15話「龍が舞う」ー後編


「…どうした?早く自白しなさい。」


だんまりを決め込む、城本と菰田に自白を促す古浦。"まだまだ甘く見られていますね、黒沢さん"と辰実にもっと絞め上げるよう煽る。"だとしたら裏切られた古浦さんも同じようなものですよ"と冷たくあしらい、正面の2人へと視線を戻した。



「もしかして古浦さん、貴方が仕組んだ事じゃないんですか?」

「人聞きの悪い事を仰いますね」

「そう言うなら、日頃より人を挑発しない事です」


言及しない様子を"何だ疑ってねえのか"とだけ答える饗庭。実際問題、辰実がそんな事を口にしたのも"グルではあるがやっていない"というのを確認するためだけであり、平然と"人聞きが悪い"と反応をした様子からも疑わしさは感じられなかった。


「辰実。先日の様子が本音なら、古浦さんは怜子ちゃんの邪魔になるような事はしないわ」

「分かって頂けたようで何よりです」

「ですけど、貴方はこいつ等とグルだったでしょう?こいつ等を警察に突き出すまで黙っていて下さい。」


"気が散る"というのが正解であった。これまで古浦の言葉は"いちいち"人を困らせてきた、それに加え辰実に"人殺し"等と事実を捻じ曲げた事を言わせる要因まで作っている。多少言い過ぎになるかもしれないが遡れば、怜子が追われる原因まで作っていると言ってもいい。


…常識の範囲で考えれば、この男に今すぐ好感が持てないのだ。



「仲間割れか?情けない奴だな」

「馬鹿を1人連れて偉そうにしている馬鹿よりマシだ」


辰実は抜き身の刀、その鋭い切っ先のような視線を城本に向ける。怜子を追いかける企画も、怜子を追う所までまできたものの、辰実と饗庭、警察によってその場での逃走を余儀なくされている。更に本日の醜態ときた、この状況から何も逆転できる事なんて無いとようやく城本は理解した。



「"エンターテイメント"だよ」

「ほう、その心は?」


「"唐突な契約解除"でグラビアを追われた篠部怜子。…ライターからすれば、その後を追うなんて誰もが気になって仕方ない話なんだろうなぁ。人気のグラビアだったんだ、どん底に落ちても這い上がっても"ネタ"になる。…俺とコモちゃんはそう言われて古浦を手伝う事にした。」

「ライターからすれば、美味しい話ではあるな」


古浦に視線を向ける怜子。こちらを見ず押し黙る様子は、城本の自白に嘘が無い事を証明していた。


「なら、俺のところに脅迫状を投げ込んできたのはどう説明してくれる?古浦さんの差し金か?」

「あれは、俺達が勝手にやった事だ。」


(…どうして、私が邪魔されなきゃいけなかったの?)

傍観している怜子であるが、何とか憤りと悲しみを抑え込んでいる。


「何だ古浦さんじゃなかったのか。…当然と言えば、当然か。」


「俺が言ったって伝わらねえだろうが、古浦は本気でその女の事を心配している。」

「じゃあ、君達2人がやったって事で良いんだな?特に君の連れは一度、"ダイニングあずさ"の前でバット持って俺を襲いに来たくせに返り討ちに遭った。その時に顔を確認してるから言い逃れはできんがな。」


いくらその先の大きな利益を考えて行動したとは言え、相手の土俵で暴れ回り過ぎた事に間違いは無い。計算外と言えば、"黒沢辰実"という不確定要素が出現してしまった事であるが、その線が浮上しなくても危険性を鑑みる事は出来たと、城本は今になって後悔する。


「確認するぞ。"アヌビスアーツ"以外にも、篠部怜子が面接を受けた会社に対し妨害行為を働いたな?」


ゆっくり頷く2人。言葉は得られずとも、この2人が意図的に怜子の就職活動を妨害していた事は皆に伝わった。…伝わっただけなら、それで良かったのかもしれない。



(ずっと追いかけられてた、それで邪魔されてた。最悪…、本当に。)


ギリギリと、歯と歯を中心に、石灰質がせめぎ合う音。感情を押し殺し耐えている怜子も、限界、瀬戸際まで来ていた。


「"わわわ"の契約解除が意味の分からない事由で行われた事は、君なら知っていた筈だ。…自力で戻ってくる事はまず考えられない"元"アイドルの就職活動を妨害して得があるか?」


自分を追い出した"わわわ"、そもそもグラビアアイドルに戻る事は自力で不可能。怜子にもそれは分かっていた。こうやって今、城本と菰田を捕まえて悪事を吐かせる事ができているのも、自分の周りに恵まれたとしか言いようが無い。



「気に食わなかったんだよ、個人的に」


"個人的?お前がストーカーしてた以外で接点があったか?"と饗庭が城本を挑発する。カラカラと嘲笑う饗庭に背を向け、辰実は黙って次の言葉を待っていた。


「俺らみたいな一般人が"有名になりたい"なら、インパクトのある事をやらなければいけない。天啓レベルで面白い所を思いつくか、どうしても有名どころに近づいて注目を浴びるかだ。…お前もデザイン事務所の店長なら分かるだろう?日本だけでも何千何万もいる配信者の中で抜きんでる、そんな発想を続ける事が難しいか。」


城本の本音。ねじ曲がってしまったとは言え、"動画配信"というジャンルに熱を注ぐ男の悲痛な心の内。


彼のやった事は間違いであれど、誰もその言葉を否定できなかった。



「そうしたらどうだ?…いるんだよ、別に俺ら普通の奴らじゃないか?って奴が。」


指した指の先にいるのは怜子。隣にいる愛結と比べても、怜子は"普通の女の子"に近い。逆にそれが彼女での魅力であるのだが、そんな女の子が"華になる"瞬間は、ただ上辺をすくってみるだけでは分からない。


悲劇のヒロインになってしまった女の子は、指先のさらに向こうで震えながら怒りと涙を堪えていた。


「1年前に俺は捕まって、全部パアになっちまった。賠償金も何とか清算して戻ってきてみればどうだ?年が明けたら"契約解除"だってな、なのに前向きに就職活動なんてしてやがって、古浦の奴はそれを応援してやがる。…地に堕ちたままでいろって思うんだよ。惨めったらしく平民は平民らしく灰かぶってろってんだ!」


「そんな勝手な理由で私の人生をめちゃくちゃにしないで!!!」


遂に、怜子は感情を爆発させてしまう。刃物でも持っていたら確実に菰田ごと城本を殺害してしまうだろう勢いで迫る。慌てて饗庭と愛結が体で怜子の直線状を塞いだが、それでもなお怜子は声を上げ、涙を流しながら2人を押しのけようとする。


「怜子ちゃん!落ち着いて!」

「私がやったんじゃない!あんたが面白半分で"あの子達に"嫌がらせした!だから居なくなってしまったのに、私がやったって!私の所為に!」


止めに入ろうとする古浦を、辰実は目で制す。"貴方に彼女を止める権利はありません"、当然の事だろう。彼女が前に進むためにも、もう戻る事のない状況を受け入れさせるためにも、今まで我慢していた感情をここで吐き散らして泣き喚いて、リセットさせてやらなければならない。


「返してよ!?私がグラビアだった筈の時間!それが"地に堕ちてろ"だって、グラビアであってもそうでなくても私がどんな思いで生きてたか知らないくせに!」


普段の、鈴の音を鳴らしたみたいに澄み渡った声の怜子とは違う。乱暴に楽器を弾き鳴らし破壊するかのように、ため込んでいた黒とも赤とも言えない暗色系の感情を乱暴に叩きつけ浴びせ、出し尽くした。


帰ってこない出来事を悔やむしかできない、無力な涙だけが残る。


「…せめて早く逮捕されて、二度と私の前に出てこないで!」



「よし、もういい」



フェードアウト。城本も菰田も、まさか怜子がここまで振り乱すと思っていなかったのだろうか閉口したまま。


息を切らして、未だ2人を睨みつけてはいるが怜子は一しきり吐き散らして留まった。その様子に少しだけ安堵しつつも、"警察官"だった時の名残か自分のやる事に必要な方の表情を被って冷静に事を進める。


「…今から警察署に、君達を連れていく。逃げようとしたらどうなるのか分かっているな?」


2人を見据える辰実だけではない。饗庭と古浦も来るだろう。そんな奴らに囲まれたら逃げたくても逃げる事は出来ない。打つ手なし、チェスで言う"スティルメイト"であり"チェックメイト"。しおらしく2人は数人に囲まれジムを出て、生きた晒し首よろしく、商店街を歩かされる。


途中、饗庭が"おらさっさと行け"と尻を蹴る度に、城本が泣きそうな声をあげるのを誰かが撮影していた。


惨めに負けた男を悲しそうに眺める怜子の瞳が、ささやかな赤いハイライトを帯びているように城本には見える。あれほど憎かった相手の事も赦したような輝きは、饗庭の蹴りにすぐに消されてしまう。


(もしかして古浦さん、こうなる事を予期してましたか?)

(まさか。エスパーじゃあるまいし。)


城本と菰田が饗庭に蹴られながら行く、その前を辰実と古浦は"ついて来い"と言わんばかりに歩く。2人にしか聞こえない声で、腹の探り合いが行われていた。…古浦であれば、怜子を何としても落ち着かせようとしただろう。なのに辰実の視線に気づいた後は大人しく傍観していたのだ。


辰実には、その事が引っ掛かっている。


やがて2人は、饗庭の運転する黒塗りのSUV車に詰め込まれる。車で移動する事数分、警察署にて待っていた知詠子と駒田の手によって留置場にぶち込まれ、事件は辰実達の中で解決を迎えた。



「ありがとう、あとは私達でやっておくわ」



 *


時間が過ぎるのが思ったよりも遅く、時計はまだ9時を回った所であった。


「辰実は、寄り道して帰ってくるって。」

「そうですか」


何事もなかったかのように、キョトンとした様子でダイニングテーブルの一席に座っている怜子を見て、愛結が微笑む。冷蔵庫から取り出した透明のピッチャーに入った水には、輪切りにされたレモンと、何枚かミントが浮かんでいた。その中身をグラスに注いで、1つは怜子の前に置いてもう1つは自分の分。


「美味しいです」


綻んだ怜子の正面で、やや重そうな表情を浮かべて愛結は話を切り出す。



「グラビアに復帰したりは、思ってないの?」



理不尽な将来の奪われ方をしたのだ。今更戻らないと言えど、どうにか戻せる範囲に戻したいと考えない事は無いだろうと、思っての質問。


「分からないです。…今はもう、"デザイン事務所"の社員ですし。」

「辰実は、貴女が"間違った事をしていない"と証明できる。私達"わわわ"サイドでは証明できないわ。」


怜子が後輩をぞんざいに扱う事は無い、と愛結は分かっていた。それでも彼女の契約解除を止められなかったのは、"組織の一員"である事に他ならない。



「貴女が望むのなら、でしょうね」


グラビアに戻りたいか、それとも今のまま"アヌビスアーツ"の一員として仕事を続けるか。怜子の中でまだ答えが出ていないと愛結には見えた。


「辛い事もありました。今の所言えるのは、"アヌビスアーツ"に入れて幸せな事は間違いないです。」



(私が、心配しすぎなのかもしれないわね…)


これ以上の話は、愛結からする事も無い。

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