第22話

「桃子、どう?恋愛は順調?」


その日は久しぶりの居酒屋歓談だった。あれから何度か真澄のタワマンで飲んだが、たびたび押しかけるのも気が引けたので、今日は桃子の方から誘ったのだ。

どこから話そうか。

小黒とは、多分、もうすぐ一緒になると思う。


この前もらった指輪は大事に仕舞ってある。サイズ直しをしていないから、桃子には緩かったけど、そろそろかなと何の合図もなかったのに、小黒は小箱を開けて、けっこん、と口にした。


恋愛を達観し、適度な距離の理想のパートナーをみつけた真澄からみれば、初心で自信のない桃子のようやく訪れたゴールをなんと感じるだろう。


「結婚…しそう」

「あ、やっぱり。やっぱりそうなんだ!よかった、よかった」

「ありがとう」

「本気でうれしいよ。桃子が幸せになってくれて。今度、うちのトルク君とあわせて4人で飲もうよ。是非、紹介して、小黒さん!」

「わかった。小黒さんに聞いてみる」


真澄のレモン酎ハイのピッチは早かった。先に酔ったせいか、今まであまり話したことのない、かつての結婚について口を開きだした。


「優しい人だったけど、真面目だし。世間的には理想かもね。ああいった男性は。夜の営みも強引じゃないよ、気を使ってくれるし。ほら私って酔うと…、ま、酔わなくてもね、アニマルになっちゃうじゃない。だからって、昭和みたいに、こっちをひっぱってくれるような男なんて、嫌いだからなぁ…」


「子供は?」

「予定はあったよ。彼はゆっくりでいいって。それに忙しいのに、週末はご飯つくってくれたりして。結構、上手だったなぁ。鶏がらスープで味付けした野菜炒めとか。私はフライパンさえ握ったことないのにね」

「医局の評判もよかったんだよ。紹介した私が…」

「ゴメン、ゴメン。桃子、ホントすまん!!あのまま、あの人といて、子供作って、丸く収まってた自分も想像することがある。それはそれで幸せだったかもしれない」

「そうよ、良い人だったんだから。私が欲しいくらいだった」

「っぷ、確かに。桃子とは相性がいい感じした」

「別れる理由なんてないじゃない」


桃子は3杯目のビールで口周りを潤した。


「これがあるんだなぁ。今となってははっきり言えるよ」

真澄はさっき注文した冷えた枝豆を人差し指でつまんだ。器用に中をとり、さやをポイと灰皿に投げると、勢いよく口のなかに入れた。

二人とも吸わないし、灰皿にさやを重ねるのが真澄の癖だ。


「結局、自分を殺してまで、結婚生活を続けることはできないってこと。子供できたら仕事やめて、毎日、遅い帰りを待って、食事作って、それでまた子供の世話に戻って。ピンポーンって呼び鈴が鳴ったら、しょっちゅう訪ねてくる姑の相手して。これが子供が巣立つまで続くんだよ。20年以上も。いつまでも若いわけじゃない。わかってるよ。いい加減、大人になりなさい、みたいな。でもさあ、これじゃあ、結婚の奴隷だよ」


「私はそれが理想だけどなぁ。自分のゾーンばかり守ってるのが、イヤになってたから。というか彼と出会ってそんなふうに変わってしまったというか」

「アー!おひとり教の呪縛がとれたね。桃子、よっぽど好きなんだね、彼のこと!そこまで桃子に愛されて、どんな素敵なヤツ?」

「偶然よ。偶然だった。不思議ね、こんな偶然もあるなんて」


もはや「一人で料理」とか「孤独な日曜日」とか、そんな動画はみない。部屋の掃除をする機会が増えた。凝った料理をする機会も増えた。


小黒さんのことを考えると、休日はあっという間だった。少し我慢すれば会える。仕事のイライラも、安い給料も、彼に会えば、すっかり消滅してくれる。


「桃子、明日は?仕事なの?」

「もちろん、派遣に休みなんてないわ」

「まだ早いから、ちょっとだけつきあってくれない?」

「いいけど、どこ行くの?」

「いいから、そんな時間とらせないから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る