第24話 祭りのあと

 受け渡し日に350トンの塩を受け取ったブリュンヒルデは、ハーバーに指示を出して全部投げ売りさせた。

 こうなってしまっては、いくら塩の価格を釣り上げても無駄だからだ。

 そのおかげで塩の価格は一気に1万マルクまで下落した。

 当然、マクシミリアンが売っていた他の限月も暴落し、ブリュンヒルデに提灯をつけていた者たちは大損したのである。

 ハーバーも手張りで買っていた分の損失が大きかったが、公爵家が現物を売り切るまでは資金を援助していた。

 なので、売り切ってしまえば店をたたむことになる。

 破産することになったハーバーではあるが、まだ再起を諦めてはおらず、王都に出てもう一旗揚げようと考えていた。


 一方、アルノルトのおかげで50トンの塩を買うことになったローエンシュタイン家ではあったが、放出してしまった塩の在庫を備蓄する必要があったため、その50トンは丸々倉庫にしまう事になった。

 かなり痛い出費ではあったが、戦争をすることに比べたら安く済んではいた。


 そして、その塩を高値で買う原因を作ったアルノルトは、父の命令で辺境騎士団に下っ端として入団させられ、訓練と魔物の討伐をやらされていた。

 また、廃嫡も約束通り実行され、ローエンシュタイン家は次男が継ぐこととなった。

 マクシミリアンに挑発され、大きなポジションを取ったことで、アルノルトの貴族としての人生は終わってしまったのだ。


 みんなが慌ただしく動く中、僕は暇だった。

 何せ、動く相場がなくなってしまったから。

 毎日ヨーナスのところで金融商品の値動きを確認しては屋敷に帰る繰り返しである。

 なお、ヨーナスには約束通り借金の利子を3000億マルク支払った。

 今回、一番稼いだのは間違いなくヨーナスだな。

 期先の売りを受けていたのもヨーナスだし。


「マクシミリアン様、次は小麦で買い占めをしましょう」


 なんて誘ってくる。

 面白そうなんだけど、小麦を買い占めるのは哲学がないから断った。


 そんなふうに過ごしていたら、シェーレンベルク公爵がうちに来る日がやってきた。

 勿論ブリュンヒルデも一緒にだ。

 初めて見たシェーレンベルク公爵は銀髪のオールバックで、スラッとした体型だった。

 身長は180センチくらいで、ダンディという言葉がよく似合う。


 公爵とブリュンヒルデは、一連の仕手戦の結末を受けて謝罪をしに訪れたのであった。

 自分もその場に呼ばれる。

 そこで語られたのは意外な事実だった。


「アルノルトのしでかしたことは国家に関わる一大事であったと」


 父はシェーレンベルク公爵から真実を伝えられた。

 その内容に驚きを隠せず、また息子の育て方を間違ったと肩を落とした。

 最初は一方的に仕掛けられた戦いだと憤慨していたのだが、事実はアルノルトが国家の転覆に加担しそうになっていたということである。

 公爵家は国を守るために動くこととなり、アンネリーゼの背景を探りながら、取り巻きの力を削ぐことで動いていたと。

 父は既に公爵への怒りは消えていた。

 僕も公爵の口から語られたことに思考の整理が追いつかない。


 アルノルトがカール王子と一緒になってブリュンヒルデとの婚約を破棄、そして魔法学園から追放してしまった。

 そして、カール王子の新しい婚約者となったアンネリーゼは多分他国のスパイ。

 アンネリーゼがカール王子の婚約者となった後も、アルノルトはアンネリーゼを慕っていた。

 カールよりもアンネリーゼを崇拝していると公爵は掴んでいたのだ。


「それで、どうしてもローエンシュタイン家の力を削いでおく必要がありましたの。私は結局それができませんでしたが、結果的にアルノルト様がローエンシュタイン家の跡取りではなくなったので、目的は達せられました」


 ブリュンヒルデがチラッとこちらを見た。

 その視線に敵意はない。


「どうしてもわからなかったのですが、マクシミリアン様はどうやってあの塩をご用意出来たのかしら?」


 ブリュンヒルデの質問に即答せず、僕は父に判断を委ねた。

 父は僕の訴えるような視線に気づいて頷いた。

 これは喋ってよしということか。


「実は僕の魔法は味属性という珍しい属性で、調味料を出すことしかできません」


 そう言って、目の前で砂糖を出してみせた。

 手のひらに白い粉が出来ると、それを舐めるようにブリュンヒルデに促した。

 彼女は恐る恐るそれを指で少量取り、口へと持っていった。


「甘い」


「今は砂糖を作りましたが、塩だって作ることができますよ」


 その言葉にブリュンヒルデは目を見開いた。


「では、あの塩は」


「僕の魔法で作り出したんですよ。我が領で塩が産出する場所は僕の体でした」


「本当に塩が産出していたのですね。塩湖のような場所かと勘違いするように誘導されてしましましたが。でもそれでは何故、最初から売り崩さなかったのですか?わざわざあんな高値までつり上げなくとも良かったのでは」


 ブリュンヒルデが疑問に思うのも当然だ。

 塩が作り出せるなら、最初から売り崩せばいいだけと思うだろう。


「実は無限に作り出せるわけではありません。現渡ししたところで、手持ちの塩はほぼ底をついていました。ブリュンヒルデ様があと一ヶ月粘れば、負けていたのは僕でした。ヨーナスに借金して資金繰りが厳しいように見せかけて、短期決戦に持ち込んだのはこちらもギリギリだったからです」


 そう言うと、ブリュンヒルデはまた目を見開いた。


「結局マクシミリアン様の手のひらの上で踊らされていただけでしたわね」


「10年間の努力の勝利でしょうか。塩だけしか作り出せないと言われた少年が、それがいつか家のためになると諦めなかった事が、今回の勝利に繋がりました」


 他人から見たら自画自賛なんだけど、マクシミリアン少年の努力はここでみんなに伝えておきたかった。

 彼の努力が無ければ、ローエンシュタイン家はシェーレンベルク公爵家に負けていたのだから。

 最大の功労者はマクシミリアンで間違いない。


 ブリュンヒルデはしばらく黙って何かを考えている。

 そして、突然シェーレンベルク公爵に宣言した。


「お父様、決めましたわ。私、マクシミリアン様と結婚いたします」


「は?」


 ブリュンヒルデの突然の発言に、今度は自分の目が丸くなるのがわかった。

 結婚?


「今お話したように、アンネリーゼの周囲にいる者たちの勢力を削がなければなりません。しかし、今回のことでシェーレンベルク家としてもお金を使いすぎました。そのお金はマクシミリアン様に流れておりますし、傍から見れば手打ちの品として私が贈られたとなるでしょう。マクシミリアン様と一緒にアンネリーゼの野望を阻止いたしますわ」


 その提案にうちの父も頷く。


「うちのバカ息子が関わっていたとなれば、当家としても何もしないわけにはいきません。非常に魅力的な提案ですな」


「え?」


 なんか、あっという間に話がまとまってしまった。


「あの、僕まだ未成年なんですけど」


 フィエルテ王国では成人は14歳となってる。

 来年には成人するのだが、今はまだ早い。


「そうだな。マクシミリアンは来年から魔法学園だから、卒業までは婚約という形になるか」


 父の言葉にまた驚かされる。


「魔法学園に行くのですか?」


「勿論だ。今までは公表できないと思っていたが、大きな間違いであった。それに、既に爵位を持っておるのだ。学園で大いに人脈を作って来るように」


 そう、父の言うように既に爵位を持っている。

 フィエルテ王国では貴族になる条件は魔法が使えること。

 しかし、歴史が長くなると魔法が使える者たちで溢れかえってしまった。

 当然爵位が足りなくなる。

 金に困った貴族は爵位を売りに出し、金に余裕のある者がそれを買うといった構造が出来上がっていた。

 ただし、どんなに金を持っていても、魔法が使えないと貴族にはなれない。

 なので、商人たちが貴族になるといったことは無かった。


 そして、今回の仕手戦で多くの貴族が金に困って爵位を売りに出した。

 公爵の寄り子ならまだわかるのだが、ローエンシュタイン家の寄り子までが、ブリュンヒルデに提灯をつけていたのである。

 ヨーナスから現金の代わりにそんな貴族たちの爵位を渡された。

 おかげで子爵、男爵の爵位が両手では足りないほど手元にある。

 なので、今は子爵となっていた。

 領地の経営が出来るわけでもないので、領地は父に丸投げしようと思っていたが、公爵側の領地の経営はどうしようかと悩んでいたところであった。

 ブリュンヒルデと婚約となれば、義理の実家になるので領地の経営をお願いすればいいのか。

 なんか、ブリュンヒルデと結婚すれば全てが丸く収まりそうな気がしてきた。


「はあ」


 僕は大きなため息をついた。


「婚約が決まったというのに嬉しそうではないな」


 覇気無く返事をしたら、父が困った顔をした。

 相手の目の前での態度ではないからなあ。

 しかしだ


「これからやることを考えると気が重くなりますよ」


 婚約者は国家の転覆を阻止しようとしていて、潰す相手は第一王子に教皇の息子に騎士団長の息子となっている。

 命を狙われる危険だってあるのだ。

 成人したら塩の商人としてのんびり生きていく計画が崩れた。


「期待しているからな」


 父からはじめてかけられた言葉は、マクシミリアンが望んでいたものだろう。

 彼のためにもやるしかないか。

 僕は観念して、ブリュンヒルデとの婚約を承諾した。

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