第58話 グリンの街のうた

俺は歩いている最中ため息を何回もついた。カナメはため息こそつかないが、浮かない顔をしていた。そんな俺たちをみてキールは首を傾げた。


「二人とも、何をそんなに落ち込んでいる」


「だって、あそこにいた子供達全員の心を動かせた気がしないから……」


 確かに俺の詩を聞いて心が動いたであろう子は一人か二人はいた。しかし他の子たちは無表情を崩さなかった。嫌な顔はされなかったことがせめてもの救いだ。カナメも同じように悩んでいるらしい。


「お前ら自分が万能だと思ってんのか?完全なんて無理だぞ」


 ドルカが道端で拾った木の棒を弄びながら言う。その言葉に俺は「え」と声を漏らした。


「ボクは諜報部隊で五人で活動してた。何でか分かるか?一人じゃ万能じゃないからだ。トルバトルだって館にいた時はベルアと一緒にパフォーマンスするじゃねーか」


「……でも俺個人の力不足の言い訳にはならないよ」


「はー……だから鍛錬するんだろ。トルバトルはこねくり回しすぎ」


 ドルカはため息の後に言葉を吐き出した。しかし俺はその辛辣とも取れる言葉に希望を見出した。俺の詩人生活はここで終わりなのか?否。そうではない。さらに歌う力をつけて、またあそこに戻ればいいではないか。そして今度こそは笑顔の花を今回より増やせるような詩人になればいいのだ。


「……そうだな。ドルカ、ありがとう」


「私も……気が楽に……なった」


 ドルカは褒められることが久しぶりなようだ。顔を背けてしまった。


「ならよかったよ。なんか奢りやがれ」


「その前にネスト様にたんとご馳走していただこうぜ」


 俺は若干無礼なことを言ったが、ドルカはこちらをみてニヤリと笑う。俺たちはだんだんとネスト様の治めるローク領に近づいてきていたのだ。


 二日、三日と時間が過ぎていく。それと共に俺たちの足は進む。街をいくつか超え、国境の街に来る頃には俺たちのズボンと靴はよりボロボロになった。


 グリンの街に着いたら新調しよう、そんなことを考えていると、カナメがポツリと呟く。


「見えた……関所」


 大きな城壁の一部が四角く繰り抜かれたように開いている。門だ。鎧を身につけた門番があくびをしながらそこに立っていた。


 門から少し離れたところで俺たちは丸くなって話し合った。一応今いる国とネスト様のローク領がある国は険悪だ。行き来は可能であるが、門番にいい顔はされないだろう。


「ここは言葉のスペシャリストさんにお任せしよう。角が立たないように頼む」


 俺は便利屋ではないが、キールにそう言われてしまったので従う他ない。ため息をついて俺は三人の先頭を歩いて門のほうまで行った。門番は敵を見るかのようにぎろりと俺たちを睨んだ。


「この国から出るのか?」


「はい」


「……目的は?」


「俺たちはローク領のネスト様に仕える使用人と私兵です。主人のもとに舞い戻るためにここを通らせてください」


 俺は胸の銀のバッジを示した。それを見ると門番は少し顔をのけぞらせ、その後口をモゴモゴさせ始めた。


「……本当に行くのか?ローク領へ」


「えぇ」


「半年ぐらい前の氷のドラゴン騒ぎであの領土にはもう誰もいないぞ。領主が領民全員をどこかへワープさせたらしいからな」


「……分かっています。でも俺たちはネスト様の元に戻りたいんです」


「街もお前らの主人も無事かわからんぞ?」


 俺は唇を噛み締めた。そして目を伏せる。自分でも自分が動揺しているのがわかった。氷のドラゴン騒ぎと簡単に言うが、つまりは半年前、国が一つ滅びかねない大事件が起こったのだ。そこに残ったネスト様と街が無事であるとは断言できないのだ。


「それでも……俺たちの幸せはあの街とあの方に会わなきゃ始まらないんです」


「ふむ……」


 門番は腕組みをして少し目を瞑り考え始めた。彼はおそらく俺たちを怪しいから通りたくないのではなく、心配してくれているのだ。氷のドラゴンが出現した場所に舞い戻る俺たちが悲しまないか、それを彼は気にしているのだ。


 少しすると門番は顔を上げて俺たち四人をじっと見つめた。


「この国とあちらは今は険悪だが……お前らが悪いやつではないのはわかった。通れ」


「ありがとうございます」


 俺たちはペコリとおじぎをして門をくぐった。荘厳な煉瓦造りの門は下から見上げるとより凄まじく見える。そんな門を通り抜け、グリンの街へと向かうのだ。


 門をくぐるとそこはもうさっきの国からすれば外国である。そして俺たちが半年前に確かにいた国でもある。ここはローク領の端っこだ。俺たちの目の前には緑のカーテンのように森が一面に広がっていた。この森の向こうにグリンの街がある。


「やっと……帰れるな」


 自然と溢れたのは言葉ばかりではなかった。目から涙が流れ出て、止める術を持たなかった。


「トルバトル、泣くのは早いぞ」


「そうだぞ。まだグリンの街にもついてないんだぞ」


 キールとドルカが俺の背中を叩く。俺は顔を上げ、涙を拭った。そうだ。まだグリンの街とネスト様の無事が確認できたわけではないのだ。気を引き締めていかねばならない。


 生い茂った木々を抜け、落ち葉を踏み鳴らして俺たちは進んだ。本来ならばこの森は広大であり、歩いても歩いても景色が変わらないのだが普通だ。しかし半日も歩くと、景色が変わり始めた。木々がほとんど凍りついてしまっているのだ。


 そして足音もザクッという音に変わってきた。霜柱だ。


「寒くなってきたな……平気か?」


「あぁ……だが温暖なローク領でこの寒さは異常だぞ。氷のドラゴンの力がまだ残っているのだろう」


 そう考えるとドラゴンの力は凄まじい。出現から半年経った今でも、さらに出現地点から離れた森でも影響があるのだ。


 どんどん進む。手も足も凍りつくようだ。痛い。痛い。耳はちぎれそうだ。目からは悲しくもないのに涙が出てくる。


 そんな移動を二、三日続けると森を抜けることに成功した。と言っても凍りついた木々しかなく、森と言っても信じてもらえないような光景だ。


 森を抜けた俺たちは言葉を失った。

 グリンの街全てが凍りついているのだ。当たり前といえば当たり前だ。氷のドラゴンほどの存在が現れたのだから全てが凍りつくのは当たり前。しかし俺の頭はその当たり前を受け入れられなかった。仕事で訪れたたことのある店は青白く凍りつき、氷柱が張っていた。俺が何度も踏み締めた石畳はほとんど氷に置き換わっているように見える。見慣れたグリンの街並みは消えていた。


 俺は頭を振った。ありえない。信じたくない。そんな光景が目の前にあるのだ。そしてその次に俺の頭には主君の安否が浮かんだ。


「ね、ネスト様は?!何処かにいるのか?」


「落ち着けトルバトル。凍った街だ。闇雲に動くと危ない。とりあえず館に向かってみよう」

 

「あ、あぁ……そうだな」


 自分の声が驚くほどか細かった。凍った街、凍った全てに俺は目を背けたかった。喧騒に溢れていた商店街には無音のみが響いている。カラフルな建物は青白い氷に覆われてしまっている。本来ならばここに半年前のようにうずくまってしまいたい。


 しかし今俺は一人ではない。仲間がいる。だから諦められない。主君の元へと戻り、再び歩き出すために俺たちは館へと向かう。

 




 

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