第7話 評定とレベルアップ
遠方から、ばさりと鈍い音が聞こえてくる。
首を向ければそこには、内股になって、地面に膝をつく天菜の姿があった。
目には、一滴の涙が伝っている。
「……終わった、の?」
「ああ……でもきっと、これからは。これ以上のものが、待っていると……思う」
言うと、天菜は目を伏せた。
やっぱり……慰めた方が良かったのかな。
けど、でも。
それじゃあ……無駄な希望を持たせるだけだ。
すると天菜は、勢いよく顔を上げた。
目をガッと開き、まだ怯えているくせに。体を震わせているくせに。
強がって、笑みを顔に貼り付ける。可愛らしい八重歯が、ちらりと姿を現した。
「やってやるわよ……。次は、やってやるわよ!」
「おう、その意気だ! 嬢ちゃん!」
「ああ。みんなで、頑張ろう」
みんなっていうと、そういえば……。
ユズハは、どうしたんだろう。
なんて噂をすれば。
「格好良かった……。流石、ユズハの主人公……!」
バッと、どこからともなく現れたユズハが抱きついてきた。
頬をすりすりと、僕の胸に擦りつけている。
そして僕の顔を見上げると、にんまりと微笑んだ。
「ユズハも、少しは役に立った……?」
「……え?」
「ほら、ゴブリンを殴るときと、走り出すとき。……ちょっと、違くなかった?」
そういえば、言われてみれば……。
手に光が溜まって、力が、こう、ぐわーっと、湧き上がったんだよな……。
あれは、ユズハのおかげだったのか。
「ああ、ありがとな」
結花をあやす時と同じように、僕はユズハの頭を撫でる。
すると、嬉しそうにユズハは笑ってみせた。
きっとこれからは……もっと過酷な試練が、僕らを待ち受けているはずだ。
けど、その何もかもを。
今なら、超えられるような気がしていた。
脳内に三度、アナウンスが鳴り響く。
「おめでとーございます! いやー、面白かったですね。でも驚きですよ? 一人……死ぬと思っていましたから。ああ、そうですね。評定するなら――」
「市井実さん、よく頑張りました。21点プラス」
市井さんは、「うむ」と低く唸る。
「ミ……おっと、ユズハさん。君もまあまあ頑張りました。でも、主人公だけに味方するのは、ヒロインとしてはあまりにも無能だね? ニシシ。まあ、11点プラス」
ユズハは、「こいつムカつく」と悪態をついた。
「でもってそこの無能ギャル。お前は多分、ここで死んだ方が良かったね! 1点……マイナス!!」
天菜は……「マジムカつくわね」なんて、一人で燃え盛っている。
そして。
「――港夏芽……。いやぁ、面白いねぇ、君は。まさかの結果だよ。でもね、それじゃダメだ……。その優しさは、きっと、いつか君の身を滅ぼすことになる。43点プラス。あ、因みに100点満点ですけどね? ガーハッハ!」
……マジでコイツムカつくな、おい。
ユズハと天菜と僕は三人で拳を握りしめると、いもしない相手に対し威嚇を開始する。
すると、アナウンスはゲラゲラと笑ってみせた。
「何やってんの、君ら? ニシシ。あー、あとですね、今の加点でレベルアップした人がいまーす。それはですね――」
視界の中に、またも黒い板が浮び上がる。
Info───────────
【!】レベルが1上がりました
─────────────
「――港夏芽、市井実、そして……阿左美天菜の三人でーす!」
「「……え?」」
天菜と、声が重なった。
そりゃそうだ。驚きもする。だって、11点プラスのユズハがレベルアップしなくて、1点マイナスの天菜がレベルアップするのはあまりにもおかしい。
一体……どんな仕組みになってんだ。
なんて首を傾げた僕……いいや僕らに、アナウンスは飄々と対応する。
「おかしいですよねー。おかしいよねー、そりゃ! でも仕方ないさ! だって、阿左美天菜は〝特別〟なんだからさ!」
天菜が特別……?
「何言って……」
「それじゃ、ばいちゃ!」
ぶつっ、と音を立て、アナウンスは逃げて行ってしまう。
……全く、どこまでもムカつく奴だ。
でも、天菜が特別って……。
まさか……。
――裏切り者。
その4文字が、脳裏に過る。
いやいや、そんなはずないって。
ほら、こんなギャル女で、さっきも震えていたような奴が裏切り者なわけないって……。きっと、今だってさっきみたく威嚇を……っ。
顔を真っ青にさせて地面に膝をつく少女の姿を見て、目を見開いた。
なんで、そんな顔を真っ青にさせてんだよ……。
そんなはずあるわけない。
けど、でも、そうとしか思えない。そんな2つの感情が、脳内で渦を巻いている。
そんな疑心暗鬼に陥る僕を泥の中から掬い上げたのは、やはり市井さんだった。
「……そんな思い詰めんな。ほら、もっと明るく行こうぜ! ガーッハッハ!!」
……だよな。それが、良いに決まってる。
それに、あんなおどおどしていた天菜なんかに、裏切り者なんて出来るわけがない。
僕はペチンと頬を叩くと、指先でぐいっと口角を吊り上げる。
ほら、ギャルみたくバイブス上げていけ、僕……。
「そんな事より今はレベルアップを確認しますか」
「ああ、そうだな。ほら、嬢ちゃんもぼさっとしてないで確認しろ……。おちびちゃんは……まあ、いざという時は俺達が守ってやるから大丈夫だ。ガーッハッハ!」
すると、ユズハはぷくぅと頬を膨らませ、そのままそっぽを向いてしまった。
「そういうのは……主人公が言うセリフだもん」
「ガーッハッハ! たまにはモブにも活躍させろ!」
「いや……。主人公がいいの」
本当……なんでボクにこだわるのか分からないな。
でも一応、付き合って上げたほうがいいだろう。
「あー……。大丈夫。何かあった時は、僕らが守るから」
「うん! でもユズハも頑張る……!」
「あはは……」
本当……不思議な子だ。
っと……そんな事より、今はレベルアップだったよな。
僕は勢いよく肺に酸素を取り込んで、息を止めた。
市井さんもまた、「ウガァアアアアアア!」と咆哮しはじめた。
……一体、どんなステータス閲覧条件なんだ。
なんて引きつった笑みを浮かべていると、黒い板の表示はいつの間にやら切り替わっている。さてと……。
レベルアップの恩恵は、どれだけ凄いんだろうな。
──────────────────―
港夏芽 人間 職業:
レベル:2 MP11/11
〇ステータス
筋力:81 【F】→90【F】
技量:121【E】→125【E】
俊敏:122【E】→133【E】
知力:138【E】→141【E】
総合:ランク【E】→変化なし
〇スキルツリー
スキルポイント〈1〉
──────────────────―
うーん、あまり上がっているようには思えないな。
それに、体にもそこまで変化が見受けられない。まあ、1レベルごときじゃそんな物だろう。
それよりも僕の目は、【スキルツリー】なるものに釘付けになっていた。
ポチッと、興味本位で押してみる。
すると、新たに奇妙な画面が表示される。
SkillTree──────────────―
【現在のスキルポイント:1】
〇進化メニュー
【必要ポイント 〈0 / 50〉】
〇スキルメニュー
【回収者の極意――〈0〉】
〇ミナトナツメ専用スキルメニュー
【良い奴――〈0〉】
──────────────────―
なるほど……。
取り敢えずスキルポイントを割り振ってみないと、どんなスキルを獲得できるのか分からないようだ。
恐らく、割り振って、注ぎ込んだスキルポイントが一定値まで行くとスキルが開放されていくシステムなのだろう。
進化は気になるが、50ポイントも必要ならばまだ手を出すべきじゃないだろう。
だとすれば【回収者の極意】と【良い奴】……どちらにスキルポイントを振るべきか、なんだけど。
……ここは実用性のありそうな【回収者の極意】に振っておくか。
SkillTree──────────────―
〇スキルメニュー
【回収者の極意――〈1〉[+1]】
──────────────────―
Info──────────────────―
【回収者の極意】のポイントが1になったため、
【技量】のステータスが20上昇しました。
──────────────────―――
……おお、大分一気に上がったな。
まあ、正直な話、どうせ上がるなら筋力とか俊敏の分かりやすいステータスが上がって欲しかったが。
だって、技量って一体上がったところで何が変わるのか分かんないしな。
ま、ひとまずはこんなものだろう。
ウィンドウを視界から消去する。
市井さんに声をかけようと思ったが、まだなにか悩んでいるようだ。でもってユズハは仰向けになって寝転がっているし……。
「はあ……」
天菜に、声かけてやるか。
未だ上の空で、ぺちゃりと座り込んだままぼーっとしている天菜の目の前まで歩み寄り、僕は恥ずかしさを隠すように頬を掻きながら、天菜に声をかける。
「おい、おいあま――」
いぃぃぃやちょっと待て、港夏芽よ!
今まではその場のノリで馴れ馴れしく天菜なんて呼び捨てしていたが、仮にも僕らは初対面なわけで。その上異性なんだ……。
やばい、考えるだけで下の名前で呼びにくくなっちまった……。
く、クソ……っ。
きっと、結花に馬鹿にされるに違いない。
おにーちゃんのへたれ! なんてな。
でも仕方ないだろ!
俺はヘタレだよ! ああ、ヘタレさ!
女の子一人も名前で呼べないくらいにな!
「――はぁ、阿左美さーん。おーい。……おい、阿左美」
「え……?」目に生気を宿らせた天菜は僕の姿を見上げると、目を見開く。「ひぎゃぁっ!」
その上、飛び退いてその場で倒れ込みやがった。
……流石に焦りすぎ、怪しすぎ……。
でも、それがなんだか可笑しくって。
僕はいつの間にか、笑っていた。
「何笑ってんのよ!」
「いんや? 怪しいなーと思って」
「……あっそ。じゃあ、喋りかけなきゃいいじゃない」
「いやいや、だって僕……。まだ、借り、返してもらってないし」
なんて言って微笑むと、天菜は呆けた顔をする。
全く……こいつ、分かっていないのか。
「さっき、僕は君を助けただろ? だから、その借りを返してくれるまで、僕は君に関わり続ける……。つまり、そーゆーことだ」
ニシシ、と悪戯な笑みを浮かべると、天菜もまたクスリと笑った。
「あったまわるい」
「ああ、よく言われる。それじゃ、天菜もステータス確認しろよ。せっかくレベルが上がったんだ」
「うん……! きっと、めっちゃ強くなってるわね!」
「なんもしてないくせに?」
「……ちょっとは良い奴かもって思った私を殺したいわ」
「あはは……」
それから、なんだかんだ言って暖かな時間を過ごした僕らは。
市井さんに、
「うんうん……避妊はしろよ!」
だとかふざけたことを言われ。
天菜が市井さんに対して本気で殴ろうとしたのを必死に僕が止めたり。
ユズハに、
「ライバル現る……ぐぬぬ」
だとか変なことを言われ。
「ライバルってどういうことよ!?」
なんて怒った天菜とユズハが鬼ごっこを開始したり。
そんなこんなで。
「さーて……そろそろ次の部屋に行こうか。期限は……一週間しかないんだ」
次の部屋に、行こうとしていた。
けれど、そんな僕を、市井さんは引き止める。
「おいミナト……。気になってゴブリンの死体があった場所を見ていたんだが、これ――」
そして、小さな石ころをつまみ上げ、僕に見せた。
「――一体、何だ……?」
紫色に透き通った、不可思議なそれ。
ただの石ころのように見えるそれは間違いなく。
不穏な空気を、纏っていた。
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