07 彼女の行方

 ◆13




「やっぱりそうでしたか」

「はい……」


 レンリの不安は的中した。ナナハネが訪ねたが、実家にオーウェンの姿はなかったのである。

 それどころか、両親は彼女が過労で長期間休職していたことさえ知らなかったと言う。 何はなくともこまめな連絡を欠かさなかった娘の突然の失踪に、両親はすっかり打ちのめされてしまったらしい。

 事態を説明するナナハネも、大いに困惑していた。

 話もできないような状態だったオーウェンは、一体なぜあのような手紙を書き、一体どこへ姿を消したと言うのか。


「あの、スカーレット社長。このこと、自警団には報告しなくていいんですか? 自警団って、依頼すれば行方不明になった人も探してくれるんでしたよね。協力してもらった方が早く見つかると思うんですけど」


 希望と疑念の入り混じった表情で、ナナハネが尋ねる。

 あまり広さのない社長室。たったまま話し込むナナハネとレンリの向かいには、手入れの行き届いたソファーに座して作業をするスカーレットの姿があった。

 正鵠を射たナナハネの指摘に、スカーレットは書類を捲る手を止めることなく応じた。


「ああ、そのこと。魔法教会からの命令でね。解決するまでは情報を漏洩してはならないんですって」

「まあ、そうなるでしょうね」

「でも、人の命がかかってるかもしれないのに……」

「あくまでも、私たちの所属は魔法教会だもの。上が黙ってろと言うなら、それに従っておいた方がいいのよ」

「そうですけど……」

「僕等は好きで入ったわけじゃないんですけどね」


 ナナハネとレンリは、それぞれに腑に落ちない物を抱えながらも、一応の納得を見せた。諦念と言うべきかもしれない。


 自警団は、表向きはあらゆる権力に対する中立を掲げている。例え権威ある者であろうと犯罪者は取り締まられ、相応の刑罰を受けるべきだ。耳障りの良いこの主張には、多くの市民が同意を示すところだろう。

 だが、その内情はそう単純なものではないと言うことも、また事実なのだった。



「スカーレットさん。このノートを調べていただけますか?」


 沈んだ空気を払しょくしようと動いたのは、意外にもレンリの方であった。オーウェンのデスクから持ち出してきた2冊のノートを、ソファーに座るスカーレットに手渡す。特に使い込んだ形跡のある物を選んできていた。間違いなく彼女の物であると、そう断言できる物を。


「これを見ればいいの?」

「はい。オーウェン先生のデスクにあった物です。念のために2冊持ってきました。何か手掛かりが残されているといいのですが」

「魔力の強さとか性質とか、そのくらいしか分からないと思うけど、いいわ。やってみましょう」


 本人の許可なく持ち出してきたことを、咎める者はない。今はそんなモラルを順守している場合ではないのだ。


「それじゃあ、失礼して……」


 スカーレットは大きく深呼吸をすると、徐にノートをデスクに置き、両手を翳した。細い指で慎重にノートを捲り、その都度両手を翳して確認していく。傍らの二人に見えるのは、ぎっしりと書き込まれた文字や図形だけである。


 彼女には、常人では持ち得ない特殊能力がいくつか備わっている。そのうちの一つが、所持品に残った魔力痕まりょくこんを感じ取ることであった。


「……」

「どうかしたんですか?」

「ねえ、ナナハネちゃん。さっきの手紙、ちょっと貸してくれる?」

「はい」

「二人とも、ちょっと静かにしててね」


 ノートをレンリに預け、ナナハネから1枚の紙を受け取ると、即座に両手を翳す。オーウェン宅の玄関に張り付けてあった物を、ナナハネが持ち帰ってきていた。


 スカーレットは何かを思案しているのか、じっとしたまま微動だにしない。呼吸をするのさえ躊躇われるような、固く冷たい沈黙。立っている二人は、彼女の動きをただ待っている。


 どれほどの間そうしていたか、ついにスカーレットが動いた。しかし声はない。手紙をナナハネの手に押し付けると、レンリの手から再度ノートを奪い、同じように手を翳しただけだ。

 ただし、今度はさほど時間を要さなかった。ノートをデスクの奥へ押しやり、いつものポーカーフェイスに戻ると、張り詰めていた部屋の空気がようやく音を取り戻した。


「スカーレット社長? 何か分かりました?」

「あのー、どうかしたんですか?」


 再度問う二人に軽く頷いて応じると、スカーレットは淡々とその事実を言葉にした。


「オーウェンさんなんだけど、もうこの世にはいないわ」

「えっ!?」

「は?」

「あなたたちには言ったことなかったかもしれないわね。死者の魔力痕ってね、一日も経たずに大気中に霧散して消えてしまうのよ。このノートからは、誰の魔力痕も感じ取れなかった。こんなに使い込んだ形跡があるのにおかしいと思わない? つまり、そういうこと」

「そ、そんな……」

「一体何が……」

「死者の魔力痕が完全に消えるまでは一日かかるかかからないか。と言うことは、彼女は、遅くても今日の朝には亡くなってたことになるわね」


 淡白な調子で告げられる事実に、聞いている二人は動揺を隠せない。しかし、続く彼女の言葉は、さらなる驚愕を齎すものであった。


「それから、こっちの手紙は、オーウェンさんが書いた物じゃないわ」

「えっ!?」

「は? それは……」

「いるんじゃない? 今、彼女の居場所を詮索されると困る。そう言う人が」




 ◆14




「今日は、魔法を打つために必要なことについてもう少し考えてみたいと思います。この間、魔法を打つためには杖と詠唱が必要だと教えましたね。それでは、杖を構えて詠唱をすれば、みなさんでも魔法を打てるのでしょうか」

「打てるの? あたしにも打てる?」

「打ってみたーい!」

「魔法、出してみたい!」


 瞳を輝かせ、口々に主張する子供たち。元より子供と接することを苦手としていたレンリだったが、着任当初に比べればずいぶんと慣れたものだ。


「残念ながら、答えはノーです」

「ええー?」

「魔法を打つためには、体内に流れる魔力をコントロールできるようにならなくてはなりません。みなさんは、自分の中に流れる魔力を感じたことはありますか?」

「うーん……」


 生徒たちは、揃ってきょとんとしている。この年の子供にはまだ、魔力に対する感覚が育っていないのだ。


「それから、頭の中でのイメージもとても大切です。みなさんはこれから、魔法とはどう言う物なのかについて学び、それぞれの属性の特徴を知り、体内の魔力をコントロールする方法を勉強していくのです」


 頷く者、首を傾げる者、落ち着きのない者、退屈そうにする者。年端のいかない子供たちにこの話が理解できるかは怪しいものだが、レンリはカリキュラムを忠実にこなしているに過ぎない。


「もちろん実践も大切です。今は初等部の最初ですから、退屈な座学ばかりですが、来年からは瞑想の練習も始まりますよ。初等部を卒業し、中等部を卒業する頃には、みなさんも一人前の魔法師になれるでしょう」

「それっていつ? 明日?」

「何年先?」

「まだまだだよー」


 再び教室内を満たす幼いさざめき。レンリは、そんな生徒たちには構わずに授業を進めて行った。

 魔法基礎の授業を教えながらも、彼の心中は落ち着かず、平静を装うことで精一杯であった。


 この日は、午前中にナナハネが再度オーウェンの自宅を訪ねることになっていた。それも、今回は、スカーレットと言う切り札を伴っている。

 彼女にはもう一つ、突出した能力がある。魔法痕、つまり、魔法が使用された形跡を瞬時に探知することだ。

 オーウェンの身に何かが起きていて、もしもそれが魔法によるものであれば、彼女の慧眼が見逃すはずがない。

 ただし、魔法痕も3日ほどで探知することが困難になってしまう。オーウェンの手掛かりを得るためには、なるべく急がねばならなかった。





 心急く授業がようやく終わると、纏わりついてくる生徒たちを交わし、レンリは校庭へと飛び出した。暗記したマップを脳内に描きながら、人気のなさそうな裏庭へ。これからする話を誰かに聞かれることは避けなければならなかった。


「扉を壊して家に入ったんですけど、どこを探しても中には誰もいませんでした」


 液晶画面の向こうから聞こえたのは、あからさまに落胆したナナハネの声であった。


「隣の家の方は、昨日の朝までは人の気配があったって言うんですけど」

「昨日の朝までですか」

「はい。朝からお風呂を作ってる音がしたそうです」

「朝から入浴? ずいぶん余裕じゃないですか。言葉が話せないほどダメージを受けているようには思えませんね」

「そうですよね……。私もそう思います」

「他に変わった様子は? 誰かが訪ねてきたりとか」

「特になかったそうです。争う声も聞いてないって」

「そうですか」


 昨夜のスカーレットの言を思い出す。オーウェンは、遅くとも昨日の朝には亡くなっていたはずだと言う。自宅に遺体がないと言うことは、昨日朝に彼女を連れ出した者がいたか、あるいは、自宅で死亡して隠ぺいのために連れ去られたか。


 その時、液晶画面の向こうから不規則な雑音が聞こえてきた。不快なそれに、困惑気味のナナハネの声が重なる。


「あのー、ナナハネさん?」

「おもしろいことが分かったわよ」


 ミミアから聞こえてきたのは、純白の雪を連想させる凛とした女の声であった。


「スカーレットさん? 何が分かったんですか?」

「家の中には、魔法痕がいくつか残ってたわ。全部炎属性で、日常的な魔法ばかりよ」

「魔法痕と言うのは、使用者が死亡してもなくならないものなんですか?」

「なくならないけど、それがどうかしたの?」

「いえ。オーウェン先生の主属性は炎だったと聞いています。彼女が昨日の朝まで生活していたのは間違いないわけですね」

「それは違うんじゃないかしら?」

「はい?」


 脳内で汲み上げていた仮説の前提を否定され、レンリはただ翻弄されるよりない。胸中で疑念が生まれ、渦を巻いて、また霧散する。

 思考がまとまらない。真実は、一体どこにあると言うのか。


「あのー、言っている意味が分かりません」

「それでね、家にあった物の魔力痕を調べてみたの」

「それは、夕べのノートで確認してもらったはずですが。彼女の魔力痕はもう残っていないんじゃ……? まさか……?」

「そのまさかよ。この家に残されてた魔力痕なんだけど……」


 スカーレットの口から語られた決定的な事実に、レンリの型眉が跳ね上がった。


「それは、つまり……どういうことですか?」

「そこから先は、あなたが考えることでしょ?」


 さも当然のように言って、声の主はくすりと笑う。きっと今の彼女は、自分の腰に片手を当て、得意顔で微小していることだろう。


「それじゃあ、私たちは帰るわ。商談の約束、時間をずらしてもらったから遅刻できないわ。行くわよ、ナナハネちゃん!」

「ちょっ、えっ、あの……!?」


 レンリの返事を待たずして、戸惑うナナハネの声が途切れた。

 この会社の社長、如何なる時も切り替えの速さと思い切りの良さは随一である。自身が関与するのは必要最低限と言うのが、彼女の経営者としてのポリシーらしい。ポリシーなどと最もらしく語ってはいるが、取りも直さず、大概のことは秘書や社員に任せきりなのだった。


 気がつけば、遥か頭上から陽光が燦燦と降り注いでいる。ミミアで確認すれば、昼の休憩時間が終わりを告げようとしていた。


「なるほど。そう言うことでしたか」


 青色の上着を羽織り治しながら、ぽつりと独り言ちる。

 ここカルパドールは、アドリアット大陸の中では最も気温の変動が激しい土地だ。今は、一年の後半に差し掛かろうとしている、ミスティーの月。半袖に薄手の上着でちょうど良い程度の、過ごしやすい時期である。


「それなら、もう一つ確かめてもらいましょう」


 こんな時まで丁寧語が抜けないのは、それ以外の話し方を知らずに育ったからだ。レンリは、一度懐にしまったミミアを再び取り出すと、手慣れた動作で同僚の名前を数回叩いた。


「すみません、ナナハネさん。あなただけ、そこに残っていただくことはできませんか? 探していただきたい物があるんです」

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