第19話 夏の星空の下

演劇部の部員達が各々の作業場所で買ってきた夜食を食べており、美咲達と一緒に私も立飛くんの作業場所である空き教室で食べることにした。

 教室には背景用の特大パネルに机には数枚の写真にカメラが置いてある。

 皆で人数分の机と椅子を並べる中、私はふと写真を見てしまう。

 古い日本家屋の写真に向日葵畑の写真。

 恐らく日本家屋は文化祭用の資料写真だろう。


「あ、梅とシャケ、ツナマヨお握りがある……これ美咲が選んで買ってきたの?」


 買ってきた袋の中を見ながら立飛くんが言うと美咲がニヤリと笑う。


「ほほーう。何故に私と?」

「いや、俺の好みを知ってるのは美咲と茜くらいしかいないし、あとヒロミか」


 立飛くんがこの場に居ないヒロミくんの名前を上げる。

 当のヒロミくんは他クラスの女の子達と食べると言っていと居ないのだ。

 流石はリア充男子!


「はい、残念ながら不正解! 正解は


 態とらしく言いながら美咲の肩を掴みながら私を押し出してしまう。

 しかも美咲の押し出しが強かった為か、立飛くんの顔が至近距離に迫る。


「えっと……これ四季島が選んだの?」

「う、うん。ツナマヨは立飛くんが好きって言ってたから……」

「そっか、ありがとう」


 私と立飛くんの間に流れる青春の香りに思わず茜は口に咥えたポーキーをリスみたく食べ続けて見ている。

 その空気に耐えられず真相を白状してしまった。


「あ、でも梅やシャケは美咲が選んだの! 私はツナマヨだけだし、立飛くんの好みは美咲が知ってるみたいだからさ」

「なんだそういう事か。美咲とは高一から同じクラスで席も近かったから。元気良すぎて授業中でも平気で『ねぇ、ハヤトハヤト。部活帰りに茜と一緒にきんだこ行くでしょ!? 行きたいでしょ!?』って話し掛けてくるからしょっちゅう先生に怒られたんだよ」

「うんうん、美咲って昔から元気が良いからね」


 何気な無い会話に私と立飛くんが笑いあう。

 私が白状した瞬間に何故か美咲と茜は目頭を押えていだが、最後の方で2人はガッツポーズをしていた。


 ******


 夜食を食べ終えるなり茜は衣装作りの打ち合わせが有ると言って教室を出て行った。

 まだ配役は決まっていないが、フリーサイズの羽織り衣装は作れる為だ。

 立飛くんはまだ他にもパネルが完成していないとの事で再びパネルと向き合い始め、美咲が「私達ヒマだから何か話そうよ」と言い始めたが邪魔しちゃ悪いと思い、私は小さく首を振って美咲を外に連れ出した。


「えーせっかく隼とのお話しタイムだったのに~」

「邪魔しちゃ悪いよ、美咲」


 子供みたく頬を膨らませる美咲。

 邪魔しちゃ悪いのは本音だが、何だか美咲と立飛くんが話している姿を見て心がざわつき、嫌な気持ちになりそうだった。

 すると美咲は何か考える様に顎に指を触れさせたながら――。


「よし! じゃあ碧、屋上で魔法しよ。今なら天文部しか屋上いないしさ」

「えええ!? 今やるの?」

「今やらないでいつやるの。碧は私の助手決定だから」

「え……」


 助手っていつ決まったんだろう等と考える暇もなく、美咲は私の手を引いて屋上に駆け上がった。

 扉を開けて屋上に出ると何人かの生徒達が望遠鏡を覗き込んでいる。

 美咲の言う、天文部の生徒達だ。

 天文部の人達は「急に雲ってきちゃったね」と言っており、空を見ると確かに薄く雲がかかっている。


「ね、ねぇ、美咲。出来れば誰も居ない所で……」

「大丈夫だよ。私が手伝うからさ」


 美咲は天文部の邪魔にならないように屋上の隅に引っ張るなりスカートのポケットから魔水が入った小瓶を取り出す。


「よし、まずは風魔法の簡単なやつからいくから」

「う、うん」


 魔法を使うとなると声から緊張が伝わってしまう。

 いつも練習の時は誰も居ない真夜中の公園や浜辺で練習していた。

 もちろん練習しても魔法は上手くならずに失敗ばかり。

 だけどそれでいいの。

 失敗を誰にも見られなければ恥ずかしくないし、何より心が傷付かずに済む。

 もう魔法で嫌な思いは散々味わったから。

 美咲が小瓶の蓋を開けては私も小瓶を持つ手を握り、そして2人同時に言霊を魔水に吹き込む。


「「我、汝星達の僕なり。汝星達の輝きと力にて風を起こしたまえ」」


 魔水が光輝いた瞬間、私と美咲は夏の夜空に向かって魔水を振り撒いた。

 夜空に舞う輝く魔水が星空の様に広がった刹那、まるで時間が一瞬止まった様な間が空いたと思った瞬間、突如として突風が吹き荒れた。


 ビューーーッ!!


 まるで何が爆発したように私達の頭上にあった雲達は円を描く様に消え……いや、消し飛んでしまう。

 それだけなら良かったのだが、突風は私や美咲、ある意味運悪く居合わせてしまった天文部にも襲いかかる。


「み、美咲!? これって!?」

「ちょっと魔法が強過ぎたかも!!」


 吹き荒れる突風に髪をめちゃくちゃにされながら耐える私達。

 天文部の生徒達は必死に望遠鏡を守っている。

 美咲の言う「ちょっと魔法が強過ぎた」って言う言葉のレベルを超えて台風並みの強さ。

 そして嵐が過ぎ去ると私と美咲は互いの髪を見て笑ってしまった。


「美咲、髪ボサボサだよ」

「あはは、碧だって」


 自慢になってしまうが、私と美咲は綺麗な黒髪ロングだと思う。

 美容室に行けば営業トーク抜きで髪が綺麗だと言ってもらえるが、およそ今の髪は綺麗とは駆け離れていると思う。

 何故なら美咲はいつも髪を1つにまとめ上げてポニーテール風にしている。

 だが今目の前に居る美咲の頭はアホ毛が生えていた。

 私はいつもストレートにしているが、まるでホラー映画に出てくる幽霊女の様に乱れて顔に髪がかかっている。


「ごめん、美咲。また失敗しちゃった……」


 髪を整えながら謝る私に美咲はいつもの様に笑顔で親指を立てる。


「ノープログレム! こんなの平気平気。私だって魔法は失敗するしさ。それにほら、魔法は失敗したけど、こっちは成功だよ」

「成功?」


 美咲が頭上を指さしおり、視線を上に向けると、そこには綺麗な星空が広がっている。

 美咲は一緒に空を見上げながら言った。


「薄曇りだったからね、これなら天文部も喜ぶでしょ。正にお婆ちゃんが言っていた通り『魔法は人を笑顔にする』だね、碧」


 美咲が得意気に言ってるのを聞きながら天文部を見ると確かに喜びながら望遠鏡を覗き込んでいる。


「そうだね。でもこれって『災い転じて福となす』だから偶々じゃない?」


 そう、別に私や美咲が狙ってやった訳ではないから。

 本当はそよ風程度の魔法を出そうと思っていたのだが私の魔法が邪魔をしたらしく、暴風になってしまったに違いない。

 だが美咲はいつもの様に笑う。


「細かい事は気にしない気にしない、あはは」

「もう、調子いいんだから」


 美咲のこういう所はちょっと羨ましい。

 私は美咲みたく上手く気持ちの切り替えが出来ないし、いつまでも悩んでしまうタイプだからだ。


「お、隼こっちこっち! ちゃんと雲は晴らしといたよ」


 美咲の口から立飛くんの名前を聞いた瞬間、また心が何故か高鳴ってしまう。

 思わず急いで髪を整えて振り向くと、そこにはカメラを持った立飛くんが確かにいた。

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