第47話:コクーン12「誕生日」

 ヴィッキーは内側からドロドロの液体を噴き出す。ヴィッキーの血というべきその液体は辺り一面に広がっていった。土に浸透し混ざり合って地面はぬかるみ、ヴィッキーは体勢を維持できず滑るように倒れてしまった。

 動かなくなった事を確認した特異体はゆっくりと埋まった腕を抜き、ああ疲れたと言わんばかりに背伸びをした。そして、背中に力を込め体を震わした。すると背中が毬栗のようにパックリと開き、折り畳まれていた羽が姿を見せた。左右計4枚で構成され、鮮やかな色を散りばめた蝶のような大きな羽だった。空を覆うほどのその羽で羽ばたき、飛翔。土を巻き上げて空高く飛んでいき、空の光に消えていった。


 コックピットが突然開き、ボトリと赤い塊が落ちる。ヘレナだ。息をしているが、人としてシルエットを辛うじて保っているほど損傷が酷かった。彼女はトラックへ向かって進み始めた。片足は膝から先が無くなっており、歩く事は叶わない。彼女は体を引きずるように進んだ。通った後には混じりものがある赤い道ができていた。


「ローズ…ローズ…」


 彼女は何度も繰り返す。呪文のように、満身創痍の彼女を動かしていたのは間違いなくその言葉であった。

 ヘレナはやっとの思いでトラックにたどり着いた。トラックを見上げた彼女の鼓動が速くなる。折れたフレームが剣山のように運転席を突き刺し、シートには血がべったりとついている。地獄のように赤く染まるその場所から運転席から白くか細い手が出ていた。


「ああぁ」


 ヘレナは手を伸ばした。彼女はその手を目の前にこの状況でも、もしかしたら違う人のものかもしれないとそう思った。そう願った。震える手で優しくその手を包んだ。

 期待は簡単に打ち砕かれた。何度も触れた事がある手だった。柔らかく折れてしまいそうな弱弱しい手、そして何もかも包み込んでしまいそうな優しい手。ヘレナは冷たい手で力強く握りしめた。まだ時間が経っていないためか温もりが残っていた。頬をすり寄せ咽び泣く。後悔だけが溢れだす。

 突然、手がピクリと動いた。浅いが確かに息が聞こえる。


「ローズ!」

「お嬢…様」

「早く!早く手当てを!」


「無理ですよ…もう…それよりハンドルの下の袋とってくれませんか?」


 言葉を返そうとした。無理矢理でも手当をしたかった。ローズがなんと言おうとも。しかし、ヘレナをじっと詰める目、ローズの真っ直ぐな目にヘレナは気圧され、言い淀む。ヘレナは言われた場所を見てみた。ハンドルの下には小物を入れられるほどのスペースがあった。運動席が潰れていても辛うじて残っていたその場所には、確かに動物の皮でできた巾着が一つあった。ヘレナは手に取る。

 握った感覚から中のものはそう大きくはなかったが、その割には重量があった。


「開けてください」


 今にも消えてしまそうな声に従い、ヘレナは紐を解き中のものを取り出した。


「これは…」


 薄紫色の半透明の石だった。空の光りに反射して美して煌めく。小さな穴が空いており、紐が通してあってペンダントにできるようだった。


「ヘレナお嬢様!少し早いですが、誕生日おめでとうございます」

「えっ?」


 意外な言葉にヘレナは呆気に取られた。この状況で何を言っているのかと。


「私の生まれた場所では石には特別な意味があって、私の代わりにお嬢様を支えてくれるんです」

「バカ言わないでよ!あなたは死なない!」


 ローズの呼吸が一段と浅くなっていく。ヘレナはトラックに掴んで這い上がり、ローズを中から出そうと必死に手に力を入れる。


「こんなにも思ってくれるなんて、私幸せです。生まれ変わってもお嬢様に支えたいなぁ」

「まだお勤めは終わってませんわ!この先もずっと側にいるのです!」

「そしたら、もっともっと長い時間一緒にいられる…のに…」

「ローズ!ローズ!」


 ローズの目から光が消えていく。フレームの隙間へ光が差し込む。照らされ見えた彼女はあどけなく笑っていた。涙が一つ、頬をつたっていく。そして、ローズの腕は骨を抜かれたようにぶらりと垂れてもう二度と動く事はなかった。


「ァァァァ!」


 体が欠損しつつもトラックへたどり着いたヘレナの支え、その糸がプツンと切れてしまった。ヘレナの意識が落ちていく、絶望と共に。

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