第28話 進言のうた

 ドルカは訝しげにネスト様を見つめていた。怪盗を部下に引き込もうとしているネスト様は彼らからしたら完全に変態の域にいるだろう。というより失礼ながら俺もネスト様の言動には驚かされた。


「ど、どういうつもりだ?揶揄っているのか!」


「俺は冗談で雇用なんてことはしないよ。冗談みたいな理由で雇用するだけだ」


 ネスト様は自覚があるのだ。面白いやつしか雇い入れない変人であると。ネスト様の言葉を借りるとするならば人間コレクターなのだ。


「……お前になんのメリットがあるんだ、ネスト」


「諜報部隊を作ろうと思ってたんだ。最近東の地の寒冷化や魔獣の活発化などの事件が多発している。そこで君達を諜報に使えたら俺はすごく嬉しい」


 流石はネスト様。面白いから雇うだけではなく、ドルカたちをどのように使うかをしっかりと決めているらしかった。それならば俺はドルカたちが仲間になるのは大賛成だ。


 しかしドルカたちはまだ不審がっているようだ。


「お前のメリットはわかった……だけどボクたちになんのメリットがあるんだ?」


「ふふふ……聞いて驚け」


 ネスト様は奥歯まで見えそうなほど口を吊り上げて笑う。なんだろうか。ネスト様は何を考えているのだろうか。俺は知らず知らずのうちに拳を作って強く握りしめていた。


「毎日満腹を保証しようじゃないか!!!」


 地下牢にネスト様の宣言が響く。反響してこの館の隅々にまで聞こえそうなほどだった。ネスト様の言葉はドルカたちにとって喉から手を出るほど欲しかったものだろう。


「ボクたちは……飢えないということか?」


「この俺、ネストが保証する。俺がある限りは君達を飢えさせない」


 ドルカは決めあぐねているようだ。おそらくは怪盗行為を咎められず、それどころかスカウトまでされている状況に頭がついていかないのだろう。また、咎められないこと自体に混乱しているのだ。


 ドルカは他の怪盗仲間たちに目線を送った。

 ここ数日彼らに食事を届け、少なからず会話した俺にはわかっていた。ドルカは彼らのリーダーであり、決定権を持っているのだ。一番小柄で華奢に見えるドルカがリーダーなのだ。ドルカは少し物憂げに地下牢の床を見つめる。しかししばらくすると目線を上げてネスト様を見据えた。


「…………わかった。ボクたちは……ネストに仕える。でもその前に一つ言わせてくれ」


「なんだい?」


 ネスト様は首を傾げる。彼の中では全て問題は解決しているのだろう。しかしまだ怪盗たちの物語は終わっていないのだ。否、終わらせてはいけないのだ。俺は言葉を操り、人の心を動かそうとしてきたからわかる。


 怪盗たちはその場から徐に立ち上がる。そして伏し目がちに横並びに整列した。ドルカを中心に並んだ五人は少しバツが悪そうな顔をしていた。


 ネスト様も、俺も、ベルアさんも何も言わなかった。ただ、彼らの行動を見守っていた。


「…………腹が減ってたばかりにボクたちはあんたのところから奪おうとした。だから……ごめんなさい」


 静かに呟くように、しかし聞こえるようにドルカは言葉を紡いだ。その言葉は俺たちは噛み締めるように聞いていた。


 ドルカは言葉の力に気づいたのだろう。物をもらったり、何かをしてもらったら「ありがとう」、何かを頼むときは「よろしく」。そんな当たり前が彼らのいた東の地では通じなくなっていた。だから言葉の力を忘れてしまっていたのだ。しかしドルカたちは気づいたのだ。何かをしてしまったら「ごめんなさい」。この言葉をまずは言うことが大切だと。


「ボクたちに食事を持ってきたとき、トルバトルが……たまに詩を歌ってくれたんだ。不思議だった。たかが言葉に心動かされた。ボクの胸は震えた。よくわからないけど……言葉は凄えって思えた。だからボクは言葉でごめんなさいって言う」


 ネスト様は口元を緩め、鉄格子の間に手を突っ込んだ。そしてドルカの赤髪をやさしく乱すようにワシャワシャと撫でた。


「いいよ、気にしてない。これからよろしく頼むよ、五人とも」


 ネスト様はパチンと指を鳴らした。そうすると口の中のわたあめのように鉄格子が溶けて無くなった。ドルカたちは、先ほどまで鉄格子のあった場所を跨いで俺たちの方へと近づく。もうここに何かを分ける鉄格子はないのだ。皆同じ立場、俺とドルカたちはもう仲間である。


 地下牢からスロープを使って館へと戻ると、館と地下牢をつなぐ通路にゲイルさんが待ち構えていた。


「やぁ、ゲイル。お前なら会話は聞こえていたろう?そういうことだ」


「吾輩はネスト様に従います……しかし他の者が賛成するかわかりませんぞ?」


「確かにな。トルバトルやベルアはいいが……怪盗たちと直接戦闘を行なったというカナメやキールがどう思うか……」


「ネスト様、それならば俺にいい考えがあります!」


 俺はベルアさんとその可能性を考慮していたのだ。カナメやキール、家令などが直接怪盗とぶつかった以上ただ怪盗たちを仲間に引き入れるのは反発を招くだろうと。もちろんネスト様に仕える以上文句は言えないが、心のうちでは悶々とした物を抱えるかもしれない。それは業務上非常に良くないのだ。


「トルバトル……考えとはなんだい?」


「俺たちが和解の詩を歌いましょう」


 ネスト様の目が丸くなった。しかしすぐにプッと吹き出した。


「ははは、なるほど。事情を説明するのは言葉を使う君が適任かもな。わかった。トルバトル、ベルア、怪盗たちと館のみんなのしこりを取り除いてくれ……君たちの詩によって」


 ネスト様はこれから2時間後に館の皆を大広間に集めると言う。そこで怪盗たちを仲間に引き入れるという発表を行う。しかしただ怪盗たちを紹介しただけではやはりしこりが残る。だから俺とベルアさんで怪盗の境遇を歌い、和解してもらうのだ。


 主にしこりを残しそうなのは二人だ。すなわちカナメとキール。彼女たちは怪盗を捕らえるのに直接ぶつかっているためにすぐさま彼らが仲間、というのは解せないだろう。だから和解の詩を歌い上げ、怪盗たちとカナメとキールに仲良くなってもらうのだ。ぶっちゃけ自信はない。しかしどうしてもやってみたいのだ。


 ネスト様が怪盗たちを仲間に引き入れる発表をする準備をしている間に俺とベルアさんは控え室に引きこもった。


「ねぇねぇトルバトル君?特にキールとカナメを説得して和解させたいって話だけど……二人の好みに合わせた詩を作る必要があるのかい?」


「はい。言葉にも好みがある……師匠が言ってました。キールとカナメを狙い撃ちできるような詩を早急に作ります」


 自分でも無茶苦茶を言っていると思う。しかしドルカたちがネスト様の下で諜報部隊として働くというのなら彼らもキールもカナメも気持ちよく働いてもらいたいのだ。だから俺は詩を作る。


 俺は夢中で羊皮紙に言葉を書きなぐる。キールとカナメの正確に合うような言葉を探す。そしてそれを使ってドルカたちの境遇、そしてここで働くことになった事情を詩にするのだ。ベルアさんが見守る中、俺は夢中でペンを走らせた。


 

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