08_#3



『河内奏太取調報告』


暴人課庁舎の一角に佇む課長室。デスクに座る鳳堂警視正の手に、数枚綴りになった資料が手渡された。デスクの前には蛭間要、安田整一が並んでいる。鳳堂警視正は彼らと目を合わせると、長く綴られた取り調べ内容に目を通し始めた。


──12日、朝9時頃。河内奏太は通学の為外出。通学途中に自身の体調不良を自覚し、西区真名代町のコンビニエンスストアに駆け込む。便所の鏡から自身の瞳孔散大を確認、暴人化初期症状と判断した彼は、人目を避けるように人通りの少ない場所へ移動した。

※ この時点で、彼は暴人化への強い恐怖からパニック状態に陥っていた


──移動した先で“謎の人物”と遭遇し、首に注射器のようなものを刺される─この時、人物と遭遇した場所についての証言は得られなかった─その後、意識を失う。



──同日午後5時頃。目を覚ますと、手の中にメモ( ※ 資料参照 )を握っていた。この時、私物であるスマートフォンのカメラ機能で自身の目の様子を確認したところ、瞳孔散大をはじめとした症状は治まっていた。

激しい吐き気、痙攣、動悸などの症状に襲われ、気絶を波のように繰り返す。大学や自宅に向かうことなく、その場で一夜を過ごした。


12日の証言記録は、ここで終わっていた。

鳳堂は河内が渡されたメモを確認するために、画像資料のページを探す。紙の擦れる音が部屋に響く。


「これは……」


見つけた資料に目を通した鳳堂は訝しげに眉をひそめたあと、グレーの瞳に困惑の色を浮かばせた。



《 Mから逃れる機会を与えよう 君は生ける屍だ

やがて君は 強い衝動に襲われる

衝動を 抑えなければならない 抑えなければ……


生きるのを選ぶか 苦しみ息絶えるを選ぶか

問おう 前者ならば 死体の近くに その“証”を残せ


“LIVING DEAD”の証を残せ 黒く黒く黝い 命の血潮で証を残せ 私はいつでも 君を見ている 》



鳳堂警視正はそれから何も言わず、蛭間・安田に視線を送ると、恐る恐る視線を戻し、続きの証言記録を追った。



──翌日13日。前日の症状は軽くなる。しかし「積み上げられた物や集団を見ると壊して乱したくなる」などの破壊的な欲求が湧き始める。これらは当時、理性で抑えられるほどの軽度な欲求であったが、この欲求は特に人に対して強く示された。


──同日正午。河内は、西区の繁華街に身を潜めた。(※理由として、『日中であれば人が多く常に活気づいているため、路地裏ならばもし破壊衝動で暴れてしまっても誰も気付かない、土地が入り組んでいるため気付かれてもすぐに撒けると思った』と証言している。)繁華街に移ったこの頃から既に、破壊衝動は理性でコントロールすることが困難なほど強くなっていた。衝動は日に日に強くなり、人に対する破壊衝動も強くなっていった。



──同日午後。再び体調に変化が現れ、人に対する強い破壊衝動に加え、体の内側が熱くなる・瞳孔散大などの暴人化初期症状にも似た症状が再び現れる。河内はその症状と気絶とを繰り返すようになった。瞳孔散大などの症状は、意識を取り戻す度に一時的に治まるが、時間が経つとまた徐々に現れはじめた。



──14日。人のいない路地に深く潜るなどして、衝動を抑えようと試みる。しかし衝動・症状は共に悪化していき、頻度も増えていった。

何度目かの気絶を経ると、“内側から食い破られるような強い痛みと不快感”、“頭の血管が切れそうな感覚” に襲われはじめた。また、“著しい身体能力の向上”(疲れにくくなり、気絶の際コンクリートに頭をうちつけても傷一つ負わないなど)も見られた。



──15日深夜。河内は路地裏で眠っていたホームレスを殺害。「衝動と痛みに耐えられなくなった」「殺せばこの痛みが消えると思った」という殺害動機を挙げる。犯行直前、河内奏太は内臓や血が煮え滾るような激しい痛みに襲われていたが、ホームレス殺害後に痛みと衝動は治まった。鼻からの出血で自身の血液の色が黒であることを確認する。

ホームレスの腕に、自身の血で“LIVING DEAD”の文字を残す。この行いに対しての詳しい動機は伺えず、「メモの言う通りにしなければいけないと必死だった」と証言。

瞳孔の散大は、しばらくすると治まった。河内は罪の意識と、自身が人ではない何かになった焦り、また“衝動”が湧き人を襲ってしまうのではという恐怖心から、身を隠しやすい繁華街に潜伏し続けることを決める。


─16日。痛みや衝動はなく、調子が良かった。食料調達などで大通りを移動する際、人と近い距離で接することで衝動が刺激されてしまうと考え、路地に放置されていた自転車を使い移動するようになる。しかしこの日、破壊衝動も体の痛みも感じなかった。


─17日。最初の頃のような破壊衝動が現れる。再び殺人を犯すことを恐れ、河内は衝動に耐えることを試みた。


──18日。衝動と痛みに耐えようと試みるものの、耐えるほど痛みも衝動も強くなった。死を恐れた彼は耐えきれず、大月春名を殺害。当初、繁華街で起こった暴人化事件の騒動に乗じて酔っ払いの男を路地裏に引き込み、殺害する予定だったものの、少女(※ノト特任警部)に阻止され、ターゲットを急遽変更した。殺害後、逃げるために路地裏を移動し、スーツの男(※真実也基巡査)と接触する。犯行直後、まだ瞳孔散大が治まっていない中男に凝視されるもやり過ごす。


長い記録を読み終えた鳳堂は、資料を見たままゆっくりと姿勢を正した。


「現場に残された血文字は犯人の意思ではなく、犯人の裏にいる何者かの指示によるものだった、ということか」

「奴の証言が全て本当かどうかは、正直怪しいと思いますけどね。ただのイカれ野郎で、ぜんぶ奴の自作自演という可能性も」


長い前髪の下から気だるそうな瞳を覗かせながら安田は言った。鳳堂は少し考え込んだあと、「いや」と首を振る。


「そうであって欲しいところだが……それは無いな。黒い血文字が残された殺人事件は全国で起きている。破壊衝動の証言は定かではないにしても、少なくとも犯人が誰かの指示により“LIVINGDEAD”の文字を残したという点は事実だろう。だが念のため、彼は精神鑑定にかけさせる。彼の体で今何が起こっているのか、精密検査も特鑑に依頼しよう」

「そのことですが、鳳堂警視正」


鳳堂の後に蛭間が口を開いた。鳳堂は視線を安田から蛭間に移し、片方の眉をつり上げる。


「どうした、蛭間」

「彼の破壊衝動の証言が事実であるならば、衝動を抑えた後数日で再び次の衝動の波がやってくるはずです。以上を踏まえ早急な検査を要すると判断し、取調が終了後、間もなく彼を特殊鑑識班に送還しました」

「ということは、彼はすでに特鑑に引き渡されているのか。ふむ……本来このようなことは警視正の許可を経てから行うべきだが、今回においては英断だな」


鳳堂は資料を纏めて机に置くと、中指と親指で自身の銀縁眼鏡を引き上げた。


「ではこちらは新たに、特殊資料班に暴人化初期症状及び暴人化の進行を妨害する薬物の調査を要請しておこう。暴人化初期症状や暴人化の進行を副作用によって妨げる薬物……仮にそんなものが存在しているなら大問題だ。“LIVINGDEAD”の血文字を残すよう指示した謎の人物の手がかりも集めなければならないな……」



後半はほとんど独り言のように呟き、眉間を手で抑えながら鳳堂は静かに息を吐き出すと、蛭間・安田に向かって言った。気丈に振舞っているように見えるが、かなり疲労が溜まっているのだろう。


「2人とも、ご苦労だったな。改まった指示は班長会議で──いや、各班長に資料で配布する。指示が出るまで通常業務に戻ってくれ」

「はい、警視正。無理はなさらず」

「……ありがとう。心配いらない」


蛭間と安田は軽く敬礼をすると、課長室を後にした。


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