第17話 コーンポタージュ

 大戦争スカッシュブレザーズをやっていると、麻里奈と明理、たけるが攻めてくる。

 防戦一方の俺が、カウンターを浴びせ、起死回生となる。

 が、この戦い方でいいのか?

 俺は受け身ばかりとってきた。

 その結果がこれだ。

 恋の一つも分からないクソガキに成長した。

 たけるのように心に決めた相手がいるわけでもない。

 もしかしたら、そのたけるの思い人を俺が好きかもしれない。相思相愛かもしれない。

 それはたけるに悪いと思う。

 たけるを切り捨てることもできない。

 そんな優柔不断で、偽善者である俺に一体なにができるというのだ。

 何もできやしないさ。やはり何もわかりはしないのだからな。

 無論、彼女も、俺も。

 だから分かりたい、知りたい。

 たくさんの顔を見せてくれる、今回の旅行。

 でも、俺は……。

 応えを見いだせないまま、この場にいる。

 明理、麻里奈、菜乃、釘宮、桃。

 みんな俺を好きになってくれた。

 好きでいてくれた。

 そんな俺はこんなに優柔不断で、不誠実で、偽善者で。

 そんな俺のどこがいいんだよ。

 輝いてみえるみんなに対して、俺はどうすればいい。

 空っぽの俺に何ができる。

 無意識でゲームをしていたが、たけるの貫通攻撃でカウンターがうまく決まらず、負けてしまう。

「カウンターは強いけど、こういった攻撃には弱いんだよ。どうだ?」

「参ったよ。俺の負けだ。確かにたけるは強いな」

 俺は頬をポリポリと掻く。

「じゃあ、次は桃、やってみるか?」

「うん!」

 桃がコントローラを受け取ると、キャラを選ぶ。

 桃に対して優しくしないと決めた。

 決めたが、俺は兄なんだよな……。

 どこまで行っても、桃は俺の妹でしかない。

 だから俺の中では魅力的であっても家族としてでしか見られない。

 ごめんな、桃。

 胸中に呟き、俺はゲームを見る。

 誰が好きなんだろう。

 自分でもよく分からない。

 ゲームもお開きになり、俺とたけるは男子部屋に戻っていった。

 フロントにゲームを返しにいくのは桃と釘宮らしい。

 それにしても楽しい一時ひとときだった。

「もう一時いちじかよ」

「遊びすぎたな。明日起きられるか?」

 俺がベッドに倒れ込むと、たけるは真面目な顔でこちらを見る。

「まあ、明日は特別な予定もないし」

「なに言っているんだ? 明日は科学館へいくんだろ?」

 たけるが怒ったような口調で言う。菜乃が楽しみにしていたのは俺も分かっている。それを忘れていたのは俺だ。

「ごめん。そうだったな」

「だけど、無理にくっつけようとは思うなよ」

 たけるが怖い口調で言う。

「……なんで?」

「菜乃ちゃんの気持ち、考えると、気分が悪くなる」

 そうか。たけるは本当に菜乃が好きなんだな。

 俺はどうしたらいい?

 明理や麻里奈、菜乃。彼女らに誠実にいるためには……。

「やっぱり。たける、お前は菜乃に告白してみたらどうだ?」

「だから、そんなの応えが分かりきっているだろ。それほどバカじゃねーよ」

「いや、意識させるのにもきっかけが必要だ」

 違う。

 こんなの俺らしくない。

 たけるが告白するのを聴いて、自分が菜乃に気持ちがないのを確かめたいだけだ。

 いつからそんな臆病者になった。

 いつもの素直さはどこにいった。

「わりぃ。忘れてくれ」

「……お前の言う通り、意識させる必要があるのかもな」

「たける?」

「いや、なんでもない。寝るぞ」

 消灯すると、俺は考え込んでしまう。

 明理。幼なじみで、姉みたいな感じがあるが、快活で優しい。

 麻里奈。クールな印象とは裏腹に明るく、すべてを包み込むような包容力がある。

 釘宮。ツンデレ。

 桃。妹。

 菜乃。人見知りで恥ずかしがり屋。小動物系の可愛さ。科学者でもあり、よく分からない薬を作っている。

 これだけ並べてみても、よく分からない。

 俺のタイプは誰だろう。

 分からない。

 スマホにメッセが来る。

 なんだ? こんな夜更けにメッセを飛ばすなんて。

 俺は疑問に思いながらメッセを開く。

『今いい?』

 と明理から連絡がある。

 俺は返事を返すと、明理は休憩室にいけるか訊ねてくる。

 こそこそと出ると、休憩室に向かう。

 休憩室にはマッサージ機や自販機がおいてある。

 そこの端にある椅子に腰をかけると、後ろから柔らかな感触が伝わってくる。

「どう、こうしていたい?」

 明理だ。

 明理が後ろから寄りかかっている。

 その柔らかな胸があたり、ドキっとしてしまう。

 でもなんだか暖かい。

「いや、それは」

 俺は立ち上がり、明理から距離をとる。

「なんだ。つれない」

 クスクスと笑う明理。

「ずいぶん、余裕そうだな」

「そんなことないよ。祐介に振り向いてもらうのに必死なの」

「そうか」

 面と向かって言われると恥じらいが勝ってしまう。

「そんな顔をしてくれるんだね。ねぇ。わたしじゃダメ?」

「いや、そんなことは……!」

「でも、そいうことでしょ? わたしから距離をとって」

「それは……!」

 俺はなんて情けない男なんだ。こんなことで逃げてしまって。

 だからたけるも怒っていたんだ。

 今なら分かる。たけるの気持ちが。

 俺が優柔不断で、及び腰だからだ。

「悪い。俺の悪いクセなんだ。きっと、本当はもう分かっていても不思議じゃないんだよな」

 俺が恋愛に疎いのが悪い。

 俺が輝いていないのが悪い。

 誰かのせいにしている俺が悪い。

 そうなんだ。俺がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったんだ。

「俺、どうしたらいいのか、分からなくて。だから明理や麻里奈を傷つけてしまって」

 そうだ。そして桃やたける、菜乃までも傷つけている。

 俺が悪いんだ。ハッキリしないから。

 でもどうしらいいのか分からないんだよ。

「どうしたいいのか、分からない?」

「ああ。恋ってなんだよ」

 どこからどこまでが恋なんだよ。

 そもそも恋ってどんな気持ちだよ。

 それが分かっていれば、結論はすぐにでるというのに。

 それでも分からない。

 分からないから、曖昧な態度をとる。曖昧な笑みを浮かべる。

「ふふ。やっぱり祐介は祐介ね」

「なんだよ、それ」

「かっこいいよ。本気で悩めるなんて」

「どういう意味だ?」

 俺は分からないままだ。

 本気で悩めるから格好いい?

 そんなバカな話があるか。

 実際みんな迷惑しているだろ。

 だったらそんな迷惑をかける奴なんて格好悪いだろ。

「ごめん。ごめん。大真面目に言っているよ。じゃなきゃ、わたし祐介を好きになれなかった」

「どういう意味か、分からない。俺はこんなに格好悪いのに……」

 俺はどうしてこんなに悩んでいるのか、それを見透かされているようで。

 それでも、俺を格好いいと言ってくれる、その性格に俺は何度も助けられたのかもしれない。

 明理には見えていない何かが見えているのかもしれない。

「俺、誰が好きなのか分からないんだ」

「にぶちん。やっぱり唐変木で格好いいね」

「なんだそれ。けなしているのか」

 苛立ちを覚え、声のトーンが少し下がる。

「褒めているんだよ。恋じゃなくて愛を知っているから。そんな祐介がみんな好きになった」

 恋じゃなく、愛?

 愛ってなんだ?

 またもや分からない感情を言われたぞ。

 どう処理していいのか、分からず、俺は再び椅子に座る。

 向かいの席に座る明理。

 手にしたジュースを一本、差し出してくる。

 手にすると、暖かい。コーンポタージュだ。

 俺の好きなジュースを知っているのか。

 まあ、幼なじみだから普通か。

 ジュースを口にすると、明理も一息吐く。

「本当は幼稚園の頃から好きだったんだよ。祐介は覚えていないかもしれないけど」 

 手で缶を転がす。

 その絵が様になっていて一瞬絵画のように思えた。

 明理に、ドギマギしている。

 そう知った瞬間、周りの景色が綺麗に見えた――気がした。

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