第8話 一緒に行こう
「あはは。見事に失敗したね、碧」
「笑い事じゃないよ、美咲。髪の毛だって少し焦げたし……」
あれから美咲は私と一緒に寝ると言い、布団を床に引いては寝転んでいる。
私が床に寝るよと言っても美咲は「いいのいいの。碧と話したいだけだからさ」と言っては譲る気は無いみたいなので私はベッドに横になった。
「ごめんごめん。復元魔法で治してあげたんだから許してよ」
「もう、調子が良いんだから……」
お風呂場での流星群魔法が失敗し、見事に綾子さんに怒られた。
美咲は自分が失敗したって綾子さんに言ってはいるが、それは嘘だ。
たぶん失敗したのは私。この中途半端な魔法使いである私の失敗。
一瞬嫌な思い出が甦った瞬間に流星群がおかしくなったから。
私の不安定な心……不安な気持ちがそのまま魔法に反映されたのだろう。
そんな私に美咲はいつだって優しく聞いてくれる。
「ねぇ、碧……魔法はいつから使えないの?」
「え?」
ベッドと布団。直にお互いの顔は見えないが、天窓に写る窓には私達の顔がぼんやりと写る。
目の前にある天窓の外には魔法は表現出来ない本物の星空。
天窓に写る私の顔。その顔は不安な表情を浮かべ、目尻に重なっていた星が涙の様に落ちていく。
「分からない……お母さんが入院してから殆ど使えなくなったの。今は簡単な魔法すら出来ない……」
「……そっか」
美咲はそれ以上は聞かなかった。
魔法使いの一族なのに魔法が使えない魔法使い。
きっと美咲自身は何も言わないが、内心は残念に思っているに違いない。
……何かの夢だと思いたいくらいに心が苦しい。
「ごめん、美咲。魔法使いの一族なのに魔法が使えないって、やっぱりおかしいよね……」
「それは違うよ!」
美咲は体を起こして私を見る。
優しい琥珀色の瞳が私に訴えた。
「魔法が使えなくたって碧は碧だよ。お婆ちゃんの可愛い孫に変わりは無い。もし魔法が使えなくて苦しいなら魔法なんて使わなくていい! 元気に笑って過ごしてくれるならそれでいいんだよ。たとえ魔法使いの血縁が途絶えたとしてもお婆ちゃんは碧の幸せを優先する、絶対に!!」
「美咲……私……」
横になりながら美咲を見たから涙が流れたのだろうか。
……それは違う。
悲しいから涙が流れたのだ。
泣き虫な私の手を美咲は優しく、そして温かい手で握る。
「大丈夫だよ、碧。そのうち魔法は使える様になるって。私も練習に付き合うからさ」
「うっ……ありがとう、美咲」
「ノープロブレムだよ、碧。偉大な魔法使いである私にかかれば直ぐに解決するから。だから悲しい顔はしないで笑顔笑顔。碧次第でこの世界は七色が輝く世界になるんだよ」
「うん」
泣き顔から必死に笑顔を見せる私。すると美咲が瞳を輝かせて抱き付いてきた。
「ヤバッ! 超可愛いよー碧!」
「ちょっと、美咲……ほっぺたをすりすりしないで」
「え~いいじゃん。碧のほっぺた色白でスベスベなんだもん。あ、なんだったら今夜は一緒に添い寝でも――」
「しないから!」
私の顔に自分の顔を擦らせてくる過剰スキンシップ魔法使いを引き離す。
「そうそう、碧。今朝、駅で隼と茜に会った?」
「はやと? あかね?」
今朝の記憶を甦らせる。
そう、駅のホームで盛大にずっこた私や改札で助けてくれたあの二人だ。
「駅で助けてくれた人かな」
「たぶんソレ。学校に行ったら隼が聞いて来たの、四季島って姉妹いたっけ? ってね」
恐らく隼さんの顔真似をしてるであろう美咲。
ん~実際の隼さんはもうちょっと違う気が……何と言うか胸が高鳴る感……アレ? 何でそんな事思ってるだろう私。
「でね言ってやったの。何ソレ、私を口説いてんの? ってさ。そしたら隼の奴、違ぇよって言って顔赤くしてどっか行ったのよ。あはは」
「あはは……そうなんだ」
思わず隼さんが気の毒に思えて苦笑いしてしまう。
「ま~後で茜にも言っといたけど、碧は私の親戚だって話をしといたから。あと校長先生にも言っておいたけど、早速明日から学校に一緒に行くから」
「へー学校に……えええ!? 明日から学校に!?」
思わず声を張ってしまい、またしても恥ずかしくなる。
「そう学校。制服は私の予備を使えばいいし、諸々はお母さんが話を通したから」
「ムリ……無理無理! だって登校は来週からだよ!? いきなり明日から学校なんて無理ばい、美咲。知らん人達ばっかりばい! あっ……!?」
ついつい博多弁で喋ってしまう。
ただでさえ博多の学校でも引っ込み思案で友達が少ないのに、誰も知り合いが居ない学校はハードルが高過ぎる。
しかも方言は笑われるのがオチだ。
「大丈夫だよ。茜や隼も同じクラスだし、皆良い子だよ。碧の寝顔写真をクラスLINEに載せたら皆喜んでいたよ? 特に男子が」
美咲がスマホの画面を見せる。
画面には私に対する歓迎の言葉の数々が写っていた。
「いや~流石は碧さん。早速男子達のハートを射止めるとは隅に置けませんな。このこの、罪な女め」
私の脇腹を小突く美咲だったが流石に緊張してしまう。
「で、でも美咲! 私、友達が誰も――」
その瞬間、美咲は私の肩を力強く掴み――。
「大丈夫だよ、碧。人類皆1回でも話したら友達だからね! あはは」
「それ全然違うから!!」
流石は美咲。強力なコミュ力に私は屈してしまう。
圧倒的なコミュ力の差を見せつけられた私は流れを変えようと例の質問をぶつける。
「美咲、例の喫茶店の――」
「おっと、もうこんな時間だ。碧、夜更かしは肌に悪いよ。じゃ、おやすみ!」
「えええ!? ちょっと……」
速攻で布団にくるまる美咲。
それ以降は何を聞いても美咲は狸寝入りを決め込んでしまったらしく、わざと寝息を出しながら質問に答えない。
私は諦めて天窓を見ながら夏の星に願い事をかける。
「大丈夫かな……私」
その言葉に早速願い事が叶ったのか、ベッドの下から「……碧なら大丈夫。私が付いてるからね、偉大な魔法使い美咲がね……」と同じ一人言が返って来た。
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