38.この子が犯人さん?



私なら……もっとうまくやれる。


もっとうまく追い込める。


あの子たちのようになんてならない。




「—―で、キミはこんな早朝から俺の可愛い琥珀の下駄箱の前で何してるわけ?」









溶き卵のお皿を持っていたその人は、どうやら琥珀の下駄箱で料理をしようとしていた模様です。


…………下駄箱でお料理?




「なんで卵なのかな!!?」


「突っ込むところそこなんだ?」




今朝、学校に行く前に咲くんが迎えに来ました。


例の犯人を捕まえたらしくて、黒曜に連れてきていると。




言われた時、一瞬なんの事だっけ?って思ったけれど、すぐに閉じ込められた時のことを思い出した。




本当に捕まえてくれたの!!?


琥珀とっても助かります!!!!


この前も階段の上で背中を押された感覚して、手すりにすぐ捕まったから大丈夫だったもののドキドキがヤバかったんです!!!


ギュッと目を瞑っていたから相手の顔も見ていられなくて!


今度咲くんの分も玉子焼き作ってくるからね。





そして事情を聴いていると、どうやら今日は琥珀の上履きをお料理しちゃおうとしちゃっていたらしく、今日の上履きが危うくなくなるところだった。




「それで……この子が犯人さん……?」




後ろ手で縛られて、プイっと琥珀から顔を反らしているその子は、どうやら先輩さんらしく、ただこの状況で黙っている。


寝起きのいおくんもかったるそうな視線をその子に向けていて。




「この前どさくさに紛れて足かけられてただろ。あの場面を見てた奴が黒曜にいた。—―こいつは美術部の奴だ」


「…………そう、なの?」




美術部の子……お料理部じゃなくて?


お料理はキッチンでするもんだもんね。


先輩さん、いろいろとやることが間違っているよ。


琥珀もさすがに卵まみれの上履きは嫌だよ……。




「それとも新手の芸術……?」


「琥珀はまだ目が覚め切ってないの?」




後ろのベッドの部屋から姿を現す未夜くんも、あくびをしながらのご登場だ。




「おはよう未夜くん」


「おはよう琥珀。今日もかわいい」


「えへへっありがとうっ」




サラッとお世辞を言ってくれる未夜くんで、来るメンバーは揃った。


立ってその子を見下ろしているいおくん、ソファーに腰掛けて彼女をじっと見つめている咲くん、手首を後ろでネクタイで縛ったリンくん、ソファーに座る琥珀の後ろに立って片手を背もたれに置いている未夜くん、そして咲くんの隣に座っている琥珀。




「……そうやって」




と、捕まえられたその人がようやく口を開く。




「そうやってぬくぬくと甘やかされて、絵も大して描いてないくせに能天気で先生から一目置かれていて、挙句に黒曜?信じらんないのよ、なんでアンタみたいなクソボケが……!!!」




わお、これは琥珀に思うところがいっぱいあるのねっ!!


前回に引き続き、今回の子も結構毒を吐くみたいだぞ?


大丈夫か琥珀ちゃん?


負けるな琥珀ちゃん!!




「口開いたかと思えばそれ?ただの憂さ晴らしで傷つけようとしてたわけ?」




未夜くんがそう声をかけるも、その人はまた黙る。




「琥珀、聴きたくなかったらこっちで処理しておくけど、学校行く?」


「あ、学校……でもちょっと琥珀もこの人とお話したいかなぁ」


「そのぶりっ子も何なの、気持ち悪い」


「ほら、なんかいろいろこの子たまってるみたいだし、琥珀は大丈夫だから、ね?」




ちょっとこの子のお話も聞いてみたいと思ったことは、本音だ。


というか、琥珀もね、やられっぱなしじゃいられないのですよっ!!




「あんまり生意気言ってっと咲から天誅食らわされっぞお前。今でも圧かけてきてんのにこれ以上怒らせたらまた退学だぞ」


「……またって何?」


「こっちの話。お前は咲の隣で咲がキレないように見張っておいてろ」




咲くんはさっきからずっと、にこやかそうに、その先輩さんを見ている。


けれど、目は全然反らしていないし、何やらじっとりと見つめているだけだ。


咲くんて……キレることあるのかなぁ……。




「琥珀、ちょっと反論していいですかっ?」


「おお、言ったれ言ったれ」


「甘やかされてる……ってのは、正直そうかもしれない。琥珀は頼りにならないだろうし、でも助けてもらえてるところは甘えちゃってる、でもそれって悪いことなのかな」


「気色悪いっつってんのよ。色目使って咲くんたちを――」


「ねぇ、それって咲くんたちのことまで貶してない?それに、それにね、こんな琥珀に色目なんて使えるとその、お思いで……?」


「…………」




お黙りになられてしまった。


それはそれで琥珀はしゅんとしてしまうよ。




琥珀は、お話しできれば、ちょっといいなと思ったよ。


別に、仲良くはなれなくていいの、ただ少し、この人の考えていることが知られたらって。




でも、でもね。




「美術部さんたちが、琥珀のことよく思ってないのは知ってたよ。琥珀は最近絵も描けてないし……学校入ってから一年も経たずに筆が止まっちゃってるし、そういわれるのも仕方ないのかもしれない」




嫌だけど、本当は怖いし、そんなこと言われちゃうのは嫌だけれど。




「でも、でもね、琥珀のこと受け入れてくれたのは咲くんたちなの。黒曜のみんななの。甘やかしてもらってるならその分、いっぱいお返しできるように、琥珀も考えることしかできない」




黒曜に来てから、本当にたくさんのことを与えてもらった。


それはお金で買えない経験だったり、画材や資料の見放題だったり、みんなでお外に出かけたり、思い出という財産だったり。


たくさんもらって、たくさん一緒に楽しんで、原稿仕上げていって、そして琥珀を必要としてくれている。




自分の絵の描けなくなった琥珀でも、ここでは受け入れてもらえていること。


それが何よりも、琥珀の心が折れない強さになってくれているんだって、感じているよ。




「気色悪いって言われても、ちょっと琥珀にはどうすればいいのかわからないよ。でもそれって、先輩さんに関係のあること?黒曜に関係あること?」




琥珀だってこれくらいわかる、先輩さんはいちゃもんつけたいだけなんだって。


この話を聞き入れてくれるかすら怪しいことだって。




「黒曜に関係してることなら、黒曜のために直したい。けどそれは、黒曜のみんなからの話であって、あなたからではない」




なんでだろう、人と向かい合ってこうして反論することに慣れていないからかもしれないけれど。


少し、目元がうるんできたよ。


人を突き放すことに慣れていないからかな。


でもみんなが、黒曜のみんながこうやって琥珀のために犯人探し頑張ってくれて、捕まえてくれて、話す機会をつくってくれている。


琥珀もちゃんと、向き合わないといけない。




話したいこと、今話しちゃわないといけない。


私だって黒曜の一員なんだからっ!




「琥珀を傷付けたいのはわかる、けど、琥珀の色目でどうにかなる人たちだと思ってるあなたは、黒曜まで貶してる。そんな人たちじゃないよ。っていうか琥珀に色ってほどの色気はないよ!悲しいけれど!!」


「色気のことだってのは解んのかよお前……」




ふんす!ときっぱり言い切ったら、いおくんからの突っ込みが入った。


いろけ!おいろけ!琥珀にあるように見えますか!!




「要は傷付けたかっただけなんでしょう?琥珀ちゃんのこと」




静かにそうつぶやいたのは、隣にいる咲くんの声。


小さな声でも存在感を出すその声は、いつもより低めで、琥珀もちょっとビビる。


こういう時の咲くんはいつもより温度が低い。




「傷つけるってことは、傷付けられる覚悟があるってことだよね?こそこそ動き回ってたみたいだけど」


「さ、咲くんがその女に付きまとわれて――」


「付きまとってるのは俺の方だし、彼女を囲ってるのも俺だけど?」


「……っ」


「俺が琥珀のこと守りたいの。わかる?」




そう言って咲くんは琥珀に顔を向けてじっと見つめて来た。


な、な、な、……なんでここでこっちを見るの!!!




熱くなる顔を両手で隠すと、肩に手が回された。




「授業始まっちゃう前に、琥珀は学校行っておく?」


「う、うん、そうする……」


「言いたいこと、言えた?」


「…………言えた、ありがとう」




言いたいことだけ言えた琥珀は、今日はいおくんと一緒にいつもの送迎車に乗って、学校へと送ってもらった。


その後、あの先輩がどうなったのかは知らないけれど、いやがらせ?の類はぷつりと途切れた。


本当にあの先輩がやっていたことだったらしい。
















「琥珀、ごめん、気付けなくて」


「ううん!!みっちょんが気にすることじゃないよ!?」


「同じ美術部なのにそんな素振りぜんっぜん見せられてなくて」


「大丈夫だって!咲くんたちが解決してくれたことだもの」




頭を抱えてみっちょんは項垂れる。


そんなみっちょんを今日は琥珀がよしよしする。


もう解決したよ、大丈夫だよーっ。




「はぁ……私も呼んでくれたらその場で回し蹴り食らわせられたのに……」


「みっちょん!!???」




回し蹴り!?


それは呼ばなくて正解だったかもしれない……。




「とりあえず、この件はもう黒曜に任せてもいいってことかしら?」


「咲くんたちが処理してくれるって!……処理ってなにするんだろう?」


「あの咲さんだし痛いことはしないでしょうし、琥珀は気にしなくてもいいんじゃないかしら?」


「そうかなぁ?」




うーん、確かに咲くん優しいし、きっと優しく説得してくれるよね!


うん、みっちょんの言葉を信じよう!




「ところで琥珀、なんかあの……アイツのことなんだけど」


「アイツ?」




……あいつ?とはもしや。




「……いお、アイツ今彼女いないとか本気?」


「へ!?」


「いや、今度部屋に来るって言った時に聞いたのよ。私後ろから刺されたくなんかないから、関係ある女の子いるなら断ろうとしたんだけど……」


「う、うん」


「一切いないって言い切ったのよ、それ本気?って思って」




い、いおくんーーー!!!


た、確かになんかそんなようなことを誰かから聞いたような気が……。


ていうか後ろから刺されるとか……怖い怖い怖い。




「琥珀は細かいこと知らないけど……彼女さんはいないんじゃないかなぁ」




だって好きなの、みっちょんだし。




「黒曜の人に聞けばわかるかも?」


「なんか嫌じゃない、私が気があるみたいに見られるじゃない」




ないの……?と聞きたい。


でも決定打を聞くのはなんか、怖い!


ごめんいおくん!!




「アイツは久しぶりにウチの家族に顔だして、絵描いてそんで帰ってもらうんだから」


「みっちょんの家族に?」


「会わせてくれなきゃ言うこと聞かないって言うんだものアイツ。だから約束して、原稿に専念させたのよ」




付き合ってもいないうちからグイグイ行くなあの人……。




「そ、そういえばみっちょんて……好きな人いないの……?」


「へ?」




琥珀は拳をギュッと握りしめて、まずは探りを入れることにした!


これで散ったらごめんいおくん!!


でも見てた限りはたぶんいない!!




「好きな人?」


「う、うん!」


「私に?」


「うん!」




ぽかん、とした顔をしてしまったみっちょんは、少し視線を外して考えているよう。


まって、即答でいないとは言われなかったからこれはまさか……?


え、まさかいるの……?




「ねぇ琥珀、子供の頃の恋愛なんて恋愛とは言えないわよね?」


「どゆこと?」


「単に憧れとか、話した回数が多いからとか、なんかそういった単純なものだと思うのよね」


「……???」




子供の頃の、恋愛?




「えっと……前に好きな人がいたとか……忘れられないとかいう……?」


「間違ってはいないけど、こう……認めたくないのよ」


「認めたくない?」




好きだった人の事を……?




今みっちょんの中で何が起きているのか、琥珀にはわからない。


けれど照れてもいなければ楽しそうでも、悲しそうでもないみっちょんは、淡々と悩んでいる。




「正直、わからないのよ。子供の頃の恋愛が本物かどうかなんて」


「……それ過去の事じゃなくて……?」


「過去なんだけど、過去じゃないって言うか……あぁもう、ややこしいわよね」




頭をふりふりとしたみっちょんは言う。




「子供の頃、いおのこと好きだと思ってたのよ!でも再会したらわからなくなったわ」


「………………………え、」







ええええええええええええええ!!!???



















琥珀にはわからなかった。


ここからどうすればいいか、なんて。




いおくん、散ってはいなかったよ。


でもね、咲いてもいないみたい……。













「み、み、みっちょん……?」


「絶対アイツには言わないで」


「さすがに言えないよ!?」


「今はそういうんじゃないから」




逆に今そうなっててほしかったよ……!!?




ここから、琥珀は悩むことになる。


みっちょんはなぜ好きだった人が……言ってしまうなら冷めてしまったのか。


会わなかった期間のせいか、それとも女癖が悪いって話を知っていたせいなのか。


そもそもどこが好きだったのか、その好きだった部分は今でも健在なのか?




琥珀はとっても悩んだけれど、当事者じゃない琥珀には悩んでも分からないことだった。



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