352 意識しすぎ

 元キーダーの松本秀信ひでしなが亡くなったというしらせが、キーダーたちのスマホに届いた。

 綾斗あやととの戦い後に姿を消していた彼は、アルガス本部へ向かっていたらしい。


 敵である松本との記憶がふと浮かんで、京子は唇をかみしめた。


 最初に会ったのは東京湾に水死体が上がったと聞いて、立ち合いに向かった帰りだ。トールの彼が再び能力を得るために飲んでいた薬は、その時すでに彼の身体をむしばんでいた。


 キーダーを辞めた彼が再びアルガスへ向かった理由は、忍の指示だろうか。


 ──『宇波うなみさんは元気か?』


 けれど、最初に会った時に彼はアルガスの現長官である宇波うなみの事を気にしていた。

 それが今回の最期と関係があるのかと勘繰かんぐってしまう。

 本当の理由など分からないが、彼の歩んだ道の結末を想像して、京子はひたと苦しくなる胸を押さえた。


 彼の最期に立ち会いたかった。過渡期かときを迎えるアルガスで、時代を目に焼き付けたいと思うのは「何でも知りたい」という修司しゅうじの受け売りなのかもしれない。


「こうしてても時間が過ぎるだけだし、あの男を探すべきだろうな」


 桃也とうやが険しい顔でスマホから顔を上げる。

 忍があからさまに主張してくるとは思えないし、確信できるような際立った気配は何処にもなかった。


「そうだね。けどどうやって探す? 京子ちゃんが閉じ込められた時だって、僕たちじゃお手上げだったけど?」


 試すように尋ねた彰人あきひとは、彼が現れた事に真っ先に気付いたらしい。テントの方角へ向けられた視線の先に、黒い影が近付いて来るのが見える。


綾斗あやと!」


 それが誰かすぐに分かった。

 京子が飛びつくように名前を呼ぶと、横で桃也がきつく唇を結んだ。

 綾斗はすぐ側まで来て「俺も手伝わせて下さい」と観覧車の光を映し込んだレンズの奥で目を細める。


「もう出て来て大丈夫なの?」

「平気です。怪我してる訳じゃないんで」


 二人の前での綾斗は仕事モードだ。

 返事を躊躇ためらう桃也を横目に、彰人が「お疲れ様」と先に声を掛けた。


「もう少し休んでた方が良いとは思うけど、来て貰えて助かるよ」

「はい」


 忍を探すにあたって綾斗の能力は不可欠だろう。

 松本との戦闘後、綾斗は体力を削られて暫くテントで休んでいた。

 思ったより元気な姿にホッとするが、彰人が言うようにまだ万全ではないようにも見える。


「お前は、あの男の居場所がわかるのか?」


 ようやく口を開いた桃也が、苦虫を噛み潰したような顔で尋ねた。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る