23話「デンジャラス・ゲーム」ー中編


 *


「…知っての通りだと思うが、篠部が後輩にやった事が嘘だと証明できなければ俺に未来は無い。」


早瀬の前であれだけ言っておきながらも、辰実の様子が気になった饗庭は飲みに誘う事にした。"ダイニングあずさ"のカウンター席で、"好きなモノ頼めよ"と言いながら饗庭は肉料理ばかりを頼んでいる。


店主の馬場梓(ばばあずさ)も、いつもの事で慣れた。


「思いっきり被せてきやがったな。」

「狙ってたとしか言いようがない。…普通なら放っておく所をこうだ、逆に言えば"私たちは篠部怜子の事でやっちゃマズい事があります"と言っているようなモノだとは分かる。」


あまり動じない辰実であるが、この時ばかりは事の大きさにただ疲弊しているように梓には見えた。警察官であった時でも、ここまでは見た事がない。


「…すまない、ここ数日は仕事がロクに進んでいなくてな。クライアントがどうも"わわわ"の記事を見て"アヌビスアーツ"の信用まで疑っているみたいで、連日"証拠がありません"って事を話をしているんだが話を聞かなくてな。」

「切っちまえよそんな奴。でっかい所が書いた記事を鵜呑みにしてるくせに、嘘だと分かったらすぐ擦り寄ってくるぜ?」


"そうだな"と辰実は笑う。


「面白くなさそうだな。」

「この時だけ変わって欲しいよ」


"まあ、食え"と大粒の唐揚げが入った皿を辰実の目の前に動かす饗庭。大粒なのに火が通っていて衣はサクサク。一口すれば衣の噛み応えと弾力のあるもも肉に甘辛いタレの風味が合わさって味覚を刺激する。…その波状攻撃が、コークハイのジョッキに手を伸ばさせるのだ。


「…私からすれば、"大人げない"と思います。」

「馬場ちゃん、彼女の事を思ってか?」

「はい。…どうしても、いい大人が圧力にモノを言って怜子ちゃんを潰そうとしている。そんな構図を考えると辛いです。」


「汚いよな、大人は」


コークハイを飲み干した後、辰実はぽつり呟く。濁った色をした牛スジの煮込みを一口、牛肉の上品なほどけ具合と深く煮込まれた味が"大人"の哀愁を味覚に染み込ませる。


「もっと汚い事してみるか?」

「クリーンにいこう。綺麗すぎて息が苦しくなるぐらいにな。」


饗庭は、辰実の肩をドンと叩く。


「何だ、ちゃんと息してんじゃねぇか」

「追い込まれてるんでな。やられるにしても、このまま易々という訳にはいかんよ。」


「面白くなるぞ、姉ちゃん!ハイボールもう1杯くれ!」

「はーい」


梓は素早くハイボールを用意すると、肉ばかり注文して食べる饗庭が、珍しく注文していた鰹のタタキと一緒に差し出す。


「元気づけてやろうと思ったが、失敗だ。」

「そんな事する気なかったでしょう、饗庭さんは。」


「何だ姉ちゃん、俺を人でなしみたいに言うんじゃねえ。…ちゃんと俺は黒沢を元気づけるために呼びつけたんだからよ。」


"味方じゃねぇけど、友達だからな"と饗庭は付け加える。"そうでしたね"と答えながら、梓は空になった皿を重ねてカウンターの向こうにある流しに置いた。


「友達が少ないから感謝してるよ。…しかし、今回の要件はそれだけじゃないだろう?」

「おう。ぶっちゃけ言や俺の勝手な判断なんだが、早瀬さんが黒沢の手を借りに来る前に言っておこうと思ってな。」


「…横山の猛プッシュが始まるんだろう?」


"ご名答"と笑いながら饗庭は返す。伝票を片手間に見るが、"小遣い制でな、半分出してもらうぞ"と話をしながら辰実に伝える。


「"指宿みくり"って名前なんだが。」

「人気がある子では無いな。」

「篠部と同期なんだが、人気は殆どないな。地元の集客もままならねえが、何故か横山が最近お気に入りらしい。」

「この前はモデルだったのにな。…ますます何かありそうだぞ?」


「あるな」



 *


同時刻。


辰実と饗庭が"ダイニングあずさ"で飲んでいる傍ら、商店街の一角に位置する居酒屋でも横山を筆頭とする"わわわ"の何名かが飲んでいた。


便宜上、この集団を"横山軍団"としておく。



「ざまあみろってんだ、"アヌビスアーツ"も!元警察か何だか知らねえが、アリが数匹集まったところでグラビア使って俺達に喧嘩売ったのが運の尽きってな!」


ジョッキを片手に、横山は上機嫌。


それもその筈。数カ月前に横山は、"わわわ"と"アヌビスアーツ"と商店街の宝飾店"Lucifer"との合同企画において、自分が推薦していたモデルの月島亜美菜(つきしまあみな)を辰実の提案によって交代する事になったのだ。


結果、自分が得意とする"メイク"の点から月島の人気を確立させてしまい、辰実にいいようにされてしまった結果、恨む事になった。


このモデルも、元々は怜子が受け持つ予定であった。これだけでなく、怜子がいなくなった事で、彼女が得る予定だった仕事を踏み台に権益を得ようとする連中がいる。



「黒沢が泣いたって許してやらないけどなー」

「そうですよ本当、潰しちゃいましょうよあんな奴」


「…さて、邪魔者さえやっちまえば指宿ちゃん。後は君がクイーンだ、誰もが認める人気グラビアってね。」


「え?私でもなれるんですか、ソレ?」


指宿の自己肯定感は低い。グラビアになれるだけあって、普通よりも見た目は良いのだが、怜子や"わわわ"でも不動の人気トップを誇るグラビアアイドルに比べれば"魅力"に欠ける。怜子と同期で4年を経験した分、学んだ事はあるも人気を獲得するにはまだ何かが足りない状況であった。


「なれるとも。よく覚えときな、"人気"を作るのは俺達提案する側なんだよ。読まれる"ローカル誌"ってのは、地元に生きる人にとって大半の情報を動かす事が出来るんだよ。…いやらしい言い方なんだけど、俺達"わわわ"がそう言っちまえば"そう"なんだ。だから君は俺達に任せてどっしり座ってればいいんだよ。」


横山を見据える指宿の目が、キラキラしていた。明るくない茶色のセミロングが、暖色の照明で光を縁出られている。そんな様子を、勝利を確信したように横山の取り巻きが観ている中、古浦だけはカクテルの入ったグラスを口にしてその表情は分からない。


「そろそろ、"わわわ"のグラビアの縮図も変えていかなければな。なあ古浦?」

「…ええ、変えていかなければなりませんね。」


横山は、勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。


 *


翌日、"わわわ"オフィスビル。


横山の勝ち誇った笑みは、今この場では辰実に向けられている。


「よう黒沢~、観察課に呼ばれたんだってな?」

「ご機嫌そうで何よりです。」

「"大きな組織"ってのは良いとお前が教えてくれたからなぁ。」


「優秀な誰かに任せて、自分は適当な事を言っておけば持ち上げてもらえるからですね。それは素晴らしい。」


横山は何も言い返さず、眉を顰める。


この時の辰実の機嫌は、最高に悪かった。そうなっているのが自分でも分かるために"わわわ"から突然に呼び出されても1人で来ている。


先の瞬間で辰実は、横山が怜子のスキャンダルを記事にしている件を"自分絵の恨み"によるものだと認識した。横山は"わわわ"という大船に乗っている事を盾に傲慢を気取っている。この男が過去に"アヌビスアーツ"の事を"野良犬の集団"だと揶揄したりするのは、その意識が強いからだろう。


大きな組織が、社会を動かしているとは必ずしも言い切れない。


ともかく、横山が怜子をはじめとするグラビアの人気を、彼女達自身でなく"自分が"作っていると驕り昂ぶっている事は辰実を更に苛立たせた。



 *


大会議室。


以前に辰実達"アヌビスアーツ"はここで"わわわ"や"Lucifer"との合同企画会議を行った。"TOKYO ARTWORKS FESTA"に出展する作品を決めるコンペを兼ねて、"20代前半"、"20代後半"、"30代前半"に対しそれぞれのコンセプトでアクセサリーを制作した。


その時に20代前半のモデルを担当していた月島との交渉を経て、怜子は元の椅子に座る事に成功している。


その時の歓喜とは、今の状況は全く逆である。



「"アヌビスアーツ"の黒沢さんですね。どうぞお座り下さい。」


会議室の中心を囲むように置かれたテーブル席。以前と全く変わらない状況、"わわわ"側が座っている席に禿頭でスーツ姿の男が座っている。そこから少し距離を置くように、饗庭が座っていた。


「観察課の山崎(やまざき)です。」

「山崎さんに、俺も呼ばれたんだ。黒沢、同席させてもらうぞ。」


「………」


山崎に対面するように、辰実は椅子を乱暴に引いてどっかりと座る。"アヌビスアーツ"と"わわわ"の対決。これが辰実と横山の駆け引きではない、組織と組織の対決である事を嫌でも思い知らされる。


危険な戦いは、百も承知。



「以前にもこのような形で、篠部怜子に契約解除を言い渡しました。…まさかその後も関わる事になりますとは思いませんでしたが。」


「…用件を。申し訳ありませんが、業務と苦情対応が立て込んでおりますので。」


"おい"と、饗庭にたしなめられる辰実。


「構いません。…ここにいる饗庭君にも用件を手短に話しましょう。」


椅子の背もたれに体を預け切って、話を聞く意思すら無いように見えた辰実は姿勢を正した。



「篠部怜子の"契約解除"のきっかけになった事由、その真実を明らかにして貰いたい。」


「……」


一呼吸おいて、辰実は山崎に質問を投げかける。


「先に質問を。…どうして俺に?」


俯いた山崎が、下の角度から辰実を見据える。目皺で縁取られた鋭角の三角形の中心、重々しい目つきが辰実を見据えた。


「黒沢さん、貴方が最も"契約解除"の理由が嘘である事に近いからです。…そして、この頼みを絶対に断れないからでもあります。断れば"わわわ"に潰されて終わるという未来が待っていますしね。」

「追い込んだのは貴方がたです。こちらには潰されそうになるような理由が無い。」


"わわわ"も一枚岩では無い。…それに借りれる手なら借りておきたいぐらいに、辰実は追い込まれている状況であった。


やれと言うのであれば、助力ぐらいはしてもらわねば困る。


「…もう1つ、お話しておかなければなりません。篠部怜子の契約を切ったにせよ、観察課では"パワハラ"が真実かどうか判断材料が足りていない状況です。」


「では何故、彼女の契約を切ったんですか?」


淡々と、辰実の様子を伺いながら話をする山崎。辰実も自分が"観察されている"と分かっているからこそ、器になみなみと怒りが注がれていく。


「正しく利権を得ようとしない者は、弊社にも少なからずいます。…特にグラビアの人気にあやかってそのような事を行う者は。現に篠部怜子が契約を切られ、予定していた仕事を失った事で、そこに食いついた奴らがいましたね。」



結局の所怜子は、"わわわ"の害悪を炙り出すために知らず犠牲にされたというのが実際の所である。


「とんだ無能の集まりですね」

「何とでも言いなさい」


辰実の怒りは、限界に来ていた。


「手前勝手が過ぎる奴らにまともに注意もできないなら、監察課なんてやめたらどうですか?…そもそも女の子1人犠牲にして万々歳にしようとしているどころか、その尻拭いまでしろときたモンだ。横山のような連中も害悪ですが、おたくは皆揃って相当なようですね。」



「…証明できないと仰ってるのでしょうか?…饗庭君の言っていた男とはどうも違うようですが。」


饗庭は何も言わず、辰実の様子を静観している。


「自分達の事でしょう、自分で証明するのが筋合いでは?」

「貴方がやる前から文句を言っているようにしか、私には見えません。」


そもそも自分達の都合で1人を犠牲にしておいて、それが発端で起こり始めた騒動の、中心にいる怜子を雇っている辰実に対し"わわわ"が尻拭いをさせようとしている立場である。


山崎にも横山と同様に"わわわ"を大船として驕っている意識があった。


(偉そうに)


怒りが一周して、辰実はそろそろ冷静に山崎を見据える事ができていた。



「そうですね、大人げない。申し訳ありませんでした、やる前から文句を言うモノでは無かった。」

「お気になさらず。」


「篠部の件は、了解しました。…ただ、条件があります。」

「ほう、条件とは?」


辰実は、落ち着いた口調で山崎に条件を話した。

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