第17話 第三層とエリアボス
「おはよ、ナツメ」
「……ん。僕がどのくらい寝ていたか、分かるか?」
「半日以上は寝てたと思う」
目を覚ませばやはり膝枕。
もう動揺はしない。むしろ、焦って立ち上がることなく、膝枕をじっくりと堪能する領域まで来てしまっている。
半日以上眠っていたともなれば、残りは四日程度か。
やはり、急ぎ足で進む必要がありそうだ。
あと少しだけ膝枕を味わいたいものだが、これ以上足止めをくらいわけにはいかない。
それに。
立ち上がった僕の視界に突如として浮かび上がった黒い板を見て、僕はむっと口を結ぶ。
Info──────────────────
【!】キル数が1加算されました。
【!】キルタイム 中のキルによりボーナスが与えられます。
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〇ボーナス経験値を取得しました。
〇ボーナススキルを習得しました。
〇第三層へと続く道が可視化されました。
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なんだか、「お前は人殺しだ」と明言されている気分だ……。
まあ、死物狂いだったしな。……あんま気に病むなよ、僕。
息を三十秒間止めて、ステータスを確認する。
新しいスキルも気になるし。
──────────────────―
港夏芽 人間 職業:
レベル:6→11 MP11/11→12/12
〇ステータス
筋力:253【E+】→321【D】
技量:321【D】→399【D】
俊敏:388【D】→476【D+】
知力:278【E+】→341【D】
総合:ランク【E++】→ランク【D】
〇スキルツリー
スキルポイント〈5〉
〇通常スキル
【投擲〈 I 〉】
◆常時、投擲行為に若干の補正がかかる。
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……一気に5レベも上がったのか。
正直驚いた。コボルトを30体倒してようやく2つ上がった程度だったのが、たった一人殺しただけで5も上がるなんてな……。
って、いや、いやいや。
己の頬を殴りつけて、僕は首を横に振る。
たった一人殺しただけって……なんだよ、お前。……一人、殺してんだぞ。
「なにかあった……?」
覗き込むようにしてこちらを見るユズハに、僕は「いや」と首を振った。
痛む頬を押さえながら、答える。
「……なんでもない」
深呼吸をして頭を冷やす。
【投擲〈I〉】は正直微妙な気がする。何せ、武器はこの剣一本しかないのだ。それも、話してはいなかったがコボルトのレアドロップだったりする。なかなか手に入るものじゃない。
これは、コボルトを【解体】した時に出てきたもの。運良く手に入ったってだけ。投擲なんて殺傷力のない行為で失うわけにはいかない。
【引き寄せ】で引ったくった武器は、奪った相手を殺すと消滅してしまうからな……。
それよりも、収穫はスキルポイントだ。
いつもみたく、【回収の極意】に全て振っておこう。
SkillTree──────────────―
〇スキルメニュー
【回収者の極意――〈11〉[+5]】
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Info─────────────────
【回収の極意】のポイントが7になったため、
【俊敏】のステータスが50上昇しました。
──────────────────―
Info──────────────────
【回収の極意】のポイントが10になったため、
スキル【絶対幸運】を習得しました。
────────────────────
俊敏が50上昇か……。
さっき確認した時は470近くあったから、500超え、今まで通りならばランクが【C】になっている頃だろう。
ステータスの上がり幅が何に依存しているのかは分からないが……元から備わっていた能力に依存するのであれば、僕の足が速かったということになるわけで。少々意外である。
他人とかけっこだとか運動神経を比べる機会などなかったが……それなりに『出来る部類』ではあったのだろうか。まあ、なんでもいい。
スキル【絶対幸運】も、中々に有用そうだ。
スキル【絶対幸運】
――効果:一日一度、任意のタイミングでレアドロップを確定させられる。
流石にコボルト相手に使うのは勿体ない。
少し強そうな敵に出くわしたときにでも使うとしよう。
これで、確認事項は概ねチェックできた。
そろそろ行くとしよう。
キルボーナスにより現れた、第三層へと続くであろう光の線を見て、僕はふぅと息を吐く。
「行くぞ、ユズハ。第三層だ。……こっからは、止まらずに行く」
「うん。でも……階段、あんだけ探し回ってもなかった。なのに場所、分かったの?」
人を殺したから、場所が分かるようになったのさ。なんて正直に言えるわけもなく……。
「ああ、ユズハが眠っている間に見つけておいたんだよ」
我ながら、口からぽんぽんと嘘が出てくるようになったものだ、とふいに思った。
◇
「まじかよ、これ……」
視界いっぱいに広がっていたのは、青く澄んだ空と瑞々しく茂るいくつもの緑だった。
腰辺りまで伸びた草を掻き分け、前に進む。天高く伸びる木々はまばらに並んでおり、枝の上を駆けるリスがどんぐりと頬張ってこちらを見ていた。
青い臭いを運びながら、爽やかな風が草木を揺らす。
すーっと大きく息を吸った。
……うん、うまい。
――森だ。
見たこともない木の実が、地面に点々と転がっている。
赤く丸いそれは程々に美味しそうで。ここ最近固く味のないコボルトの肉しか食べていなかったからか、喉奥でごきゅりと変な音が鳴った。
……食えるのか、これ。
テレビで舌の上に30秒間乗っけて毒を確認する、だとか、そんなサバイバル術を見たことがあるけど……。
「スキル【鑑定】」
……ここはファンタジーの世界だからな。有効に活用させてもらう。
Item──────────
誘惑の木ノ実【D】
〇分類:罠
────────────
分類が『食料』ではなく『罠』な辺り、到底食えたものではなさそうだ。
木の実に見せかけたトラップなんて……ダンジョンも随分と狡猾なことをしてくれる。
「いいかユズハ。ここらに落ちている木の実は罠だから、絶対に食べちゃ駄目だからな」
ユズハに釘を刺しておく。
まあ、賢い子だから考えなしに飛びつくなんてこと――って、え?
血走った目でよだれを垂らしながら木の実を凝視する少女の姿に、思わず体が硬直した。
「わ、分かってる。……じゅるり」
……めちゃくちゃ不安だ。
ユズハの手の中から木の実を奪い取って、ぽいと遠くへ投げておく。
「ぁ、ぁう……」
残念そうに俯くユズハ。
とてつもなく良心が痛むが、『罠』に引っ掛かるのを見て見ぬ振りするよりかはマシだ。
「ほら、んなもんに気を取られてないで、行くぞ」
……『誘惑の木の実』ね。
なんだか、臭うな。
恐らく、ユズハのあの感じを見るにあの木の実には『精神に異常をきたす魔法』的な何かがある。
十分に気をつけた方がいいだろう。
まあ、今はひとまず迷宮探索を――
「――ガルゥゥゥ!!」
コボルトか……?
思ったが、違った。
フラマだ。
僕の頬を突っつきながら、「ガルガル」と必死に吠えている。
……なんだ?
「何か、伝えようとしているのか?」
「ガルゥ!」
「……だったら、何を?」
「ガルゥう!」
フラマが、木の上に顔を向ける。
その先には、リスがいた。口いっぱいどんぐりを頬張りながら、こちらを見ている。リスは振り返って「キュゥキュゥ!」と鳴くと、仲間のリスを数匹呼んだ。
なんだ、リスか。
……いや、リス?
嫌な予感に、尻の穴がキュッとなった。
なんで、ただのリスだと思い込んでいた?
だって、だってここは。
――ここは、ダンジョンだ。
「キュゥキュゥ!」
「キュゥ~~!」
「キュキュ!?」
「キュキュキュ!」
四方八方。
あらゆる場所から、続々とリスが現れる。
……まずい。完全に囲まれている。
というか、なんだ? ……地面が、揺れてる?
ゴォン。ゴォン。
地鳴りと共に、強い振動が体を揺さぶる。
そして。
「GYUUAAAAAAAA!!」
現れる筋肉質のボスリスを見て、完全に口かぽっかりと開いていた。
背丈はユズハと同じ程度。140cmというところだろうか。腕は長く、筋骨隆々とぼこぼこ膨れ上がっている。頬のあたりには十字の傷があり、手の中に握られている大きなどんぐりは、完全なる鈍器と化していた。
視界の中に、黒い板が浮かび上がる。
Info───────────────────
【!】エリア《木鼠の森》に迷い込みました
【!】エリアボス《リス軍曹》と遭遇しました
──────────────────―――
エリアボス情報───────────
リス軍曹 レベル:8
〇討伐難易度:★★☆☆☆
〇情報:元軍人のリス
──────────────────
冷や汗が頬を伝った。
エリアボス……。なんとなく、第三層の『趣旨』が掴めた気がした。
森の奥に見えるほら穴。その横にある湖。遠くにそびえ立つ大樹。聞こえてくる滝の波打つ音。
恐らく、その全てが『エリア』となっていて。その全てに……『エリアボス』ってやつがいるんだろう。
「あと四日しかねぇってのに……なんだ、この鬼難易度……」
乾いた笑い声は、しかし、リスの軍勢の悲鳴で掻き消された。
「GYUUAAAAAAAA!!」
ボスリスの雄叫びを合図に、リスの軍勢の体がぼんっと大きく膨れ上がる。
ボスリス程ではないものの、その見た目はいかつく、ともすれば犬にも見えなくないほどの体躯を持っていた。
リスの軍勢が、一斉に宙にジャンプする。
そして、膨らんだ口を更に大きく、風船のごとく膨張させた。
「……ユズハ、伏せろ!!」
「う、うん……!」
困惑し立ち止まるユズハをすぐさま一喝し、僕は咄嗟に腕で頭を守る。
リスの軍勢が、一斉にぽんっ、と口からどんぐりを放出した。ただのどんぐりではない。
一般的に言えば大岩と呼んでも差し支えないほど大きなどんぐりが、こちらに向かって飛来していた。
それも四方から、無数に。
「フラマ、僕とユズハを覆い隠せッ!!」
「ガルゥ!」
フラマがぐるぐると、僕とユズハの体に巻き付く。
やがて、ドゴン、と鈍い音を立ててフラマに無数のどんぐりが殺到した。
「が、ガル、ガルガル!」
痛そうに悲鳴を上げるフラマ。
やがてどんぐりの銃弾が止む頃には、フラマは既に満身創痍になっていた。
敵は木の枝の上。
到底僕の剣の届く場所にはいない。
冷静に考えれば絶体絶命だ。
酷だとは思うが、命がかかっているこの状況。
僕は腰に下げた剣を引き抜き、フラマに問いかけた。
「まだ行けるか、フラマ」
「……ガルゥ!」
「それなら、行くぞ……ッ!! ユズハ、俊敏補正で頼む!」
「うん! 支援魔法【俊敏補正】!」
足に力が漲っていく。
いつもは、水平にこの力を解き放っていた。何せこれは【俊敏補正】だ。足が速くなるだけのもの。
……ただそれだけには、僕には見えなかった。
この膨れ上がったふくらはぎ。この力をもし、『上』に向かって放ったら──?
ダンッ、思いっきり地面を蹴り抜いた。
それは、まるで空を飛ぶような。ジャンプというよりも、『飛躍』だった。
視線が、木の枝にいたはずのリスたちと水平に交わる。
そして、僕は叫んだ。
「フラマ、舞えッ!!」
「ガルゥ!!」
回転するように、フラマがぐるぐると回りながら枝の上のリスをばったんばったんなぎ倒す。一体一体はそこまでの力がないようで、あちこちで光の粒が上がっていた。恐らくデスポーンしているのだろう。
重力に逆らえず、ぽん、と地面に落下する。
がしかし、またも足に力が貯まり始めた。
「支援魔法【俊敏補正】!」
「ナイスだユズハッ!」
もう一度飛躍。そして攻撃。その繰り返し。
やがて残っていたのは、ボスリスただ一匹だけだった。
剣のグリップを握りしめ、僕は駆け出す。
ボスリスが「GYUUAAAAAAAA」と雄叫びを上げながら、巨大どんぐりをこちらに投げつけた。
それを、いとも簡単に首をひねるだけで躱す。
焦るボスリスが巨大どんぐりをもう一つ取り出そうとしたところに、すかさず肉薄。思いっきり剣を振り抜いた。
「GYUUUUU!」
こてり。
断末魔の叫びとともに、ボスリスが地面に転がる。
瞬間、ぱんぱかぱーんと馬鹿にするような音とともに、黒い板が視界に浮かび上がった。
Info───────────────────
【!】エリアボス《リス軍曹》を討伐しました。
【!】アイテム《どんぐり》が授与されました。
──────────────────―――
手のひらに出現する小さな黒色のどんぐりを見て、どっと脱力する。
……あんだけ頑張ったのに、たったどんぐり一個だけって……。
「ガルゥ……」
弱々しい声で、フラマが僕の頬を撫でる。
あんだけ頑張ったし、疲れたんだろう。
わしゃわしゃと頭を撫でてやると、目を細めて喜んだ。
マフラーのくせに可愛いやつだ。
なんて思っていると、ひゅるひゅると音を立てながらフラマが縮み始めた。
コボルトの形態だったのが、元のマフラーの姿に変わり始める。
まさか……ダメージを喰らいすぎると効力を失うのか?
また検証が必要だな。
「……むぅ」
不服そうに目を細めながら、ユズハがこちらに頭を差し出す。
「ユズハも頑張ったもん」
ぷくぅと頬を膨らませる姿は可愛らしく、歳相応の幼さが垣間見えた。
「ぷはっ」と笑みをこぼして、僕はユズハの頭もわしゃわしゃと撫でてやる。
「撫でてほしいなら、最初からそう言えばいいのに」
気持ちよさそうに目を細め、ぐりぐりとこちらに頭を押し付けてくるユズハ。
……その姿を見て、ふいにしんみりとした気持ちになった。
思い出していたのは、結花のこと。
そういえば結花も、頭を撫でてやったら喜んでいたっけ。
「──結花も、いつか妹ができたらなでなでしたい!」
……ユズハを合わせてやったら、喜ぶかな。
多分、歳はユズハの方が上だと思うけど。姉ができたみたいで、喜ぶはずだ。そうだ。ここから出たら、ユズハを連れて行こう。
……きっと、きっとだけど。
幸せな未来が、待っているはずだ。
だから今は……前に進むことだけを、考えよう。
ゆっくりと歩を進めて、ボスリスの死体に手をかざす。
そして、唱えた。
「スキル【死体回収】」
ボスリスを飲み込むフラマ。
やがて、それはリスの顔を模した影となった。
「キュキュッ! キュゥ~~!」
コボルトフォルムとは違い、中々に人懐っこい性格をしているらしい。
頬ずりをしてくるリス型のフラマに、僕はこそばゆくて「あはは」と笑った。
幸せだ。そう思った。
――今思えば、このときの僕は馬鹿だったと思う。
空の青さに、まさか頭をやられていたのか?
あんなことがあった後で。裏切られた後で。人を殺した後で。ボスを戦った後で。
なんで、なんでまだ分からない?
だって、だってここは、ダンジョンだ。
そろそろ気づけよ。
この世界は――そんなに、甘くないんだよ。
「お腹が空いたな」
そう言って、『収納』していたコボルトの肉を取り出して。
料理キットを使って焼いて、それから、休憩がてら肉を食べようとした僕の耳に。
カサカサと、後方から聞こえてくる摩擦音が聞こえてきた。
なんだろう。振り返って、僕は「へ?」と呆けた声を漏らした。
前方から飛来してくる、白目を剥いた男。
……なんだ、こいつ……!?
「肉、肉肉肉……にくだぁ……あは、ハハッ!! あはあは、ハハハハハ!!」
「……ッ!?」
ナイフを振りかざして襲いかかってくる痩せこけた男に、僕は咄嗟に剣を引き抜いた。しかし、一歩遅く。
胸ぐらをつかまれ、そのまま地面に背を叩きつけられる。
僕に馬乗りになると、男はぽたぽたと僕の顔によだれを垂らした。
「お前だけ……お前だけ食べるなんて、ずるいだろうがぁぁぁあぁああ!!」
「何言ってんのか、分かんねぇよッ!!」
振り下ろされるナイフを躱して、僕は男の首に剣を突き立てる。
そのまま、思いきり胸を蹴飛ばした。
ぶっ飛んでいく男はやがて地に落ちると、ぴくりと指先を動かして声をこぼす。
「……あ、ち、違くて……これは、あの……すみま、せんでした……」
そのまま、白目を剥いて微動打もしなくなった。
多分、死んだのだ。
ただ僕は、その男の死体を見下ろしながら。
ばくばくと唸る心臓を、ぎゅっと右手で押さえた。
――謝っていた。
突然のことで驚いて殺してしまったけど、確かに最後、彼は僕に謝っていた。
でも、それまでの彼は、確かに正常ではなかった。それはまるで、気の狂った化け物のような……。
「お前だけ食べるなんて、ずるいだろうが」
確か、そう言っていた。
……まさか。
ごくりと喉を鳴らす僕の視界の中央で、赤色の木の実が、ちらちらと瞬いていた。
こうして、第三層の迷宮探索の幕は、切って落とされたのだった。
【あとがき】
最後のゲーム前の箸休め回のようなものです。あと数話続きます。
物足りなく感じていらっしゃると思います故、明日、出来れば今日には必ず次話を更新させていただきます。
また、数日更新をサボってしまいすみませんでした。
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