第13話 裏切り者。
それから、僕らはもう一度迷宮探索に再出発した。
天菜は、未だに魔物を前にすると腰が引けるようで、戦いには参加しなかったけど。少しずつ、笑顔を見せるようになった。
何体かゴブリンも倒した。
戦いを重ねるごとに練度は上がっていって。
「……います。角を曲がって10m先くらいに、ゴブリンが8体。どうやら仮眠を取っているみたいで、見張りが1体だけ起きています。……勝てる相手です。やりましょう」
「ああ。行くか……」
「うん、ユズハも頑張る」
「それじゃあ、ユズハ。……頼む」
「うん。魔法【
ユズハの握る杖の先から飛んでいく黒いモヤが、唯一起きているゴブリンにぶち当たる。
瞬間、ゴブリンは事切れるように横になった。死んだわけじゃない。眠ったのだ。
息を殺し、市井さんと顔を見合わせ、僕らは音を立てないように歩き出す。
ゆっくり、そっと。……起こさないように――
――ジャリ。
ふいに石ころを踏みしめる音がなって、びくりと体をのけぞらせた。
音に反応してか、ゴブリンが1体ピクリと動く。
……やばい、起きたか?
流石に8体同時はきつい。
それに、奥まで来たからか最初の頃よりもゴブリンが強い。
……でも。
そのまま、また寝息を立て始めたゴブリンに、ほっと一息ついた。
もう一度歩みをすすめる。
そして、極限まで近づいたら――
一気に……刺すッ!!
「グギャァアア!!」
首にダガーを突き立てられたゴブリンが、悲鳴を上げて飛び起きた。
一斉に、あたりのゴブリンが目を覚ます。
市井さんもまた、僕と同様に1体やっていた。
首からダガーを引っこ抜き、未だ状況を掴めていない目を覚ましたばかりのゴブリンを続けざまにぶっ倒す。
そのまま、僕は転がるようにして一度戦線を離脱した。
僕を追ってこようとするゴブリン……しかし。
「スキル【挑発】ッ!!」
一気に、市井さんがゴブリンの注目を買う。
やがて完全に、僕からターゲットが外れる。
……今だ。
ギュィィイイイン。
ユズハの支援魔法により、足に力が溜まっていく。
それから、思いっきり地面を蹴って飛び出した。
この速さにも、もう慣れた。今では軽く制御可能だ。
そんでもって、この超高速で――
「グギャァア!?」
――3体同時に、意識外からぶっ殺すッ!
スパンッ、と軽快な音が鳴った。
ゴブリンが
けれど……1体、まだ立ってる……?
目を血走らせてこちらを見るゴブリンに、血の気が引いた。
傷が……浅かったんだ。
「……すみません、一人取りこぼしましたッ!!」
ほぼ悲鳴同然の叫び声を上げる僕に、しかし市井さんは笑って答えた。
「ガーッハッハ!! そんな時もある! なんの問題もないぞ、少年! 4体くらいなら、俺が全部たたっ斬るッ!! スキル【旋風】!」
片足を踏み込み。地を踏みしめ。
ぶぉんと、市井さんの周囲で風が巻き起こった。
ひゅるり。
音を立てながら、市井さんの周囲に風がまとわりつく。
そして、まるでその風に乗るように。
あるいは風を解き放つように。
市井さんは、思いっきり腰を捻り、大剣ごと回転してみせた。
「グギャァアア!?」
辺りに吹きすさぶ突風に、ゴブリン4体がぶっ飛んでいく。
そのまま壁にあたった衝撃で、こてりと全部事切れた。
……ははっ、流石に強すぎ。
でも。
「……結構、強くなってきましたね、僕ら」
ゴブリンの死体を見渡して。
僕らは、互いを見て頷きあった。
「きっと、俺達ならやれる。攻略しよう。……それぞれの願いを叶えるためにな」
「ええ。誰一人として欠けず。僕らで……この四人で絶対に、攻略しましょう」
――僕らなら、やれる。一人も欠けることなく、攻略できる。
ゴブリンの死体を【解体】して、僕らはまたも歩き出した。
レベルも2つ上がった。
ステータスは未だE+だけど、明らかに強くなっている。その実感がある。もう既に、現実世界なら100kgのダンベルならば僕でも持ち上げられる程度になっているだろう。
何よりも、俊敏のステータスの上がり具合が大きい。
もしかしたら、現実世界ならば世界記録も狙えるくらいかもしれないな。
怖いくらいに、強くなっている。
順調だ。あまりにも順調だった。
もう、手こずることさえなかった。
【回収の極意】のポイントが4になって、スキルも、新たに一つ手に入れた。
スキル【幸運の鱗粉】――レアドロップの確率が僅かに上昇する。
なんてものだ。
なるほど、回収した装備やアイテムのレア度に強さが依存する【回収者】なら、確かにうってつけなスキルだろう。
それから、僕らは次々と先に進んだ。
ゴブ肉をいくつか【収納】して、食料も蓄えて。
「段々と希望が見えてきたな、ガーッハッハ!!」
「ユズハ、行ける気がする!」
「わ、私もそろそろ……頑張ってみようかな」
まとまりつつあるパーティーを見て、僕は思わず笑みを漏らした。
……ねえ、結花。お兄ちゃん、頼りないかもしれないけど。でもさ、でもね。きっと、きっとだけど。まだ、確証なんてないんだけど。
結花を、助けられるかもしれないんだよ。
「――そんな無茶しちゃったの、お兄ちゃん!? だ、だめだよ! ばか~!」
きっと訪れるであろう未来を想像して、僕はマフラーの下で、隠れて微笑んだ。
……楽しみだ。
眼前に聳える『階段』を見上げて。
僕は、みんなの顔を見回した。
「……大丈夫。僕らならやれます。それじゃあ行きましょう。第、二層へ」
階段を、登る。
一歩、また一歩。
僕らならやれる。攻略できる。一人も欠けることなくだ。
そう思っているのに。
なぜだか、やけにドクドクと胸が弾んでいて。
張り裂けそうなほどに、胸が痛かった。
体が震えるほどの寒気と、胸騒ぎ。
背筋を舐め上げる、嫌な予感。
それらに見ないふりをして先へ進もうとする僕の耳元で。
どこかで、誰かが囁いた。
「――そんなに甘くて、大丈夫かよ?」と。
「――お前はそんなやつじゃないだろ? 目を覚ませよ、そろそろ。そんな甘ったれたままじゃあ、また失っちまうぜ? 信じたくても、いるんだよ。この中に。疑え、もっと。裏切り者は、確かにお前を狙っている。気をつけろ。この世界が甘くないことは、お前が一番良く知っているはずだぜ?」
誰だよお前。
聞く前に、声は消えていて。
僕はただ、一抹の不安を抱えたまま、第二層へと足を踏み入れた。
バカだろ。裏切り者なんて、いるはずない。だって、こんなにも良いパーティーになってきたんだ。
大丈夫……。大丈夫だって。
「それじゃあ、ここらで少し、仮眠でも取りましょう」
「だな。もう、眠気がすごくて死にそうだ! ガーッハッハ!!」
「到底眠そうには見えないわね……」
「ユズハ……もう、ダメぇ……」
こてりとノックアウトするユズハを見て、僕らは笑った。
それから、交代制で僕らは眠ることになった。
見張りは必須だ。いつだって気は抜けない。
市井さんが「俺が最初に見張りをやるぞ!」と張り切っていたが、無理を言って変わってもらった。
なぜ変わったのかは、僕でもよく分からなかった。
こんなにも眠たいはずなのに。
でも多分、怖かったんだと思う。
裏切り者かもしれない人間に、寝姿を晒すことが。
眠りこけるみんなの姿を見渡して。
僕は、一人で拳を握りしめた。
「……そんなはず、ないって」
裏切り者なんて、いるはずない。
いるはずが、ない。
それから一時間経って、僕は市井さんを起こした。
流石に限界だ。もう眠ろう。
順番は、僕→市井さん→天菜→僕→市井さんだ。
交代まで、二時間はある。その間に、しっかりと体を休ませよう。
それから多分、きっかり二時間後。
僕は、天菜に起こされた。
「起きなさいよ、ちょっと!」
「うるさいなぁ……むにゃむにゃ……」
「ちょっとー!? 私ももう眠いんだから、起きなさいよ!!」
引っ叩かれ、僕は目を覚ます。
……でも愛のある叩き方だった。ぺち、なんて可愛らしい感じの。なんだこいつ。意外と優しいのかよ。
それからあくびをして見張りを交代する僕に。
天菜は、目を瞑りながら「ねぇ」と語りかけた。
「なんだよ」
「もし、裏切り者がいるってなったら。あんたは、誰だと思う?」
「……天菜は、いると思うのか?」
「仮によ。別に……いるとは思ってないけど」
「そう。それなら僕も一緒だよ」
一呼吸おいて。
僕は天菜に、あるいは己に言い聞かせるように、天井をぽけーっと見上げて言った。
「僕らの中に、裏切り者なんているわけがない。僕は、そう思っている」
それを聞いて、天菜がどんな顔を浮かべていたかは分からないけど。
でも、ただひたすらに、残念そうに。
「……そう」とだけ言って、天菜は眠った。
そう、って、なんだよ。
自分で聞いといたくせに……。
あー、つか、やっべ。
眠たいな。もう、二時間、ちゃんと眠ったはずなのに。
あれ、やっば。おかしい……。なんだ、この眠気……。
これ、もう、眠っちゃい……そう……――
「――ぐ、ゔぁ!?」
……え?
誰かのうめき声に、ハッとなって飛び起きた。
やばい、眠ってた?
でも、何だ今の声。
咄嗟に、辺りを見渡して。
そして、僕は目を見開いた。
ユズハが、ただ呆然とした顔で、それを見ていた。
天菜が、体を震わせて。ぺちゃりと、その場で膝をついた。
ただ僕は、愕然とすることしかできなかった。
「――誰一人として欠けず。僕らで……この四人で絶対に、攻略しましょう」
「――僕らの中に、裏切り者なんているわけがない。僕は、そう思っている」
過去の僕の発言を思い出して。
ただ、僕は声を漏らした。
「……市井、さん?」
市井さんが。
僕らの支えである、柱が。
「これ……やべーかもしれねぇわ」
左腕を斬られて。胸元にダガーを突き立てられて、倒れていた。
まだ、死んだわけじゃない。でも、間違いなく。
この後彼が戦えるとは、到底思えなかった。
一体誰が……なんで。
そう思う僕は、更に。
市井さんの胸元に突き刺さっているダガーを見て、唖然とした。
それは間違いなく、
ただ、胸の深く奥底で。
僕を支えていたはずの希望が、音もなくバラバラに崩れ去っていくのが、なんとなく分かった。
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