悪役令嬢は迷子になるようです(2)

 

「ふ〜...」


 私は入試問題を無事に解き終え、緊張を解いていた。周りの筆を走らせる音を聞く限りでは、皆悩みながらまだ解いているようだった。


(暇だな...)


 ふと、前の方を見ると、先生は厳しい目でとある生徒を見ていた。

 その生徒は、机にうつ伏せになり、寝ていた。


(嘘でしょ...この状況で寝るって...)


「....本当に、ありえない。」


「っ!?....」


 耳元で確かに先程の女の子の声を聞いた気がしたのに、周りを見てもやはり誰もいなかった。


(やっぱり気のせい...?)


 先生が居眠りをしている生徒を叩いて起こしたが、その少女は起きなかった。少女に着いていた騎士らしき人物もあまり顔に出さないがその状況に呆れていた。


(大変そうだな、リリアーネの騎士なんて...)


 そう、先程からずっと居眠りを続ける少女はリリアーネだった。


  _._._._._._._


「やめっ。」


 先生の声とともに、答案用紙は先生の腕の中へと飛んでいき、私たちはもう問題を解けなくなった。まだ、最後までいけていない子が何人かいたらしく、自分の答案用紙があるであろう先生の腕の中を虚しく見ていた。

 私はと言うと、先生の声とともに、清々しく腕を伸ばした。半日ほどの間ずっと座っていたのだ、脳よりも体が疲れてしまった。


「これで入試は終わりとなります。各自帰宅してください。」


 ちゃんと答案用紙が全員分あるのをペラペラと確認して、またヒールの音を響かせて颯爽と教室を出ていった。


(リリアーネは...まだ寝てるよ。)


 リリアーネが寝ていることに試験を終えた子達は気づき、ザワザワと騒ぎ始めた。それでなくとも、先生がいなくなったことに安堵したのは、会話を楽しんでいる子達が多く見られた。


「あれで本当に光の巫女が務まるのかしら?」


「騎士にまであんな目で見られて恥ずかしい...」


(まぁよい噂は今後流れないだろうな…でもその子たちに毒されていたのは誰ですかねぇー)


 過去の周回でリリアーネの取り巻きになっていたであろう人たちがリリアーネを侮辱する現状は可笑しかった。


(帰ろっ...)


 直ぐにでも帰りたいエンディーの事だから、先に待合室で待っているだろうと考え、私は足早に教室を去った。


  _._._._._._._


「ここ、どこ?」


 暗がりの廊下の中、等間隔に壁に着いているランプだけ。窓はなく、今がどのくらいの時間なのかすら分からない。そして、どこまでも続いている廊下が、今までどれだけ歩いたのかすら惑わしてくる。


(あの時、順路にちゃんと従ってれば....)


 私は、もう10回もこの学校の生徒としていたこともあって、それなりにどう行けば早く行けるかも把握しているつもりだった。

 そんな変な自信のせいで、順路とは違う道を選び、この有様だ。


「も〜どうすればいいのっ!!」


「....馬鹿。」


「えっ...?」


 急な、辛辣な意見に、反論は出来なかった。確かに自分の慢心さが今の状況を招いているのだから。

 それはそうと、今ので三度目だったそのどこか眠たそうで、儚い女の子の声を聞いたのは。今回もきっと居ないと分かっていても、私は辺りを見回してしまった。


「...こ、こ。」


 天井の方までキョロキョロしていると、誰かに手を握られる感触があった。

 私の手を握っていたのは、群青の長髪を低い位置で二つに結んだ少女だった。口元を巻いているマフラーで覆い、そのマフラーと同じ紅の目がこちらをじっと見ていた。


「あっ...。」


「ふふっ。面白い...子。」


 私より背が小さいため、私の顔を覗き込むように見るその顔をどこかで見たような気がしたが、よく思い出せなかった。


「迷子...でしょ。」


 ポツポツと話す少女の声は、儚かったがやはりそれでいて耳によく届いた。

 私は少女の質問にこくりと頷いた。


「こっち...案内、する。」


「えっちょっ...」


 私の手首を掴んだ少女は、その小さな体からは思いもよらない力で私を引っ張った。そしてそれは私が歩いていた方向とは真逆だった。


(私全然違うとこ行こうとしてたみたい...)


 苦笑いを浮かべながら、私は少女の後ろを黙々と着いて歩いた。

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