燃やされてたまるかっエルフ村!
タカテン
第1話:エルフ村燃える!
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森に、我らエルフの隠れ里がある事を人間たちは知らない。
そして今後も決して知られてはならない。
なんせ人間はエルフの村を見つけると、何故か焼き払おうとする野蛮な連中だ。おかげでかつては世界中に数多くあった同胞の村も、今や数えるほどになってしまった。
故に我、エンジョー村の若き村長アスベストはここに誓う。
我らがエンジョー村を人間たちから隠し通し、永遠の平和を守らんと!
風の精霊様のご加護を得た聖なる風が吹き抜け、樹木の精霊様に育まれたこの地を焔の災禍から守り抜くと!!
「大変だアスベスト! 人間がエルフ物置小屋へ火を放った!」
「誓った傍からいきなり!?」
おい、ウソだろ。ウソだと言ってくれ。
人間が村へ入ってこないよう、大賢者ナナカマー様の張った結界は完璧なはず。そのおかげでここ200年は人間の立ち入りなんてなかったのに、俺が村長になった途端どうして!?
と、とにかくすぐ鎮火させねば。
エルフの村はどういうわけか異様に燃えやすいからな!
「よかった。なんとかボヤで済んでくれたか!」
現場に駆け付けると、すでに村のエルフ消防団の手によって鎮火していた。
辺りにはまだ焦げ臭い嫌な匂いが漂っているものの、被害はたいしたことない。エルフ物置小屋も焼け落ちることなく、まだその姿を留めていた。
おお、「さすがはエルフ、マッチ一本で大炎上」と謳われるエルフ物置小屋なのに、よくぞ耐え抜いてくれた。エルフ消防団もぐっじょぶ!
「アスベスト、こいつらが火を放ったんだ!」
ホッと胸を撫で下ろすも束の間、縛り上げられたふたりの人間がぽーんと俺の足元に放り出された。
「なんだ、子供じゃないか」
見ればまだ十歳を過ぎた頃であろう、幼さが残る子供たちだった。
ひとりはやや癖のある黒髪を耳元で切り添えた碧眼の男の子で、拘束されているにも関わらず落ち着いた様子で俺の顔をじっと見てきた。
もうひとりは長い金髪の女の子だったが、こちらは意識を失ってぐったりとしている。
うむ、おそらくは男の子が火を放ち、それを見た女の子が驚いて気絶してしまった、というところだろうか。
きっと男の子が「へへん、エルフの村ぐらい俺が焼き払ってやるぜ!」と女の子にカッコいい所を見せようとしたのだろう。
そんな子供心は分からなくもないが、こちらとしてはたまったものじゃない。エルフの法では放火は重罪。加えてこの村の存在を知られてしまった。可哀そうだがふたりともここで死んで――
「ひとつ話をしていいだろうか?」
と、男の子が妙に大人びた調子で声を上げた。
「なんだ? 命乞いなら無意味だぞ」
「大人がな、言うのだよ。『子供が火遊びしたらおねしょするぞ』って」
「は? 何の話だ?」
「それで吾輩は炎の魔法を覚えたのだ」
いやいやいや、本当に何の話だ、この小僧。
「とは言え王宮で魔法を使うわけにもいかぬ。城下町でもダメだ。そこで近くの森ならばどうであろう。ほどよく開けた場所で、ちゃんと鎮火の準備もしておけば問題なかろうというわけでやってきたわけだが、まさかこんなところにエルフの隠れ里があるとはな。思わずこれ幸いとばかりにファイアーボールをぶち込んだ次第である」
「何が幸いなんだ、何が!?」
ふざけやがって。だから人間は嫌いだ。
おまけにこいつ、今さらっと王宮がどうとか言わなかったか。
むぅ、子供のくせして妙に大人ぶった話し方といい、こいつもしや王族の者か?
あー、ただでさえ人間による村への侵入っていう面倒くさい案件なのに、さらに面倒になるのはホント勘弁してほしい。
「ところで吾輩の横で気絶しているこの子、名前をアヅチという。幼き頃からずっと吾輩の侍女をしてくれている者だ」
「侍女! やはりお前は王族の者か!」
「このアヅチが実に可愛いくてな。寝顔も悪くないが、普段はもっと良い。宝石のように光り煌めく瞳、小鳥の囀りの如く耳触りの良い声、ころころと変わる豊かな表情もたまらん。が、そんなアヅチが最も可愛らしい瞬間は……何か分かるかね?」
「分かるかッ! てか、さっきから一体何の話をしてるんだお前は?」
命乞いでもなければ、物置小屋に火をつけた理由でもなし。一体なんなんだ、こいつは!?
「アヅチが最も可愛らしい瞬間……それは恥ずかしがっている時だ!」
「は?」
「羞恥に赤く染まる頬、目尻に浮かぶかすかな涙、風に揺れる葉のように細かく震える身体。うむ、たまらん。実にたまらん」
「ちょっと待って。お前、ホントに何言ってんの?」
「そんなアヅチにおねしょをさせてみたいと思わないかね?」
「はい?」
「吾輩はさせたい。見てみたい。おねしょしてしまって赤面するアヅチを見たい。だから大人たちの言う『火遊びをしたらおねしょする』という言葉を信じて」
「うちの物置小屋を燃やしたというのかーッ!?」
何の話かと思えばまさかそんな理由だったとは! こんなもん、誰だって思わず怒鳴るわ!
「なのでアヅチがおねしょして起きるまで吾輩の処刑を待っていただきたい」
「待つか! 今すぐ殺す! ブッ殺す!」
「なんと!? 吾輩はホンノー・ジー。タイカ王国を治めるジー王家の第三皇子であるぞ」
「そんなもん知るかボケッ! あっさり死んどけ!」
「まぁまぁ少し落ち着け。よく考えてみよ。ここで吾輩を殺せばどうなると思う? 父上は仇を討たんと必ずや兵をこの地へ送り込んで来ようぞ。せめて本望を果たしてから命を絶たれるならば、ここで父上に一筆書いてやれるのだが」
「そんなもんいるか! こちとらお前の変態趣味で物置小屋を燃やされかけたんだ。ここで怯んだらご先祖様に笑われるわッ!」
「ああ、もう。分かった、分かったからそんなに大声で怒鳴るな。これではアヅチがおねしょする前に目を覚まして……あ」
不意に皇子の隣で横たわっていた侍女がゆっくりと目を開き、むくりと上体を起こした。
「……ん、ホンノー様?」
おおっ、確かに宝石のように煌めく瞳、小鳥の囀りのように心地よく響く声!
なるほど、これは美少女だ。それは認める。が、そんな美少女のおねしょを見たいという皇子の考えはさっぱり分からない!
「なんてことだ! 事を成す前に起きてしまったではないかッ!」
「ははは、ざまーみやがれ。そんな邪な願望など叶えさせてたまるかッ! さぁ、これで心置きなく死にやがれ!」
「さすがにこれでは死んでも死に切れぬ。アヅチ、起きたところ早速で悪いが一仕事頼む」
皇子の問いかけに侍女がハッとしつつその可愛らしげな顔をコクンと傾けると、突如としてふたりの足元に魔法陣が展開された。
「なっ!? この魔法は!?」
「あーはっはっは。これは空間転移の魔法。アヅチのこの魔法ならば吾輩はいつでも王都の自室に戻ることが出来るのだ!」
「なんだと!? そうはさせん!」
「ふっふっふ。また会おう、エルフの諸君」
剣を抜いた時には既に遅かった。魔法陣が目も開けていられないほど眩しい光を放ったかと思うと、次の瞬間にはふたりは姿を消していた。
「くそう! もう二度と来んな!」
俺の叫び声が村に空しく響き渡る。
そう、これが俺とあの忌々しいクソ皇子との初めての出会いであった。
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