第14話

「今日は私の番になったからよろしくね」




 今日の昼休み、机を挟んで向かいに座った林さんがにこにこと笑顔を浮かべて話しかけてきた。


 それまでの休み時間は5人の姿が毎回なかったから、たぶん彼女達で話し合っていたのだろう。


 そして、私の番って事は順番を決めたって事なんだろうな。


 まあ、1人ずつ話して仲良くなることに不満はないし、林さんの言葉に俺は素直に頷いた。




「林さんの番ってのは分かったけど、具体的にどうなるのか教えてくれる?」




「うん。こっちで勝手に決めちゃって悪いんだけど。とりあえず、1日おきに1人ずつ上田君と色々話してみようってなったの。そうしないと昨日みたいに皆好き勝手して、私なんて全然話せなかったしね」




「でも、俺今日金田さんと放課後約束しているんだけど?」




「ああ、それは行ってもらっていいわよ。帰り道私だけ真逆なんだもん。まあ、佑衣子も高宮も方向違うから、帰る時は茜か貴子とになるんじゃないかしら。そこまではちょっと決めてなかったけど、放課後までガチガチに決められても嫌でしょう? それに、それぞれ用事がある時だってあるし。今日も私習い事で急いで帰らなきゃいけないから」




 うーん、林さんって常に笑顔だし凄く柔らかい口調ではあるんだけど。なんか、上手く言えないけど有無を言わせないってのが一番近いだろうか。そんな印象を受ける。


 まあ、色々説明しなきゃいけないからこんな印象を受けたのかもしれないけど。


 そんな事を思いながら、俺は分かったと林さんに返事をした。




 さて、いざご飯って訳なんだけど、すっと林さんからお弁当を差し出される。


 困惑して彼女の笑顔を見ると、説明を始め出す。




「皆被っちゃったんだけど、全員お弁当をを2個ずつ作ってきちゃったのよね。でも、上田君お弁当6つも食べられるほど大食漢じゃないでしょ? あ、もし食べられるなら皆の分集めてくるけど」




「いや、流石にそこまで食べられないな。皆には悪いと思うけど、助かるよ。ありがとう」




「で、私のお弁当は食べてくれるかしら」




「ああ、勿論喜んでいただくよ。ありがとう」




 なんだろう、お互いにこやかに喋っているはずなのに、やっぱり歯に何か詰まったような感覚が抜けない。


 うーん、凄くやりづらいなぁ。


 幸い無理に喋らなくてもご飯を食べれば良いので、話題作りの意味も込めて林さんから受け取ったお弁当から手を付ける。




「おお、彩り奇麗だな。凄く美味しそうだし楽しみだ」




 既製品なのか手作りなのかまでは流石に分からなかったけど、開いたお弁当の中身は凄く色とりどりで見ただけで楽しい。


 アスパラベーコン撒きやミートボールと言ったお肉系だけじゃなく、きんぴらごぼうやら野菜炒めやら。男子高校生ならとにかく茶色い感じに仕上げた方が喜ぶ奴が多いのだろうけど、俺は前世の影響も大きいのか野菜も好物だ。


 つまり好き嫌いがほぼないわけで、寧ろ色んな味が食べられる事を嬉しく思いながら手を付けていく。




 おお、どれもこれも全部美味しい。


 自然と笑みも零れ、ガツガツとあっという間に全部食べてしまう。


 うちのお母さんお手製の弁当も凄く美味しいが、こちらも同じくらい美味しかったと。




「ありがとう、滅茶苦茶美味しかったよ。これって手作り? だったらなお凄いなぁ」




「お粗末様でした。そうだね、料理も習っているから自信あるんだ」




 感動しながら言った俺の言葉に、さらっと林さんは返した。


 うーん、ほんと笑顔で柔らかい感じなんだけど、それが一切変化しないんだよね。


 なんか、それが作られたものっぽく感じられてきて、少し微妙な気持ちになってしまう。




「えっと。このお弁当箱は洗って返した方が良い? それともそのままが良い?」




「そのままで良いよ」




「分かった。そうだ。今度は俺が弁当作ってくるよ」




「えっ?」




 思いつくまま口にしていたのだけど、弁当を作るって部分に林さんは目を丸くする。


 意図していた訳じゃないけど、初めて林さんの表情を崩せたな。


 驚いている林さんはすぐ返事できなかったので、そのまま俺が言葉を続けた。




「一方的ってのもおかしいと思うし。ほんと美味しかったからね。それに、一応俺も料理は出来るから、是非お礼に作らせてほしいなって」




 少し探るような感じで俺の言葉を聞いていたのだけど、林さんはすぐにいつものにこにこ笑顔に戻る。


 さて、彼女は俺の提案を受け入れてくれるだろうか?


 ちょっとばかし緊張して待っていると、彼女は縦に頷いてくれた。




「それじゃあ、楽しみにしているね」




「おう、任せておけ。えっと順番って事は来週かな?」




「5人だし、そうなるわね。あっ、言い忘れていたけど土日も好きにしていいから。まあ私は習い事で動けないけど」




「へー、林さんってほんと習い事沢山しているんだなぁ」




「そりゃ分家って言っても龍宮寺に連ねる一族ですもの、知らなかったの?」




 にこやかに話していると、ちょっと不思議そうに林さんに聞かれる。


 その様子に龍宮寺と関係があるって言うのは周知の事実なんだなって思う。ただ、最大の問題は龍宮寺ってどのくらい力があるのかさっぱり分かんない。


 ともかく、学校中で知らない人はいないレベルでのお嬢様って事だとは理解した。




「そうなんだな、知らなかったよ。それにしても、頑張ってて凄いなー。俺も見習わないとな」




 まあ、これが前世みたく社会人で上司や取引先のお偉いさんのお嬢さんなら滅茶苦茶気を遣っただろう。


 だけど、今はお互い学生だし。権力振りかざされたら太刀打ちできないから距離をとるだろうけど。今の時点では仲良くなろうとしているし、純粋に自分の感想を伝えたのだが。


 先ほど以上に驚かせてしまったようで、ぽかんとした表情を林さんは浮かべた。


 お嬢さん、口まであいちゃっているよ。




「え? いや。それだけ?」




 心の中で林さんに突っ込んでいたら、茫然とした表情のままそう呟いた。


 その様子を見るに態度を変えてくる相手ばっかりだったんだろうなって思ったけど。それと俺は関係ないので林さんの言葉に頷いて答える。




「もしかして何か気を悪くしたら謝るけど。頑張ってて凄いなってのは本気で思ってるよ」




「いや、そう言う事じゃなくて……え? 本気?」




 ……え? 彼女の反応のせいで滅茶苦茶怖くなってきたんだが。


 もしかして、龍宮寺ってそんなにヤバい感じなの? もしくはヤクザの総大将みたいな? やばい。よく分からん。


 どんな反応をしても良いか分からないので、困惑したまま次の彼女の言葉を待つことにした。


 そんな俺の様子を見ていた林さんは、困惑したような感じで喋り出した。




「その様子を見ている限りわざとって訳でもないのね。それはまあ良いとして……本当に上田君? 誰にでも暴言吐いてた姿から想像もできないんだけど」




「うっ、それについては本当に申し訳なかったって思っているよ。それは勿論暴言吐いちゃってた全員にね」




「ほんと人って変わるものねぇ。ちょっと興味出てきたかも」




 話している途中で林さんはいつもの笑顔に戻っていたのだけど、口調がどこか楽しそうになっていた。


 ちょっと興味が出てきたって事は、少なくとも彼女は俺に興味があって俺の周りに来たって訳じゃないんだな。


 赤井さん達の中の誰かが興味をもって、仲が良いからグループで近づいてきたって感じなのかな?


 内心でそんな分析もしつつも、苦笑いを浮かべて彼女へと話しかけた。




「まあ、今までが今までってのはあるし。これからを見てくれたら嬉しいなって思うよ。っても失った信頼って取り返しが付かない場合もあるし。取り返せるだけ頑張るしかないけど」




「って事は、面と向かって嫌いとか言われても大丈夫なの?」




 俺の言葉に興味津々に林さんが問いかけてきた。


 その姿は先ほどまでと違い、生き生きとしていてこれが彼女の素なんだろうと思う。




「そりゃ悲しいけど仕方ないと思うよ。そもそも俺が先にやらかしているし」




「オッケー。それじゃぁ言っちゃうけど。私あんたの事大嫌いだから、もし友達傷つけたら家族ごと潰してあげる」




「は?」




 満面の笑みで楽しくて仕方ないと言った感じで放たれた林さんの言葉に、俺は間抜け面を晒してしまう。


 いや、そりゃそうかもしれないけど、まさか面と向かって言われると思わなかった。


 そうやって呆ける俺をニコニコと林さんは見続ける。


 あー。まあそりゃそうか。暴言吐かれまくって急に態度変えられると寧ろ気持ち悪いって思う人間の方が多いよなぁ。


 俺だって前世で似たような経験ないでもないし、非常に納得してしまった。




「あー。傷つけないように気を付けるけど。流石に無意識でやらかすこともあると思うんだ。だから、やらかしたら普通に注意してくれると嬉しいし、俺だけならともかく家族までは手を出さないでくれ。俺に来る分にはちゃんと受け止めるからさ」




 なんとか感情を落ち着かせ、その間に出た結論を林さんに伝えた。


 その言葉に、林さんは楽しそうに口を開く。




「どこまで本気か分からないけど、じゃあ何かやらかしたら私が注意してあげるわ。それに、家族まで潰すってのも貴方次第って事にしてあげる。ふふふ、今後が楽しみね」




 言い終え、唇を舌でなぞった林さんの姿にゾクりとしてしまう。


 まるで蛇に睨まれた蛙のような気がして、今後の行動に気を付けようと俺は気持ちを改めるのだった。

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