小鳥と木

淵瀬 このや

たったひとりをまっている木のお話。

 木がひとり、たっていました。


 いつからそこにたっていたのか、木は知りませんでした。

 なぜそこにたっているのか、木は知りませんでした。


「わたしは、だれのためにここにいるのだろう」

 毎日毎日 考えていたけれど、木には、やっぱりわかりませんでした。



 そこに ある日。

 きいろの小鳥が やってきました。


「木さん、わたしね、たくさんの小鳥のなかまといっしょに きた からきたの。みなみ へいくの。でもね、虫をつかまえるのに むちゅうになってたら、まいごになっちゃったの。探し回ってたら、わたし、飛ぶのつかれちゃった。だから、その えだ で、やすんでもいい?」

「もちろんだよ。わたしの えだ が、きみのため になるのなら」


 木は、小鳥の役にたてることが うれしくて、はっぱを さわさわとゆらしました。


「もしかしたら、わたしは、この子といっしょにいるために、たっていたのかもしれない」



 だけど、つぎの日のあさ。

 目がさめて、きいろの小鳥はいいました。


「木さん、おかげで げんきになったよ。ありがとう。わたし、みんなにおいつかなくちゃ。だから、わたし、もういくね」

「え? もう いっちゃうの? わたしはきっと、きみのために たっていたのに……」

「だけどわたしは、あなたのために ここにいるわけじゃないの。木さんがやさしくしてくれて、うれしかったよ。でも、わたしには、 なかま のほうが だいじなの。」

「そっか、そっか……。わたしは、きみの いちばん にはなれないんだね。わかった、がんばれ。いってらっしゃい」


 そういって、木は きいろの小鳥を みおくりました。


「わたしが、あの子の いちばん になれないのなら、わたしがたっているのは あの子のためじゃなかった。だったら、わたしは、だれのため に、ここにいるのだろう。だれが、わたしのため に、ここにいてくれるのだろう」



 またしばらくした、ある日。

 ももいろの小鳥が やってきました。


「木さん、わたしね、たくさんの小鳥のなかまといっしょに にし からきたの。ひがし へいくの。でもね、みんな とおなじほうへ行くことが、正しいことか わからないの。かんがえてたら、わたし、飛ぶのつかれちゃった。だから、その えだ でやすんでもいい?」

「いいよ。わたしの えだ が、きみのため になるのなら」


 木は、きいろの小鳥のことばを おもいだして、

「この子も、はなれていくのかな」

 そうおもうと、かなしくて はっぱを さらさらとゆらしたけれど、ももいろの小鳥の うれしそうな かおを見て、


「だけど、もしかしたらこんどこそ、わたしは、この子といっしょにいるために、たっていたのかもしれない」



 けれど、つぎの日のあさ。

 目がさめて、ももいろの小鳥はいいました。


「木さん、おかげで げんきになったよ。ありがとう。わたし、これからは じゆうに飛ぶことにきめたよ。だから、わたし、もういくね」

「え? もういっちゃうの? わたしはきっと、きみのために たっていたのに……」

「だけどわたしは、あなたのために ここにいるわけじゃないの。木さんがやさしくしてくれて、うれしかったよ。でも、わたしには、ゆめ のほうが だいじなの」

「そっか、そっか……。わたしは、きみの いちばん にはなれないんだね。わかった、がんばれ。いってらっしゃい」


 そういって、木は ももいろの小鳥を みおくりました。


「わたしが、あの子の いちばん になれないのなら、わたしがたっているのは あの子のためでもなかった。だったら、わたしは、だれのため に、ここにいるのだろう。だれが、わたしのため に、ここにいてくれるのだろう」



 またまた しばらくした、ある日。

 あおい小鳥が、やってきました。


「木さん、ぼくね、ずっとずっと とおくの空から ひとり できたの。みなみ からきたの。でもね、どこにいくか、きめてないの。いろんな小鳥たちにまざって 飛んできたけれど、ぼく、飛ぶのつかれちゃった。だから、その えだ で、やすんでもいい?」

「どうぞ。わたしの えだ が、きみのため になるのなら」


 木は、きいろとももいろの小鳥のことばを おもいだして、

「この子も、はなれていくのだろう」

 そうおもうと、かなしくて はっぱをさらさらとゆらしたけれど、あおい小鳥の うれしそうな かおを見て、

「それでもいいか。わたしには、これくらいしか できないのだから」



 つぎの日のあさ。

 目がさめて、あおい小鳥はいいました。


「木さん、おかげで げんきになったよ。ありがとう。だけど、まだ ここにいてもいい?」


 木は びっくりして、でもうれしくて、はっぱをさわさわとゆらしました。


「もちろんだよ。ずっといてもいいんだよ」

「ありがとう。じゃあ もう少し、ここにいるよ」



 それから あおい小鳥は、いろいろなはなしを してくれました。あおい小鳥の すごしてきた、みなみ のくにのはなし。

 ここにずっと ひとり でいた木にとって、あおい小鳥とすごす じかん は、とても とてもたのしい じかん でした。


 だから、


「ぼくね、きた のくにに いってみたいんだ」


 あおい小鳥が ぽつりといったとき、木は、はっぱを さらさらとゆらして いいました。


「え? なんで、いかないでよ。わたしのそばに いてよ」

「……うん、そうだね」


 あおい小鳥は うなずいて、まだ、木のそばに いました。


「もしかしたらこんどこそ、こんどこそわたしは、この子といっしょにいるために、たっていたのかもしれない。この子は、わたしのため に、ここにいてくれるかもしれない」



 だけど、つぎの日のあさ。

 目をさますと、あおい小鳥は もういませんでした。


「きっと、きた のくにへ いっちゃったんだ……」


 木は、かなしくて はっぱをさらさらとゆらしました。


「あの子も、この子も、みんな はなれていった。だれも、わたしのため には ここにいてくれない。なら、もう わたしは、だれかのため に ここにいたい なんておもえない」



 ひとりぼっちで たっている木を、お日さまが てらします。かぜが さよさよと なでます。

 そのなかで 木は、あおい小鳥の はなしをおもいだしました。ずっとずっととおくの みなみ のくにの おはなし。


「ぼくね、きた のくにに いってみたいんだ」


 あおい小鳥は 木にそういいました。

 どこかにいってみたい なんて、木は かんがえたことが ありませんでした。だって、まってることが ふつうだったから。だって、まってたら だれかが そばに来てくれると おもっていたから。


「そうじゃないんだ!」


 木は、お日さまにむかって さけびました。


「だれかが 来てくれるのを まってたって、きっと だれも来てくれやしない。なら、さがしにいこう。"だれかのため" じゃなくて "きみのため" が 見つかるまで、わたしは、"わたしのため" に生きたい!」


 すると、あたたかな光がおりてきて、木を つつみこみました。

 光が おさまったとき、木は みどりの小鳥になっていました。


「まずは どこへいこうか。あおい小鳥の いっていた、みなみ のくにへいこうか」


 ひとりぼっちの たび は、さみしくて、だけど どこか心づよいのは、あおい小鳥のはなしをきいたから。


「飛んでいったら、いつかは あおい小鳥に また会えるかな。会えたら たくさん はなしがしたい。それから ありがとうって つたえるんだ。わたしが 飛べたのは、きみのおかげだからって」


 みどりの小鳥は そういって、みなみ へと、飛んでいきました。


 〜Fin〜

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小鳥と木 淵瀬 このや @Earth13304453

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