終 アンノウン・フューチャーズ

エピローグ

「茂樹くん、大瑠皇紀の級宇宙戦艦『拔0002 タンバ』のプラモデルはどうだった?」

「あれは割と好評でしたね。外国人観光客が『COOL JAPAN』『JapaneseANIME』のハッシュタグで発信してくれたおかげで次作への期待が高まってるみたいですよ」

「そうかぁ……じゃあ『あさま』の次は瑠級宇宙戦艦『瑠108 ヒゼン』にしようかな」

「ありがとうございます」

「いや待てよ……やっぱり奮発して桃瑠のランドシップ『ラーウィー』をメガサイズで……」

「どれくらいあるんです……?」

「101センチ」

「店に置けません!」

「頑張って作るとするか」

「いや、やめてください。ヒゼンでいいです」

「わかった、利久村りくむら艦こと倭級巡航戦艦『倭001 緑龍』にしよう」

「ちなみにサイズは……?」

「スケール55000分の1だから30センチぐらいかな」

「ありがとうございます。ところでプラモデルの個展を開く気はありませんか?」

「どうしてだい?市販品の改造じゃないか」

「この前プラモデルについて記者に聞かれたんですよね……杉本館長が作ってるのを隠すの、大変だったんですよ」

「そうかぁ」

 食事会は雑談とともに進む。叔母さんが焼いたお好み焼きを食べながら、私は叔父に茂樹くんについて語っていた。

「叔父さん聞いて?茂樹くんの経営、すごいんだよ」

「もういい、わかった。茂樹くんが優秀なのはよーくわかった」

「優秀なだけじゃないんだって」

「惚気はそこまでにして、ご飯食べたら?」

「はいはい、わかったよ」

 私は叔母のお好み焼きを箸で取り、口に運んだ。

「おいしい」

「でしょ?私の腕もまだ落ちてないってことよ」

「そういえば早苗さんは琢朗先輩と付き合い始めた頃、私に料理の味見をさせてましたよね」

「そうだったっけ?」

「叔母さんそんなことしてたの?」

「衝撃の事実だな」

 驚く私たちの隣で「ひゅっ」と息をのむような声を出した茂樹くんがボソリとつぶやく。

「杉本館長……陰キャの同志だと思ってたのに」

「それはないでしょ。杉本館長の暴露とかで対抗してもいいんだよ」

 私は茂樹くんに冗談とともに声をかけると、ビールの栓を開けた。

「優花、早いよ。それに帰りはどうするの?車で来たんでしょ?」

「いいじゃん、別に。泊まってくし」

「それ先に言ってくれる?」

「私の部屋に泊まるから」

「杉本は?」

「私は歩きで帰ります」

「そうか」

 私はビールをコップに注ぐと、一気に飲み干した。叔父がジョッキを持って来て、茂樹くんに勧めている。

「茂樹くん、飲みなよ」

「いや……僕すごくお酒に弱いんです」

「何杯までいける?」

「小ジョッキ2杯です」

「そういえば茂樹くん、去年の秋頃に酔いつぶれたよね」

「そうだったね……あのときは水くらいの勢いで飲んじゃったからね」

「どうしてそんなに」

「優花さん強すぎません?」

「まあ私が7杯飲んだのも悪かったね」

「優花含め、小林家は酒に強いんだよ」

「へえ……」

 茂樹くんが少しずつビールを飲みながら、お好み焼きを平らげていく。茂樹くんは思いの外よく食べる。

「さて結婚祝いは終わったことだし、苦労話でもしますか?」

「なんでそうなるんだよ」

 ほぼ宴会と化した食事会は4時間ほど続き、気がつくと10時になっていた。そして片付けが終わって皆が寝た頃には日付も変わっていた。

「ちょっと風に当たってくる」

 誰も起きていないのに、いってきますと言って酔いを覚ましに外に出たとき、15歳の茂樹くんはもう1人の私だったのだろうという考えがふと思いついた。

「なんであの時は気づいてあげられなかったんだろう」

 そんな後悔が浮かんだ。15歳の茂樹くんは自分と同じようにたった一人の親を亡くし、たった一人の親が遺した繋がりに縋っていた。

「気づいてあげてたら……どうなってたのかな」

 そう思って家の前で立ち止まっていると、茂樹くんがドアを開けて出てきた。

「一緒に歩こうか?」

「うん」

 夜の山道を、二人で無言のまま歩いた。私は意を決して言う。

「中学生の頃……気づけなくてごめんね」

「いきなりどうしたの」

「あのとき茂樹くんがひとりぼっちなのに気づいてあげられてたら……」

「気づいてくれていたら、今の僕は僕じゃない。優花さん含め、同年代の誰も気づかなかったから今が楽しいんだ」


「これが幸せ……なのかな」

 叔父夫婦の家に戻って一人寝床の中で考えていると、茂樹くんがボソリと言った。

「これが愛なんですよ」

 私は「そうかもしれないね」と言おうとして、これまでの日々を頭の中で反芻した。そして、静かにうなずいた。


――私たちの前にあることが『わからないこと』であるうちは、私たちは愛や悪意に気づかないだろう。愛や悪意に気づくのは、『わからないこと』がなにかわかる瞬間だ。茂樹くんにさえも、わからないことはたくさんあるだろう。でも、いや、だからこそ、私たちは踏み出していけるのだ。追憶から遠ざかっていく、未来の最前線に。――

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