第7話 魔方陣開放(まほうじんかいほう)

「お兄様、どうしてこれが好機こうきだとわからないの? 思っていたのとはちがう形だけれど、魔女になりたい私が、こうして魔法の王国に来られたのよ?」


 鍋の中で、美桜はこんなことを言い出した。


「そうだよ啓太くん。こんな大変な時に掃除当番なんかどうでもいいだろう」

「……おいおい、とりあえず静かにしようぜ?」


 シューは、大鍋のそばでビスコッティさんが近づいてくるのをごまかす役割のようだ。縁に寄りかかっているその背中が見える。


「魔法王国か」


 とはいえ、俺だって楽しんでないわけじゃない。思ったより話せる奴らみたいだし。まさか図書準備室から来られるなんてな。


「こんにちは! ビスコッティさん!」


 シナモンの声が聞こえる。


「私たち、魔法の練習をしていて、今、休憩きゅうけいしていたんですよ!」


 テンテンが、いかにも楽しいところにようこそ、という雰囲気ふんいきいっぱいに話している。


「ビスコッティさんも、お茶、いかがですか?」


 アマンドの声だ。

 みんな。がんばってくれ。


「そうかそうか、感心だなあ」


 この、優しそうな声がビスコッティさんらしい。


「私もお言葉に甘えようかな。散歩のつもりが、ずいぶん歩いてしまってねえ」


 ただの散歩で、こんなことになっている俺たちのところへ行き当たるものだろうか。これが魔法王国か。


「このお菓子は、シューくんが焼いたのかな? いつもおいしくできているねえ」


 ビスコッティさん、いい人みたいだな。


「で、あの黒い入れ物みたいなものは、なにかな?」


 まっすぐないい人って、質問に遠慮えんりょがないときがあるのかな?


「ええと、」


 シュー、ごまかす言い訳をあまり思い付いていなかったらしい。


「まあ、君もこちらへきたまえよ」

「あ、はい」


 ごまかし役として、何もしていないぞ!


 と、俺たちが大鍋の中で事態じたいを見守っていたところ。


 ん?


 なんだか、鍋底がやわらかくなったような気がした。


「お兄様!」


 美桜が鍋底にしずんでいる!

 あわてて手をつかんだら、


「啓太くん!」


 俺たち、三人ともゆっくり沈んでいき……


   * *


 そこは、図書準備室だった。

 うつぶせになっていたので起き上がって時計をみると、まだ掃除時間中だ。


「あれ?」


 美桜と里中も起き上がった。


「やだ。帰ってきちゃった」


 床には魔方陣。

 散らかった段ボール箱。


「緑のアフロ?」

「……うーん」

「シュー?」


 なぜかシューもこっちへ来たらしい。


「鍋の中で君たち慌ててたからさあ、何かと思ったら沈んでいたじゃない?

 僕も手を伸ばしたんだけど、」


 そのまま落っこちて、いっしょに来てしまったらしい。


「どうしよう?」

「ああっ!」


 美桜が何かあわてはじめた。


「どうしよう。本がないの。シュガアテイルに置いてきちゃったかも?」


   * *


 シューの姿が見えなくなったことに最初に気づいたのは、アマンドだった。

 気づいたその次の瞬間、


「あれ? シューくんは?」


 ビスコッティさんにも気づかれた。

 六人に、ひとたび何かに気づいたビスコッティ氏を止める力はなかった。


「なんだ。これ、近くで見たらわかった。鍋か。

 シューくん? 落ちたのかい? 大丈夫か?」


 囲んでのぞきこんでみれば。


「あれは?」


『おしゃれ魔女っ子入門』。

 鍋底には、それだけが残されていたのだった。

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