第2話 田中花子
あの自己紹介をした日から数日。僕の不安をよそに、割とすんなりクラスメイトたちと打ち解けていた。ここまで来てしまえば友人関係に困ることはそうないだろう。初日の憂鬱さはとっくに消え失せ、これまでもこの教室で過ごしていたのではないかという気にさえなりそうだ。ただ一つだけ、気になることがある。
──とある女子と、よく目が合うのだ。
勘違いしないでほしいが、僕が見つめてるんじゃない。おそらくあっちが僕のことを見ているのだろう。ぱっと顔を挙げたとき、たまたま横に注意が向いたとき、彼女と目が合う確率が異様に高い。
だがここで、恋愛的な何かを期待しちゃいけない。むしろこれは、僕にとって想像もしなかった濃い日常の始まりなのだ——。
新しい生活に慣れて数日がたったころ。長いようで短い一日を乗り越え、僕は部活動の見学に行くために、教室で体操服に着替えていた。当然小学生の頃のように男女ともに真っ裸、ということはない。制服の下にあらかじめ体操服を着ているので、制服を脱いでしまえばよいだけの話なのだ。これは全国共通なのか、前の学校でもそうだった。
脱いだ制服をカバンに入れ、さあ行こうと教室を出ようと歩き出した時、背後から声をかけられた。
「ねえ新庄くん。放課後、暇?」
振り向いた先にいたのは例の女子。髪をポニーテールでまとめる彼女は、心なしかルンルンと瞳を輝かせているように見える。割と活発な子、というのがここ数日で得た彼女の印象だった。名前は何だっただろうか。確か変わっていたような──。
「だから、放課後は暇?」
目の前の女子は同じ文言を繰り返し、机に手を載せてずいっと身を乗り出した。思わずうっとのけぞってしまう。ここまで女子に近づかれたのは久しぶりかもしれない。まさか、これは世に言う「告白現場」というのだろうか・・・・・・? 転校早々、こんなことってあるだろうか?いやいや、まだ告白と決まったわけじゃない。
「えっと、これから部活の見学に行こうと思ってるけど。」
それがどうかした?と、内心ドギマギしながら尋ねると、彼女はパッと目を輝かせて「だったら」と口を開いた。
「家庭科部に来ない?」
・・・・・・・はい?今なんて?
予想外の提案に頭が追い付かない。なにか早く返さねばとは思うがどんな言葉も形にならず、空気となって口から漏れ出るばかりだった。
「あの、聞いてる?家庭科部に来ないかって勧誘してるんだけど。」
「いや、聞こえてるけどあまりにも突然で。なんで僕?」
「新庄くんさ、この前の家庭科でエコバック作ったとき、ずば抜けて手際がよかったじゃない。縫い目もまっすぐで歪みがなかった。だから、君はそういうのを日常的にやっていて、家庭科部員としての素質があると私は見たわけ。」
彼女が意気揚々と語るのを前に、先程の期待感は薄れ、若干恐怖さえ感じてきた。確かに僕は今どきの男子よりは「家庭科的なこと」を家でやるし、どちらかと言えば得意だ。でもそれはこれからの穏便な学校生活を考えると伏せておくべきことである。それが今、彼女によって白日の下にさらされようとしている。これはまずいんじゃないか?そう、僕の脳が黄色信号を出している。早く断った方が良さそうだ。
「あー、申し訳ないんだけど、もう見学する部活は決めてあるから今日のところ、は──」
僕の声はそこで止まった。同時に周囲の音もどこかに吸い込まれたみたいに、すーっと引いていく。目の前の女子は目いっぱいに涙をためてこちらをじっと見つめているのだ。なんとか表面張力で保っているものの、それがこぼれ落ちるのは時間の問題だった。まずい、まずい、非常にまずいぞ。新学期始まってまだ一月も経っていないというのに、女子を泣かしたなんてことが学校に知られたりしたら・・・・・・。あーんなことやこーんなことが僕の頭の中を駆け巡り、自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。泣きたいのは僕の方だった。
「わかった!わかったから、泣かないでよ、ね?」
慌てて小さな子をなだめるように彼女の瞳を覗きこむ。すると、彼女はニッと笑うや否や、「よかったあ」と言うのだった。しばしの沈黙の後、僕はここでようやく自分がはめられたことに気づいたのだ。しかも、信じられないくらいあっさりだったものだから、受けるダメージはでかい。
ずん、と落ち込んでいる僕をよそに、目の前の女子はもう歩き出そうとしている。慌てて追いかけようとしたところでようやく思い出した。そうだ、こいつの名前──
「あ、そうだ。私、家庭科部部長の
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