Ⅱ-Ex ナイトオブリカー
酩酊のフィレナワール
「この次の飲み屋、唐揚げ美味しいんだよね」
「そ、そうですか」
酒を小ジョッキに一杯しか飲まない茂樹くんを引っ張ってやってきたこの飲み屋の唐揚げの味にも、そろそろ飽きてきた。
「もう一軒行こうよ」
「ええ……まあいいでしょう、野菜は食べられるんでしょうね?」
「なんで敬語なの」
「お酒を飲むとこうなるんです!」
「まあいいや、次行くよ」
「はいはい」
お金を払って次の店に行く。この店は全国のお酒が殆ど……有名どころはもちろんのこと、珍しいお酒もひとしきり揃っている優良物件だ。
「奥の個室って入れますか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。優花さん、行きますよ」
「はいはい」
茂樹くんと私は奥の個室に入った。
「五輪酒造の『月桂樹』をください」
「かしこまりました」
私はさらに焼酎と地酒10種類ほどをまとめてオーダーする。
「そんなに飲んで大丈夫ですか?」
「あ、平気です。私、お酒強いんで」
私は店員さんにそう言って、運ばれてきた一升瓶3本分ほどのお酒を片っ端から飲み始めた。
「……」
茂樹くんは呆れた目で見ている。15杯目を飲み始めて茂樹くんがいよいよ心配げな顔になったとき、不意に私の頭の中に怒りとも焦燥ともつかぬ感情が暴発した。
「あー……30歳だからって夢見ちゃいけないんですかね!?」
「え?」
茂樹くんは迷惑メールを見るような目で私を見た。すまないとは思ったが、噴出する感情はそんな目では止まらなかった。
「私だって女の子なんですよ?なんでこんなに自制しなきゃいけないの?こんな見た目で牛丼食べてて悪いですか?お酒好きで悪いですか?」
私は残った5杯のお酒を連続して飲み干し、立ち上がった。
「茂樹くん、帰ろっか」
化け物を見るような目で私を見る茂樹くんは、何か悟ったような顔をしている。
「お勘定は大丈夫ですか?」
「もちろん」
私はカウンターでお金を払い、店をあとにした。スイートラジオまであと交差点2つというところで、私の足下が崩れた。
「ゆ、優花さん?」
「ああ、大丈夫……」
「大丈夫なわけないでしょう!僕の背中に掴まれますか?」
「うん……」
私はなぜか酔っぱらった脳から送られてくる信号の通りに、茂樹くんに抱きついた。
「……」
茂樹くんが絶句する。やばいかもしれない。でもそれがどうでも良いぐらい、判断力がない。
「仕方ないですね」
茂樹くんは私をお姫様抱っこすると、歩き始めた。スイートラジオの通用口を器用に抜けて、居住スペースの畳の上に私を寝かせる。
「酔いすぎですよ……」
そう言って布団を用意する茂樹くんが、なぜかぼやけて見える。明らかに飲み過ぎたようだった。このあたりから私の記憶は曖昧である。
「好き……大好き……茂樹くん……」
気がついたとき、私はずっとそう言って茂樹くんを強く抱きしめていた。茂樹くんは寝間着だが、私の服装は飲み屋を3軒ハシゴした時のままだった。
「優花さん、やっと起きたね」
「え」
「夢が半分ぐらい現実になった気がしない?」
「……?」
「僕たちは大人になれないまま大人になった子供だ。だからこんな風に子供が考えたような恋愛をしているのかもしれないね」
茂樹くんはそう言って、私をぎゅっと抱きしめた。
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