負けイベントで勝って深追いしたら…

ダルミョーン

負けイベントで勝って深追いしたら…

俺はゲームのバグ技を色々と試していたら、何かの儀式をやってしまったみたいで、急に現れたゲームの魔法陣に吸い込まれて、直前までやっていたゲームの主人公になっていた。


どうせならと思って、公式の発表で、負けイベントで勝つと緊急脱出で相手が逃げる、という分岐があるこのゲームで、負けイベントで勝った後に追いかけてみようと思った。

今日のために、入念に準備を重ねた。

バグ技で手に入れた装備やアイテムに加えて、バグ技で戦った高経験値の敵により、最強装備と最高レベルになった。


これで、あいつを…四天王最強の武人を、倒す。

…この負けイベントで主人公が負けた後、あいつは魔王に毒を盛られて死ぬんだけど、その理由が「我より強いから王の座を奪われると思った」という話だから、あいつに勝てば俺が最強だ。


「闘ろう」

「ああ…」



武人はその戦闘力が凄すぎるんだ。

通常は、物理、魔法の2分類で済むはずなのに、武人だけ闘気という分類があるんだ。

その闘気は、魔法的な存在でありながら、物理的な作用がとても強く、武人の闘気は永遠に残ってダメージを与え続ける。


だからこそ、どんなものでも受け止めるこの盾と、あらゆる状態異常を無効化する装飾品が、必要だった。

「よし」

「ぬっ…?」

武人のパンチは、避けても、受けても、後ろに回り込んでも、ダメージを受けて強制的に吹き飛ばされる全方向闘気拳かつ、それが永遠に終わらないとかいう勝たせる気が無いとしか思えない強さなので、通常の装備では必ず負ける。

こちらのアクションの全てがキャンセルされるクソキャラだ。

遠距離でも、闘気弾とかいうので地平線の先からノータイムで攻撃してくるような反則級の相手だ。


まだだ…盾と装飾品では、最低限、戦うための姿勢を整えられるようになっただけだ…!

ここから、奴の闘うための筋肉、闘筋装甲を打ち破らなければ、勝てないんだ!

通常の武器では、防御無視だろうが、聖剣だろうが、魔剣だろうが、全く通用しないんだ。目つぶし、浣腸や金的も、全て筋肉によって阻まれた…。

筋肉の悟りを得た、筋肉仙人が残した、この筋肉腕像…天を割るように突き上げたムキムキの筋肉の右腕の像なら、破れるはずなんだ!

これを試していたら、ゲームの主人公になっていたが、そんなことはどうでもいい!

この筋肉腕像で武人に勝てるかどうかが、知りたいんだ!

…筋肉を称え、崇め、高め、鍛え、対話し、悟りに至るとかいう入手手段…もしかしたらこれは夢かもしれない。それでも、この筋肉の結末を知らずにはいられない!!


「そ、それは、筋肉仙人が残した筋肉腕像…!?」

「うおおおおおおおおおおおお!!」

ムキィン!!

「ぬ…ぐぅっ!?」

武人が、一歩下がった。


「ふぅむ…」

だが、それだけだった。

「くっ…!?」


「──筋肉とは、美である


──筋肉とは、力である


──筋肉とは、希望である


自らの筋肉を、信じよ──」


「…それは、筋肉仙人の言葉…?」

「その意味が、わかるか」

「い、み…」

「ふんっ!!」

「がはっ!?」

武人の拳で腹を殴打され、吹き飛ばされた。


「意味が分からぬ者の拳は、我に永劫届かぬ!」



…武人の攻撃を防ぎながら、色々と考えた。

そして、筋肉腕像を手に入れる過程で、鍛え上げたムキムキの体が、ピクピクと主張する。

──我が威を示せ、と。

何故か筋肉の言葉がわかる気がした。



それから──

筋肉腕像は地面に置いた。

盾は捨てた。

武人と素手で殴り合いになった。

当然、闘気でこちらのアクションの全てはキャンセルされる。

それでも、この筋肉だけで、相手の攻撃を無力化する。

闘気も、弾けるようになっていく。

そして気づけば、我が筋肉は闘気を纏っていた。


「…至ったか」

「…ああ」

「では、闘ろう」


ドドドドドドドドドドドドドドドド

闘気がぶつかり合い、地面がどんどん削られていく。

彼ら二人を中心に、円状のコロッセオが生まれる。


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」



ドッゴッガッ

打撃が突き刺さる。

ビッブッジッ

闘気で体が削れる。


どちらも、避けない。

そうして、お互いに、ダメージを受ける。

しかし、その先が違う。

主人公には、強力な装備があった。ダメージを受けたとき死んでいなければ全回復する不屈の鎧、HPが最大時に即死するダメージを受けても1残る根性の熱血鉢巻。基本的には、ルート分岐でどちらかしか入手できないものを、どちらも手に入れていた。

だから、主人公はHPが1になって全回復を何度も繰り返して、武人はじわじわとHPを削られていく、という状況だった。

しかし、武人が総HPの75%,50%,25%になると、体から蒸気を吹き出し、闘気が膨れ上がるとともに、闘気によるダメージ頻度が跳ね上がって、HP全回復をしてきた。闘気によるダメージ頻度が上がったことで、こちらのHPが最大になる前にダメージを受けそうになったため、闘気で相殺して何とかした。

幸い、もう一度HPを削った時には、75%,50%,25%時の全回復は無くなっていたが、実質2倍のHPは正直しんどかった…。

というか、最初からHPが2倍なら削るだけなのでそんなに気にすることは無かったが、一度削ったものを回復されるのは徒労感と絶望感が凄かった。

…まあ、それを言ったら、こちらも全く死ぬ気配が無い不死身コンボ装備なので、どっちもどっちか。


なんとか、武人の総HPの5%まで削った。


そして──


「…なんという、強さだ。強さを確認して来い、と言われて確認したが…強すぎる。魔王様もやられてしまうかもしれぬ。悪いが、報告のため逃げさせてもらう」

「…待て!!」

「──緊急脱出」

一瞬、線のようなものが斜め上に伸びたかと思えば、武人は姿を消した。

──この世界には、“緊急脱出”というものがあり、全ての存在が使える。

神様の慈悲で、一日に一回、瀕死のときだけ使えるようになる“生き残るためにどこにでも移動できる”ものだ。これを使って、医者のところに行くのが一般的だが…他にも、嫌がらせや暗殺で悪用されることもある。まあ、どんなものでも、使い方次第、ということだ。


だから、緊急脱出で武人を追いかける、ということもできる。

不屈の鎧を脱いで、自分を闘気で殴ってみる。

………普通にHP1まで持って行けた。闘気強すぎるな。

もう一度不屈の鎧を着る。鎧を着ているときにダメージを受けないと回復しないため、HPは1のままだ。

筋肉腕像は…我が筋肉が有れば、もう必要ないので置いていこう。

盾は…一応持っていくか。













貴様は危険すぎる!

魔王様より与えられし最終魔法【サクリファイス・デス】…これで、貴様を討つ!

…すまない、娘よ。先に逝く



うわああああああああああああああああああああああああああああ!


あれはやばいと思って、闘気で殴るが、闘気で相殺されてキャンセルできない!


くく…どうやらこれなら、貴様を殺せるようだ…

魔王様のため、死んでくれ


走って逃げようとしても、追いつかれるし、今日の分の緊急脱出はもう使ってしまったから。

だから、盾で身を守るくらいしかできなかった。


そして、【サクリファイス・デス】は発動した。


クレーターができた。海まで繋がってしまうほどの深さと広さで。

その中心地に…俺は居た。

とっさに盾で防げた…のだろうか。

そんなことを思っていると、しょっぱい水に飲み込まれて、溺れかけてしまった。

ゲホゲホしながら泳ぎ、地上に上がった。


…時間が経って、落ち着いたときには、生き残れた、ということを噛みしめた。

最終魔法【サクリファイス・デス】は、死の魔法なんだ。

術者の死と引き換えに、相手を道ずれに死ぬ禁忌魔法。

確実に死を与えようとするなら、射程は短いし、詠唱も長いし、省略不可だし、普通はキャンセルされたり、逃げられたり、余波を受けるだけで生き残ったりする魔法だけど、発動した後の絶対性はどうしようもないものだ。

都市結界とか、ダンジョンの次元の壁すらも貫通して、1つの命を奪う。

…使い捨ての暗殺者が使って、様々な防護がされていた王を殺したこともあるくらいに、やばいやつだ。


何故生き残れたのだろうか…?

ふと、身を守るために使った盾を見ると、ボロボロと端から少しずつ欠けて無くなり、もはや取っ手にちょっと盾の女性の顔があるくらいの大きさまで小さくなっていた。

たぶん、盾のおかげだろう。

だから──

「ありがとう」

そう、呟いた。

…盾の女性の顔が、微笑んだような気がした。

「…えっ」

顔が欠けて、確認はできなかった。

そして、盾はボロボロと欠け続けて、完全に無くなってしまった。

「………」

その間、ずっと盾を眺め続けていた。

あちらの世界では装備は装備でしかなく、キャラが話すのは定型文で、それ以外のことは何もわからないため知らなかったが、こちらの世界でこの盾を手に入れたときの話を思い出した。

『この盾には由来がありましてな。なんでも、一人の女性の慈愛が、何もかもを受け止めてしまう力を持った盾になった、とか。まあ、愛が形になった、とかいうおとぎ話ですな』

少し、思いついたことがあった。

最終魔法【サクリファイス・デス】は…デスが付いているのだ。

もしかしたら…どこかに【サクリファイス・ライフ】、なんて魔法があってもおかしくないのではないか、と思った。

それこそ、【サクリファイス・デス】を防げるとか…。

…まあ、わからないことを考えても、実際どうなのかなんて、わからない。

もしかしたら、なんとか有効射程から外れていただけかもしれないし、実は使った魔法の種類が違うとか、魔力不足で命を奪う効果が無かったのかもしれない。

考えても仕方が無いのは放置して、別のことを考えよう。


…これから、どうしようか…。

武人に勝って、最強になったし、闘気も身に着けたし、これ以上闘わなくていいよな…。

…森の奥にでも引きこもって、筋肉と対話するスローライフでも過ごすか…。

そうして、森の奥で引きこもって余生を過ごす…はずだった。


…武人の娘に捕まり、結婚して、なんやかんやあって、夫婦の共同作業で魔王をボコった。…暗殺者なんて送ってこなければ良かったのにね。仕方ないね。

魔法使われる前に、闘気で詠唱や無詠唱等のアクションを、全てキャンセルすればええねん。

そして、世界は平和になったとさ。

…何故か俺が魔王になって、人間の国から攻められまくりで、対応でめっちゃ疲れるねん。

なんでこんなことに…。



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