第36話 拍手のうた
「じゃあ俺は魔獣の手下どもを連れてくるぜ」
「あぁ、よろしく頼むよリーブス」
手を振りながらリーブスは森の中へと姿を消していった。暗い森の中へと消えていく彼の背中はどことなく悲しさが漂っているような気がした。魔獣が暖かく暮らせる場所は確保できたはいいものの、やはり敗北したというのは少なからず彼の心にショックを与えたのかもしれない。しかしおそらく彼は仲間達のためにそこ気持ちを押し殺して言うのだろう。「暖かい場所で暮らせるぞ」と。
「あの……ネスト様……そろそろ下ろしていただいて結構です」
「ん?あぁ、そうか」
俺は今までずっとネスト様に背負われてきたが、申し訳なさと恥ずかしさで頭がいっぱいだった。
ようやくネスト様は俺を背中から下ろしてくれた。そしてネスト様は門番たちの方に向かって言った。
「マチ村の門番たち、魔獣の受け入れの準備を頼む。人の食べるものは魔獣なら食える。多少の食料を彼らに分け与えてやってくれ。ここの食料については後でグリンの街から補填させる」
「わかりましたネスト様。ネスト様はこれからどうされるのですか?」
「一旦別荘に戻るよ。明日には魔獣たちと共にグリンの街へと立つ。そうリーブスに伝えておいてくれ」
そう言うとネスト様は別荘の方へと歩き出した。俺たちも慌てて彼の後を追う。二、三歩歩くと突然拍手が聞こえてきた。拍手の圧はだんだんと勢いを増してきた。門番たちが俺たちに拍手を送っているのだ。
正直言うと少し恥ずかしい。俺は口を真一文字に結んで下を向きながら歩いた。キールは平然としているが頬の紅潮を隠しきれていなかった。
「ありがとう、詩人さんに兵士さん!」
「また来てくれよ!」
そんな声が後ろから俺たちに浴びせられた。俺はもちろん恥ずかしかったが、それと同時にホッとした。マチ村の危機は去ったのだ。
「おい!魔獣の危機をいち早くネストに伝えたのはこのボクだぞ!ボクも敬えー!そして奢れ!」
ドルカは恥ずかしげもなく言ってのけた。
「やめろ恥ずかしいから!」
「嫌だー!飯奢らせる!」
無論ドルカのお陰で魔獣がマチ村に迫っていることを察知できたのは間違いない。それは純然たる事実だ。しかしドルカにはもう少し遠慮というものを知って欲しいものである。いいことをしたら多少カッコつけてクールに立ち去りたいものだ。その感性が俺とは違うらしい。
「もちろんドルカにも感謝している。別荘に食べ物はたくさんあるよ」
「よし!ならいい!」
ネスト様の言葉を聞くとドルカは大人しくなった。おそらくこいつは敬ってほしいとかではなく、単純に飯が食いたいだけだ。
ドルカはスキップしながら一足先に別荘へと向かった。ドルカは今日特段何かしたわけではないはずだが腹が減っているらしい。
「すみませんドルカが……」
「気にするな。諜報活動でドルカも頑張ったからな。ご褒美を貰っても誰も文句は言うまい」
ネスト様の別荘に戻ると、もうすでにドルカが一心不乱にパンを口に詰め込んでいた。あまりの食いっぷりに別荘で働く使用人さんは口をポカンと開けていた。
「多少は遠慮しろよ……」
「やだ。ボクは満腹を保障されて働いてるんだ」
流石のネスト様も苦笑いである。ネスト様はドルカから目線を切ると、別荘の使用人たちに指示を飛ばし始めた。
「湯はあるな?」
「はい、沸かしております」
「よろしい。キールは汗を流しておいで」
キールは眉を吊り上げた。そしてすぐに遠慮を始めた。
「わ、私は平気ですのでネスト様がお使いになってください」
その遠慮は無理がある。いくら完全な勝利を収めたからと言って魔獣と戦ったのだから汗をかくに決まっている。ちなみに俺とネスト様はマナーのわかる男なので彼女の髪の毛がバサバサになっていることななどはあえて言わない。
「君が一番運動してるんだぞ」
「そうだぞ、汗臭くなるから早く行ってこい」
そう言われるや否やキールはドルカの頭頂部に手刀を振り下ろした。
「な、何をする!」
キールは頬を膨らませ、くるりとドルカには背を向けた。
「お借りします」
そう言ってキールは髪をほどきながら風呂場へと向かって言った。後には気まずい沈黙が流れていた。ドルカはまだ何故自分が手刀をお見舞いされることになったのかわかっていないようだった。
「ドルカ……マナーって知ってるか」
「バカにするなトルバトル。そのくらい知っている。出された料理は残さず食べるのがマナーだ」
思わずため息が出る。ドルカは諜報活動を行なっているが、聞き込みときに失礼なく質問をしたりできているのか心配になった。これは後日徹底的に教えてやらないとダメなようだ。
キールが風呂から出てきた頃、ドルカの食事は四回目のおかわりを迎えていた。俺とネスト様も彼女に先んじて食事をとっている。
キールの装いはいつものような革鎧ではなく、柔らかそうな布で作られたゆとりのある寝巻きだった。
「ネスト様の前にこんな……ラフな格好は……」
「皆後は寝るだけだ。革鎧じゃ寝られないだろう」
どうやらキールの寝巻きはここの使用人さんが用意したらしい。いつもキールは首元まである硬そうな服を着こんでいる。だから今桃色の寝巻きの彼女は俺の目に新鮮に写った。
「なんだトルバトル。そんなにおかしいか」
「いや全然」
俺は頭を振って否定した。俺はドルカのように手刀を喰らいたくはないのだ。そもそもキールの姿が新鮮だというだけで、別におかしいとは微塵も思っていない。しかしいつもとのギャップにすこしドキドキしてしまうのは否定できない。
俺は食事中に彼女の方をそれ以上見ないように気をつけた。
食事が終わる。空っぽになった食器を前に俺たちは思い思いに寛いでいた。ネスト様の前でゆったりするのは気がひけるが、彼が「ゆっくりしていてくれ」と言って仕事に向かったからには寛がないわけにはいかない。
ドルカは食事の後の眠気と戦っているようだ。振り子のようにドルカの頭は左右に揺れ、今にも倒れ込みそうだった。もうほとんどドルカに意識はないだろう。
「なぁ、キール。前から聞きたかったんだけど……」
「なんだトルバトル。言ってみてくれ」
まだキールの寝巻きに慣れていないので、俺は目の前のコップに入った水を見つめながら口を開いた。
「なんでそんなに強いんだ?」
俺はずっと聴いてみたかったのだ。性別に関係なく、俺は同年代でこれほどまでに強い人を見たことがなかった。俺は詩人として大成するのが目標なので強くなる気はあまり無いが、彼女の強さの秘密は気になるのだ。
「強いと言ってくれて嬉しいが、まだまだ私より剣の腕が上の人はいる。ゲイルさんとか……」
「それはそうかもしれないけど、その人たちはキールよりずっと年上だ。同年代でキールはみたいな人は見たことがない」
俺は師匠と旅をしていた頃、いろんな同年代に出会った。絵の上手い人、足の速い人、頭のいい人、色々いたがその分野では同年代として納得のいく練度だったと思う。しかし練度という点ではキールは異常だった。
キールは少し考え込んだ。たしかに難しい質問だったかもしれない。
「……強さや練度の秘訣なら、私の目標がおとぎ話の登場人物であることだと思う」
「おとぎ話?」
俺が思わずキールはの方へと目線をやると、彼女は少し微笑んだ。
「龍の剣士って言うお話だ」
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