11 - 司令塔

 それから二日後の土曜日の夕方、芽衣咲はあるファミリーレストランに向かった。休日のため、私服を身に纏っている。


 圭から連絡を受けて、ある人物と会うことになっていた。その人物は、探偵をしているそうで、女性からの依頼専門で仕事をしているらしい。


 ファミレスの自動ドアを通ると、店員が芽衣咲に「一名様ですか?」と尋ねる。彼女は待ち合わせをしていると伝えると、奥の席で手を振っている春香の姿が目に入った。


 店員に礼を伝え、奥の席まで歩くと、すでに玲央と天がその場にいた。



 「遅くなってごめん」


 「まだ時間あるから大丈夫だろ」



 玲央と天はジャージ姿で、彼らは午前で部活動を終え、この時間までふたりでコートにいた。学校でバスケットボールの練習を終えても、足りない日はふたりで練習する習慣がついている。



 「保科先生に知られたんだよね?」



 昨日芽衣咲と春香が生徒指導室で保科に呼ばれて話したことを、玲央と天に伝えた。彩華のクラスに足を運んで、玲央と天に会ったことを知られているため、彼らも迂闊に動けば怪しまれるだろう。



 「もう時間過ぎてるけど、最上さんまだかな?」


 「本当だ。遅いね」



 約束の時間を過ぎても圭は姿を現さない。忘れているということはないだろうが、何か急用ができたのだろうか。


 ファミレスの玄関を眺めていると、女性が入ってきた。遠目に見ても、綺麗なロングヘアと抜群のスタイル、整った顔立ちはよくわかった。モデルのように綺麗な人だ。


 その女性は店内を見渡すと、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる。


 四人の席まで来て妖艶な微笑みを見せると、「圭くんに調査の相談をしたのはあなたたち?」と訊く。



 「はい。そうです」



 玲央は曲がっていた背筋を正して、はっきり返事をする。美人を前にしたときの玲央ほどわかりやすい反応はない。



 「そう、私は小鳥遊たかなしりん。探偵をしていて、圭くんに協力をお願いされたの。座っていい?」



 芽衣咲と春香はソファの場所をつめ、凛が空いたスペースに座る。


 玲央はわかりやすく鼻の下を伸ばし、隣に座る天も気まずそうに凛の顔をちらちらと見た。



 「大まかな話は聞いた。自殺未遂の件はニュースでも報道されてたから知ってるけど、人間関係を知りたいのよね?」


 「はい、私の友達の彩華の日記に、恋人に裏切られたことと、虐めに遭っていたことが書いてありました」



 凛は「なるほどね」と何かを考え始めた。



 「時系列は覚えてる? いつ頃から恋人との関係が悪化したのか、虐めが始まったのはいつだったか、それがヒントになるかも」



 春香は日記の内容を思い出そうと両眼を閉じる。日記が始まったのは、今年の一月一日。そこから二ヶ月ほどは幸せな日々を暮らしていた。


 彼氏に裏切られたと書いてあったのは、四月に入ってからで、虐めを受けていると書かれていたのは、確かその数日後だった。


 つまり、二年生になった途端に環境が大きく変わったことになる。



 「四月に入ってから、恋人との関係がおかしくなって、虐めが始まったと書いてありました」



 憶測で話すことは、彼女たちのために避けようと凛は脳内で仮説を立てた。かつて警視庁で刑事をしていたときに、同じ部署の司令塔が行っていた方法だ。もちろん、彼の頭脳には遠く及ばない。



 「遅れた、悪い」



 話に夢中になっていると、テーブルのそばに圭が立っていることに誰も気が付かなかった。



 「遅い、人を呼び出して遅刻?」


 「ごめんって」


 圭は玲央と天を奥につめるように促し、端に座る。



 「ま、時間通りに来る圭くんの方がおかしいか」


 「それを言われると、返す言葉がない」


 「久しぶりね。麻衣ちゃんとは順調?」


 「ああ、仲良くやってる。ふじとはどうだ?」


 「相変わらずうるさいわ。楽しいけどね」



 圭と凛が親密に話していると、玲央が恐る恐る口を挟んでくる。



 「あのー、おふたりはお付き合いされてるんですか?」



 あまりに仲が良さそうだったため質問してみたが、天は明らかに玲央を見て呆れている様子だ。



 「違う。俺には彼女がいる。というか、会っただろ」


 「私も生涯を添い遂げると決めた相手がいるのよ」



 凛は左手を玲央に見えるようにかざす。薬指に綺麗なシルバーリングがあった。



 「結婚してるんですか?」


 「ええ、新婚よ」



 玲央は肩を落とした。


 失恋。


 「そんなことより、そろそろ電話がくると思うんだが」



 圭がスマートフォンを取り出したと同時に、着信があった。画面に表示されている名前は、久々に見るある人物のものだった。


 画面を指で横にスワイプすると、ビデオ通話で相手の姿が映る。



 「悪いな、休みに時間作ってもらって」


 「構わないよ。久しぶりに犯罪対策課が動くみたいで懐かしいし」



 圭は全員がカメラに収まるようにスマホを壁に立てかけると、画面に男性と女性が映った。


 細身で微笑む男性と、彼と親密そうに密着している小柄な女性だ。



 「あら、随分と関係が進展したのね?」


 「凛さん、私告白されちゃいました! 正式にカップルになりましたよ」



 女性は高い声をスマホのスピーカーから響かせる。その話はまた今度、と男性は隣の女性に言い聞かせて強引に話を切った。



 「で、その子たちが相談者かな?」


 「ああ、春香、芽衣咲、玲央、天だ」



 圭は画面に映る四人を端から順番に紹介した。彼の頭脳ならば、一度名前を聞くと覚えてしまうだろう。



 「僕は結城ゆうき斗真とうま。で、この娘は雨宮あまみやさくら。よろしくね」


 「私は斗真くんの彼女、件アシスタントです」



 彼女であることは特にこの場では関係がないのだが、浮かれている桜はどうしても宣言がしたかったらしい。



 「圭から話は聞いたよ。で、僕なりに考えてみたんだけど、この話の裏にもっと大きな何かが隠れている気がする」


 「大きなもの、ですか?」



 芽衣咲は他の三人と顔を見合わせる。恋人との関係の拗れ、虐めはすでに学生にとって大きな問題なのだが、斗真が言うことはさらに大きい何か、という意味だろう。



 「まあ、詳しくはわからないんだけどね。ただ、慎重に動くべきなのは確かだ。学校で起こった出来事なら、すべては学校内に原因がある可能性が極めて高い」



 それは、芽衣咲も同じことを考えていた。彼氏は同級生か先輩か、もしくは後輩の可能性も僅かながらあるが、彩華を自殺にまで追い込んだ出来事が、あまりにも立て続けに起こっている。それぞれに関係があると思うのが通常の思考だ。



 「そこで、ひとつ頼みがあるんだ。実際に調査に動けるのは四人だけだから」


 「頼みですか?」



 玲央が画面の中にいる斗真の言葉に食い付いた。



 「ああ、あるものを手に入れて、持ってきてほしい。それができれば、関口さんの人間関係は特定できる」



 斗真から受けた依頼は、芽衣咲と春香が動くことになった。実行は明後日、内容はそこまで難しいものではない。


 これで真相に近付くことができると良いのだが・・・。

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