第25話:代理
「くぅうううううん、くぅうううううん、くぅうううううん」
「ありがとう大和、お陰で嫌な夢を見なくてすんだよ」
「「「「「ウォン」」」」」
「ごめん、ごめん、ごめん、お前達のお陰でもあるよ。
武蔵、信濃、甲斐、河内、摂津、長門、陸奥……」
目の前で人間の右腕を魔狼が咬み千切った。
その場で震えそうになる弱い心を、他の事を考えて何とか抑えた。
いや、もし足元に大和たちがいてくれなかったら、震えてしまっていただろう。
他の事を考えて誤魔化す事ができたのも、大和たちがいてくれたからできた。
公子用の椅子に座っていたから、気を失って倒れるような事はなかっただろうけど、誰の目にも明らかなくらい震えてしまっていただろう。
「イーライ様、入ってよろしいですか」
俺を護ってくれている魔狼たちが全く騒がない。
俺に仕えていて、しかも敵意を持っていない者を攻撃したりしない。
俺に敵意を持つ相手でも、声を出して自分たちの存在を気づかせたりしない。
気配を消して待ち伏せで、一撃で咬み殺そうとしてくれる。
護衛としては最高の存在だが、問題は俺がそのような行為に耐えられない事だ。
殺す事だけでなく、手足に咬み付く程度の事まで耐えられないのだ。
「ああ、大丈夫だ、入ってくれ」
セバスチャンが心配そうな表情を隠そうともせずに入って来てくれた。
王国正使に対する暴力に耐えきれなくて、トイレで吐いていた俺を心から気遣ってくれて、とても優しく介抱してくれた。
だが優しいだけでは公爵家の、いや、大公家の執事は務められない。
敵や敵になるかもしれない相手に、俺の弱点を知られないように、気合を入れて謁見会場に叩き戻してくれた。
「昨日はご無理をさせてしまいました、お許しください」
「いや、俺の心が弱いせいでセバスチャンには負担をかけてしまっている。
こちらこそ申し訳ないと思っている」
「そんな事はございません、イーライ様。
イーライ様の人間を傷つけないとう自分を縛る覚悟、立派でございます。
この世界にやってきて、平気で人を陥れ殺せるようになってしまった私に比べれば、本当に立派だと思っております」
「それは俺が弱くて身勝手だからだよ、セバスチャン。
本当に強い人間なら、孤児や領民のために、前世の自分のトラウマに囚われる事なく、悪事を働く者の罰を与えられる。
殺す殺さないは別にして、叩きのめす事くらいはできる。
昨日のように、本来なら自分がやらなければいけない事を、それも自分ではできない事を、家臣に押し付けたりはしないよ」
そうなのだ、昨日豚正使の腕を咬み千切ってくれたのは、家臣に預けた魔狼だ。
公爵家の家臣たちとの相性を確かめた時に、いい関係が築けそうだと分かったペアで、大公家の護衛騎士に抜擢された家臣だ。
父上や母上や俺に固定された護衛騎士の場合は、魔狼や狼と相性がいいと判断された者は、そのまま俺たちの護衛騎士を務めている。
だが一般の騎士や兵士を務めていた者たちは、妹たちも護れるように大公家全体の護衛にしたのだ。
「イーライ様、もうこれ以上自分を責めるのは止めてください。
人それぞれ得意なモノと不得意なモノがございます。
それを補ってこその家族ですし、家臣や友人なのです。
大公殿下も妃殿下も、イーライ様の苦手な所を補ってくださいます。
わたくしを始めとした家臣たちも同じでございます。
ご家族とわたくし以外は、イーライ様の苦手な事を知りませんが、そもそも家臣が主君の手を汚させる事などございませんぞ」
セバスチャンの優しさが心に染み入って、涙が流れてしまう。
こうなる事が分かっていて、孤児たちに魔狼や狼を与えたのだな。
その流れのように見せかけて、家臣たちにも魔狼や狼を与えてくれたのだ。
俺の目に入らない所で、俺を狙う敵を殺してくれる心算なのだ。
俺はこのままセバスチャンに守られていていいのだろうか。
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