悠木の相談④

「で、いつの間に『亜由実』呼びなんだ?」


藤沢のことだ。

夏川絡みの話なら、絶対デレて照れまくるに違いないと踏んだのだが・・・・


”ん?なんだ?妬いてるのか?”

「はっ?」

”なんだ、可愛い奴だな、夏希は”

「ちょっ、やめろ、気持ち悪りぃな」


俺の予想に反して、藤沢は更に俺をからかい続ける。


”なに照れてんだよ、夏希。俺とお前の仲だろ?俺のことも、圭人でいいぞ”

「アホかっ!」

”なんだよ・・・・呼んでくれないのかよ、冷たいなぁ、夏希は。・・・・もしかして、ツンデレか?”

「お前、いい加減にしろよ?」

”あはははははっ!”

「俺を受験勉強のストレス発散のはけ口にしてるな?」

”あ、バレた?”


悪びれもせず、藤沢はさらりと認め、更に笑い続ける。


”あー、笑った笑った、面白かった!腹痛えや”

「お前なぁ・・・・」

”でも、瑠偉にはちゃんと連絡してやれよ?あいつほんとに、お前のこと心配してたからな?”

「わかったって」

”じゃ、な。夏希”

「ああ・・・・っておいっ、藤沢てめっ」


文句を言おうにも、既に通話は切られたあと。


「勝手に下の名前で呼ぶんじゃねぇっ!」


既に待ち受け画面に戻っているスマホに構わず、俺は叫びをぶつけた。


俺は、自分の名前が、昔からどうにも好きではない。

小さい頃から、よく女に間違われていたから。

小学生や中学生の頃などは、よく『ナツキちゃん』『ナッちゃん』などと、からかわれもした。

思春期の男子にとっては、トラウマになりかねない経験だ。

でも。

【ルイの彼女は同じ年の『夏希』って子】だと、真菜さんが言っていた。

こんな俺の名前だからこそ、ルイの『彼女』として使えたんだろう。

あれは正直言って、俺の名前が『夏希』で良かったと、人生で初めて思った瞬間かもしれない。


ま、でも。

藤沢なら、いいかな。


ふと、そんな気持ちになったことに、自分でも驚いたが。


悠木にもいつか、呼んでもらえるだろうか。


そんなことを思った自分に、更に驚く。


いつか、なんて。

こないかもしれないのに、な。


胸の奥の小さな痛みに気づかない振りをして、俺は悠木に電話をかけた。



数度のコールの後、悠木はすぐに出たのだが。


”しじょーのバカ”


出るなりそう言い、いきなり通話を切られてしまった。


えっ?

・・・・えぇっ?!


どうやら藤沢は、悠木に俺の勘違いを先に教えていたらしい。

悠木の声は、かなり機嫌の悪そうな声だった。


藤沢よ、それならそうと、先に教えておいてくれないだろうか?

機嫌が悪いって分かってる悠木に電話するなら、俺にだって、心の準備というものが必要なんだぞ?

つーか。

悪いの、俺だけかっ?!


しばし悩んだが、もう一度悠木に電話をかけてみる。


”なに”


聞こえてきたのは、やはり、先程と変わらぬ、ものすごく機嫌の悪そうな悠木の声。

思わず、全面的に謝ってしまう。


「あ・・・・あの、悪かった。ごめん」


スマホ越しに聞こえてくる、大きなため息。

ここはもう、全面降伏するに限るだろう。

それが一番の、平和への近道だ。


”しじょー”

「はい」

”恋愛の形は、それぞれだけど”

「はい」

”私の恋愛対象は、男だから”

「はい・・・・え?」


えっ?

悠木、今、なんて・・・・?


などと、聞き返せる雰囲気では、もちろんなく。


”課題、明日見に行く”


機嫌が悪いままの悠木に、再び電話を切られてしまった。

だが、暫くの間、俺の頭から悠木の言葉が離れることはなかった。


悠木の恋愛対象は、男。


だとしたら。


俺はその対象に、いつかなることができるのだろうか・・・・

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