第53話 後輩とご飯へ

「くぅ〜…」

「お疲れ」

「え! あ…お疲れ様です」


 大きく伸びをした彼女に声を掛けて、俺は立ち上がる。


 数時間俺達は絵を描き続け、外はもう真っ暗だった。途中には他の部活も終わったのか、多くの生徒も帰っていた。


「そろそろ美術室閉めるぞ」

「はい」


 そう言うと2人で物を片付け、美術室の鍵を閉め、俺は彼女と一緒に歩き始める。

 真っ暗な校舎の中。校舎の外の街灯、月明かりが窓が廊下を照らす。


 時刻はもう7時を回っている。恐らくは葵も家に帰っている時間だろう。今日は◯き家でも買って帰ろう。


 そんな事を考えながら、歩いていると不意にヤカンの音が鳴るような音が、キューッと隣から鳴った。


「……腹減ったのか?」

「…いえ、私は別に『キューッ』ません」


 …うん。腹減ってるんだな。

 そう納得した世理は、気まずげに頭を掻きながらも、彼女へと問い掛けた。


「そうだな…家までどれぐらい掛かるんだ?」

「…何でそんな事を?」


 彼女は訝しんだ目で世理を見て、少し後退る。


「別に何かする訳じゃないぞ!? だからその防犯ブザーから手を離せ!! と言うか何で高校生が持ってんだよ!?」

「私は童顔ですから、親に持つようにされているんです」


 な、なるほど。さっきまで座って分からなかったけど、この身長じゃ小学校高学年ぐらいなら納得できるもんな。


「……」

「ま、待て!! 鳴らそうとするな!! 俺はただ後輩だし、ご飯でも奢ろうと思っただけで!!」

「本当ですか?」

「へ?」








「頂きます」

「あぁ。まぁ、遠慮なく食べろよ」


 俺は考えていた通り、す◯家に来ていた。

 まさか一緒にご飯に来るとは思っていなかったが…OBとして、コーチとして少しでも力にはなった方が良いだろう。


 ま、俺がこいつの夢の為、何か力を貸せるとは思えないが。


「いつもこの時間ぐらいまで描いてるのか?」

「そうですね。時間も資源も有限ですから」


 パクパクとご飯を口に運びながら、彼女は俺の方を見た。


「神原さんはうちの高校のOBなんですか?」

「ん? あぁ、まぁ一応な」

「何年前ですか?」

「2、3年前だ。今は一応大学に通ってはいる。だけど夏休みに帰ってきたと思ったら、最近新しい病気が流行してな。ずっと休み期間って事にはなってる」


 やっと休みに入ったと思ったらこれだ。まぁ、この休み中に課題も何も出ない事になったのは幸いだった。


 夏休み前に怒涛の制作をしていた世理にとって、『課題』なんて言葉を見るだけでも生唾を飲み込んでしまう程の事だった。


「2、3年前ですか。なら私の姉と被ってますね」

「へぇ、お姉さんが居たのか」


 それはそれは。


「名前は?」

「………」

「だから、別に変な意味はないだろ。今の流れ的に」

「…個人情報なので控えさせて貰います」

「何でだ!?」


 いや…まぁ個人情報である事は間違いないが…


「それよりも、神原さんはどこの方の大学に?」

「………個人情報だろ」

「……ですよね? そう言う事です」


 2人の間で食器の音だけが響く。


 そして先に食べ終わった世理は、気まずげにゆっくりと口を開く。


「……何を目指しているのか、聞いても良いか?」

「………何ですか、急に」

「だからそんな目で見るなって…別に変な事考えてる訳じゃない。ただの世間話だ」


 何でそこまで一生懸命なのか気になるからな。ちょっとしたジャブ程度の質問だ。


「……」

「俺は今日会ったばかり…こういうのって、あまり親しくない奴の方が言いやすかったりしないか?」

「はぁ……別に良いですけど、そんな大した物ではないですよ?」

「おう、バッチこい」


 俺は椅子に深く腰掛け水を片手に、手をヒラヒラと動かしながら答えた。


「まぁ……私、先生になりたいんですよ」

「ぶふぅっ!!?」

「……」

「わ、悪いっ!! 大丈夫か!?」


 俺の口から出た水が見事な放物線を描いて、彼女の顔に直撃し、俺は急いで店員にタオルを頼む。


 まさか、先生だとは思わなかった……。


「……そんなに驚きますか」

「そりゃあ…まぁ」

「ありきたりな将来だと思いますけどね」


 彼女は店員からタオルを受け取ると、何処か冷めた様に答える。

 まぁ、それはそうなんだが…目指すって言うぐらいだから、俺はもっと凄いものを想像していたのだが…。


 漫画家とか? あとはデザイナーとか? 美術系に特化した感じのちょっと夢のある職業を言うと思っていた。


 だが結果は先生、と。


「…て事は美術の先生って訳か」

「まぁ、そうですね」

「ま、まぁ、人の夢はそれぞれだからなぁ」

「……無理に同意しなくて良いです。それじゃあ、私はこれで」

「あ、おい」


 彼女は濡れた髪を掻き上げ、店から出て行った。


 ………後輩とのコミュニケーション、最低最悪の失敗で終わる。

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