第14話

〜朝 アレストの部屋〜


「……」

指にざらざらとした感触。赤く塗った爪に乗っているのは、砂だった。

「やはり砂時計から漏れているのか」

声に出してしまう。こんなこと誰かに聞かれたら、きっと大変なことになる。慌てて口を閉ざす。ノック音。メイドだ。

「おはようございます。アレスト様、お洋服をお持ちしました」

「……あぁ。そこに置いておいてくれ。今日からは自分で着替える」

「えっ。あ、そ、そうですか。それでは失礼します」

着替えている時に砂時計の砂のことがバレたらまずい。アレストは真っ白な王子服に身を包むと、ため息をついた。

「あと3年か」

「どうしたらいい?俺は……」

「いや、『分かっている』」


「あれさえ成功したら……きっと何かが見える」



〜昼 書庫〜


「俺の時計が脆くなっている……」

アレストの体と時計が適応しない……混血による影響があるとしたら、使うのは純血が好ましい。それも、シャフマ王族の血が良い。

「……ツザール村の娘」

これ以上ない逸材だ。

ルイスは、アレストよりもずっとシャフマ王族の血を継いでいる。

(おそらくだが、ルイスの血は初代王子よりももっと前のレアンドロ家の血だ)

二代目王子からは砂時計の継承によって男一人しか生まれていない。

(さすがにそこまでは観測できないだろう。ルイス自身だって分かっているかどうか……。レアンドロではなくオーダムという苗字なのは母系だからか?)

1000年よりも前の先祖のことなど、誰が知っているというのだろうか。

(確信が得られないと、ダメだな)

(……いや、それ以前に)

(実験の同意を……)


「アレスト!」

「っ!?」

聞き慣れた声に肩が上がった。

「ルイスか。驚いた」

「調べ物?熱心ね」

「あぁ……」

「本に載っていたの?」

「いや、文書にはなっていないことだった」

「そう。残念ね。……あら」

ルイスがアレストの手を取る。

「爪の赤色、少し剥がれてきているわね」

ぞくっ……背筋に『何か』が走る。

(何だ?感じたことがない)

ルイスに触れられると、不思議と激しい感情に襲われる。

(だが、嫌ではない。むしろ……)

幸福の類。

「塗ってあげる。……アレストはやっぱり赤が似合うわね」

「それ、常備していたのか?」

「だって、あんたはすぐに爪を汚すでしょう?」

ルイスがふっと笑った。

(あ……あぁ、何だこれは……。こんなに思ってもらえて嬉しくてたまらない……!)

目頭が熱くなる。

「相棒、ありがとう」

「何で泣きそうなのよ。本当に爪を塗られるのが好きなのね」

「うん……」


(あぁ、手離したくない)

(しかし、このままでは大陸が沈むかもしれない)

(どうして……『あんたはルイスなんだ』)



(どうして、あんたじゃなきゃいけないんだ)



言いなりになる許嫁なんて腐るほどいる。忠誠を誓う臣下だって、砂時計のために命を捨てる信者だっている。

なのに、何故……。

(例外のあんたなんだ。何故あんたはルイスでなければならなかったんだ)

失敗など許されない。人の命を使うのだ。ルイス以上の適任はいない。きっと。

(『神』になればいいんだ)

(俺にはそれができる)

(……だが、神になんてなりたいもんか。俺はずっと抗ってきたじゃないか!!)

(俺が俺でいられたのは人間だからだ!この体も、この心も)

(感情で、衝動で、欲望で出来た……人間だからだ!!!!!)


(あぁ、だが……)


「アレスト?」


(俺には大陸を沈める力がある以上、本当の人間になんてなれないのかもしれない)


ルイスの赤い瞳。それはアレストにとって


救済であり、絶望であった。

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