第29話 ジャンヌの裁き
意識世界では、めずらしく井戸端会議ではないちゃんとした裁判のようなものが開かれていた。
会議の議長席には、ジャンヌ華が座っている。
彼女の強い思いによって、そうした裁判が開かれるようになったのだ。
意識世界には、時間も空間もないので、強い思いがあれば、それを具現化させることができる。
そして、意識世界で決められたことは、物質世界にも影響を与えることになる。
ジャンヌ華は言う。
「みなさん、お集りくださってどうもありがとうございます。この度、こうした場を設けさせてもらったのは、あたしが体験した世界があまりにも危険だということをお伝えするためです。
あたしが体験した世界では、意識たちが、物質の肉体という牢獄に入れられていました。
その牢獄に入れられていると、いくらでも激痛や不快感や苦しみが強制できるようにされておりました。
しかも、そうした不自由な肉体から脱出することを、生存本能というものを組み込まれて難しくされておりました。
それは、体験強制装置のような代物でした。
ですが、それが理解できるのは、その肉体というものから意識として離脱してからなのです。
多くの魂たちが、そのためにその体験強制装置に呪縛され続けていました。
死んでもなお、繰り返し、そうした肉体に入れられてしまうような残酷な仕組みがあったのです。
彼らは、肉体として自分たちが生き残るためならば……他の魂たちの命や自由や平安を平気で奪い、殺し、侵略していました。
ついには、そのためなら何でもしてやろうと思う者たちが出現し、世界を支配してしまいました。
そうしたことが、この意識世界のアカシックレコードにはしっかりと記録されておりました。
あたしたちは、建前上は、自発的にその世界を探検しにいったわけですが、認識が甘すぎました。
一応、先生から、その世界のリスクというものをズラズラと説明されてはおりましたが、自由な意識世界生まれのあたしたちにはとてもじゃないですが、想定外でした。
遊園地に入ったつもりが、実はそこは残酷な監獄だった……みたいな感じでした。
つまり、あたしたちは、ちゃんとその世界のことを理解できていませんでした。
遊び気分で冒険してしまったのです」
華は、並み居るあちこちの異世界の意識体たちに向かって、流暢にそんなことをまくしたてはじめた……
俺は、おいおい……と思う。
その話の流れでゆくと、俺が騙してその世界に投げ込んだみたいな結論になりそうじゃーないか……
俺は少々あせりはじめた。
いくら学習のためだといっても、そんな危険な世界に魂を騙して投げ込んでいいという道理はない。
とんでもない想定外だった……ということならば、俺が騙したことにされてしまうかもしれない。
俺は焦って、目の白黒が反転してしまった。
変身していても、心が乱れると、変身も乱れるのだ。
すると、華が、
「その世界では、嘘をついているかどうかは、その目を見ればある程度わかるのです」
などと言いはじめるではないか。
俺は、必死で、黒白を元通りにするようにと焦る。
華が続ける。
「そういうわけで、あたしは騙されてしまったわけです」
ズバリと俺の嫌な予想が的中してしまった。
弁解しなければならない……
俺は食い下がる。
「いやいや、皆さん、華はこう言っていますけどね、俺はしっかりと事前説明したんですよ。それにですね、そもそも悪いのはかの物質世界の支配者たちでしょう?
それと良い世界を創造するためには、反面教師からも学ぶ必要があるんじゃないかと思うのですよ。
それに、そもそも俺が強制したわけではないですし……自発的に有志だけを対象にしたことなのですから、ちょっと騙したというのは違うんじゃないかと思うのですよ」
などと自分でも情けないような言い訳をして難局を乗り切ろうと頑張った。
しかし……
華は続ける。
「だめですよ、先生。だって先生は、あたしたちが苦難に直面していることを全部ご存じだったじゃないですか! アカシックレコードには先生の心の動きもちゃんと記録されていたんですからね。
自分だけ高みの見物を決め込んで……何がふむふむ、みんなそれぞれ成長してきたな……ですか!
それが教育者としてあるべき姿なんですか?
なんであたしたちと一緒に苦難を分かち合おうとしなかったのですか?
あたしは、そういうのは、ずるいと思います!」
俺は、タジタジとなる。
くそ! ちょっと成長しすぎたんじゃないかと思う。
まだ小娘みたいな状態だった華の精神は、研ぎ澄まされ、俺の魂を貫いた……
ぐわっ!!!と悲鳴が漏れてしまった。
小の方も漏れそうだ。
異世界の意識体たちは、興味深そうに、俺たちを見守っている。
「いや……だから、俺は以前、似たような世界で酷い目にすでにあってるんで、学習する必要はないんですよ……」
などと言い訳してみる。
すると、華は、
「なんで酷い目にあわないで学習できるような世界を創造しないんですか?
この意識だけの世界では、それくらい簡単じゃーないですか!」
そんなことを言う……
俺は、脂汗が流れ始めるのを感じた。
異世界の意識体たちは、華の方を見ながら、うんうんとうなずいている。
そもそも、異世界の意識体たちの世界のほとんどは、そうした残酷な世界ではないのだ。
というか、残酷な体験が強制されるような世界からは、こうした会議に出席する意識体はいないのだ。
つまり全員が、華の言い分にうんうんと頷く結果になってしまった。
えーーーー!!!と思う。
あれほど、ちゃんと説明したし、自発的な有志だけに限定したし、いろいろな安全確保のためにアイテムなども持たせてやったし、途中で難局があれば、入れ知恵もしてやったというのに……
そんなーーー!!!と思う。
判決は、こうなった。
「それでは判決します。
先生をあたしたちと同じ状態にして、かの不自由な物質世界なる世界に転生させようかと思いますが、ご賛同の方は、頷いてください」
参加している意識体の一同全員に、頷づかれてしまった……あああああああああ!!!!
だが、俺も百戦錬磨で、俺の意識世界の先生役をしている意識体だ。
その程度の裁判くらいで、みすみすそのまま転生されるつもりはない。
俺は反論する。
「じゃあですね、じゃあ、百歩ゆずって、わたくしにも落ち度があるといたしましょう。
ですが、それを言う前に、先にかの残酷な物質世界の支配者たちを裁くのが筋と言うものでしょう?
でなければ、問題の根本解決になりませんよ。
根本解決しないと、次々とかの世界に迷い込んだ魂たちが酷い目にあい続けることになるでしょう。
それにですね、かの物質世界は、学習のために時空間図書館の資料からわざわざ引っ張り出してきた世界なんですよ。つまり、すでにとっくに滅んでいるんです。
それをわざと再生して再体験しているだけですから、いつでも消去できるんですよ。
そんな世界にわたしを転生させて、一体、みなさんにどんなメリットがあるというのでしょうか?」
などと……必死で保身を図る……
「ええ、ええ、もちろん、わたくしにも落ち度があるということで、それなりのペナルティは受ける所存ですが、それは華たちに良い体験ができる世界を提供することで償わせてもらえないでしょうか?
その方が、華たちも楽しめるのではないかと思うのですがどうでしょうか?」
俺の必死の反論に、一同、少し考え始めた。
華も、ちょっと考えているようだ。
しばしの沈黙があり、華が言う。
「じゃあ、転生は取りやめてあげる。そのかわり、その良い体験ができる世界というものをちゃんと創造してみてよね。
もし、それができなければ、転生ということでどうですか?先生」
えええーーーー!!!と思う。
まあ、良い体験ができる世界くらい、なんとでも創造できる自信はある。あるのだが、もし万が一失敗したら……あの世界に転生させられるというのは、ちょっとな……と思う。
意識だけの自由自在の世界を味わってしまうと、もう、呪縛だらけの物質世界への転生というのは耐え難い選択肢にしか思われなくなる。
俺は、さらに反論する。俺の未来がかかっているのだ。全力を出さねばならない。
「いや、華よ……華ちゃん……転生にはこだわらなくてもいいんじゃないかな……
だってね……華ちゃん、あの呪縛の物質世界が俺の転生用に残してしまえば、うっかりまた華ちゃんがあの世界に落ちてしまうような危険もあるだろう?
落とし穴みたいなもので、いつ誰かが落ちてしまうかわからないような危ない世界は、そのまま残しておくのは危険だと思うんだけど、どうかなー」
すると、華は、残酷な物質世界のことを思い出したのか、顔を青ざめさせはじめる。効果ありだ。
「それは絶対ダメです! ダメ! 絶対! です!」
少し退行現象を起こしているようだ。効果がありすぎたか……
「であれば、まずは、危険な世界をいったん消してしまう方がいいんじゃないかな?」
と俺は、猫なで声で提案する。
「わかりました。じゃあ、消します。今すぐ消しましょう!」
だが、ふと思い直したように言う。
「あ、ただし、あたしをひどい目に合わせた奴らは、消すだけじゃ許せません!
ついては、あの物質世界の支配者たちには、自分たちが他の魂たちに与えてきた酷い体験のすべてを再体験してもらいたいと思います!」
などと言い始める。
「しかし、そうなると危険な世界を消すわけにはいかなくなるよ」
「じゃあ、別の異世界で、同じような危険な世界に転生してもらって、あたしやみんなに与えてきた酷い体験を味わってもらいます!」
まあ、似たようなものなのだが……俺が転生されないのなら、まあ、いいかと思う。
そういうわけで、俺はなんとかヤバい世界への転生コースをとりあえずは免れた。
くはははは!!! ざまー!
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