港から飛行機に乗り、鹿児島を経由して種子島に。種子島に着いたら[UNSDB]のマスドライバー施設に[JST]の高速バスで向かう。そこからシャトルに乗って大気圏外を抜けて宇宙へ。後はシャトルに搭載されている超亜光速移動機構‐ワープドライヴ‐を使用して、火星、土星と休憩を入れつつ移動したら、お目当ての海王星に到着。海王星観測の時間は三時間。観測が終わったら、帰りも行きと同じ様に土星と火星を経由しつつ元のマスドライバー施設に着陸するように地球へ降下。マスドライバー施設に着いたら、再び[JST]の高速バスで空港へ行き、この空港へ戻って帰宅。
「大体こんな流れ。」
もう一度スズネは咳払いをし、二人を見据える。
「時間にして一泊二日ってところ。多分、寝泊りはシャトルで行うみたい・・・ホテルじゃないのね。って[JST]のシャトルってホテルみたいによく眠れることで評判だっけ?」
マコトは頷いた。[JST]のシャトルはバスやシャワー室を完備、シートも客が快適に眠れるように工夫されていて、並のビジネスホテル位の設備を誇っている。このシャトルの設備が、旅費が高額な原因の一つになってしまっているのだが。ユウヤは興味深そうにスズネの言葉を聞いていた。
「へぇ、ホテルみたいによく眠れる、か・・・いいな、それ。」
想像したら眠くなったのか、ユウヤは大きく欠伸をした。
「あ、ごめん。昨日、ちょっと遅くまでバイト入っててよ。課題もやっていたら、結構遅い時間になっちまってさ。」
ユウヤは申し訳なさそうに頬を掻く。寝不足気味のユウヤを少し心配そうな目で二人は見たが、直ぐにユウヤは「気にすんなって」とヒラヒラと手を二人の方向に振りつつ、笑顔を作って見せた。スズネはまだ心配そうにしていたが、普段から一緒に居るマコトはいつもの事と切り替えて、口に手を当てつつ考える仕草をしていた。
「そうか、ワープドライヴを使えば地球と海王星間も一拍二日になるんだ・・・」
「そう、便利な機能だよね。宇宙空間なら機構の冷却の為に少し休憩するだけで、遠い場所まで飛んじゃうんだもん。」
さっきまで心配そうな目でユウヤを見ていたスズネだか、一変して好奇心に目を輝かせながらマコトに言った。逆に、ユウヤは難しそうな顔をしている。
「どうした?ユウヤ?」
「いや、その超亜光速移動機構・・・ワープドライヴっていうやつ?俺はあんまり信用できないなって。」
頭を掻きながらユウヤは続ける。
「名前通り、人間を乗せながら光速で移動して、まさに〝飛んだ〟ように目的の地点まで着いちまう訳だろ。そんなものに乗って無事で済むのか?・・・そもそも、他国から提供されただけで、どういう原理で動いているのか、日本では解らない代物なんだろ?東雲が怖がっていたのも少し解るような気がするよ。」
静かに、落ち着いた口調でユウヤは自らの考えを述べた。ユウヤの言葉で口を噤んでしまったマコトとスズネ。三人の間に静寂が流れる。先程まで好奇心に目を輝かせていたスズネは少し落ち着かず、不安な表情に変わっている。マコトは、また口に手を当てて黙考している。やがて、考えがまとまったのか、静寂を破る様に口を開いた。
「確かに、提供されただけで、日本の科学力では原理も解らない、信用されていない機能ではあるよ。けど、数十年前から人間が何回もテストして、安全性を認められているんだ。ワープドライヴを使って太陽系外まで飛んだ実績まであるし。今まで事故も起きていない。大丈夫だよ。」
不安を吹き飛ばす様に明るい口調でマコトは言った。
「技州国の他の技術を使っても事故が起きた事なんて聞いたことないし。僕らが持っている携帯端末だって大本は技州国の技術で作られているんだよ?」
マコトは携帯端末を取り出して二人に見せた。「だ、だよね」とスズネは呟き、不安一色だった表情は安心の色を取り戻した。ユウヤは、少しバツが悪そうな表情をしつつも、不安を煽ったことを申し訳なく思い、「あーっ!」と言いつつ頭を掻きむしる。そして降参したように手を上げながら、
「まぁ、一番詳しい奴が言うんだから大丈夫か。すまないな、二人共。なんか変に怖がらせる事言っちまって。」
と、二人に向かって謝った。「別に大丈夫だよ。不安に思うことは当たり前だし。」とユウヤに微笑むマコト。一方、スズネは元々の明るい表情を取り戻し、「天野君の言う通り、大丈夫だって。」と言いつつ、ユウヤの背中をバンバン叩く。「痛っ。やめろって。」と、スズネを睨みつつ痛がるユウヤ。一頻り叩いた後、スズネは大きく背伸びをし、
「よーし!不安材料も消えたことだし、他に質問とかはない?」
マコトは首を横に振る。叩かれた背中を擦りつつ、ユウヤも「何も無いな」と首を振った。スズネは携帯端末を取り出し、現在の時刻を確認する。
「飛行機の時間までまだあるし。後はみんな自由行動!解散!」
と告げた後、直ぐにテーブルの弁当とスイーツの山に向き合うスズネ。スズネを見て四度目の溜め息を吐くユウヤ。そんな二人を見て、マコトは苦笑いを浮かべた。
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