第34話 殺人の花

「なんだって!!!!」


 この間のことを気に病んでか。それとも、誰かに飲まされたのか。

 どっちだ?


 急いで扉に向かうと、その服をアルバートに掴まれた。


「落ち着いてください」

「離せ! 毒だぞ!? これが落ち着いてなんかいられるか!!」


 アルバートを睨みつけると、彼は俺の肩を強く掴んだ。


「レティセラさんが、自分で毒を飲むはずがありません! それに、今あなたが行けば、また彼女は狙われます。わたくし達にお任せください!」


「……ぐっ」


 その通りだ。

 ミランダという女が、なぜレティセラを標的にしたのか。それに、リムエルトが押しかけたことだって、あの場所に彼女がいる事をなぜ知っていたのか。


 俺たちは前から不審に思い、探りを入れさせていた。


 どちらの事も、内部にそうするよう仕向ける人物がいなければ、どちらも不可能なのだ。


 レティセラをよく思わない人物がいる。

 だが彼女は、ほとんど追い出される形でここに来ていて、自慢するものも、妬まれる要素もない。

 あるとすれば…………俺だ。


「毒の種類は?」


 ソファに座り、手を前で組んで俯いた。


「ケロルのようです」

「『殺人の花ケロル』なんて、そんな毒性の高いものなら……わたくしの差し上げたカップで分かったはずですが」


「ティーカップはテーブルに置いてあり、ちゃんと使っていたようです。レティセラは、自分が狙われていることを知らなかったので、少し不思議に思っただけだったのかもしれません」


「それより、今はどうしてる? まさか、」


 猛毒のケロルなら、少し時間が立っていたら死んでいてもおかしくないものだ。頼む、そうでないと言ってくれ。


「幸い、見つけたのがすぐだったようで、急いで医者にみせています。今は解毒薬を飲み、癒しの魔術を受けている頃でしょう」


「そうか……良かった」


 レンヴラントは、沈んだ声で吐き出した。


 そうだ、俺には駆けつけるよりも、自分の持つもので、彼女を守らなければ。


「アルバート。レティセラの診察が終わり次第、彼女を本館に移せ。俺の部屋の近くで頼む。そこに結界をはり、護衛をつけさせる」


「彼女は使用人メイドですよ? そこまでしたら、仕事に戻るときに支障が出るのではないですか?」


「それなら、辞めさせる」

「は?」

「レティセラを解雇する。どうせ、メイドじゃなくなるんからな」


「確かに本館で、レンヴラント様の庇護下に置かれれば手は出せなくなりますが、それをレティセラさんにどう説明すれば……」


 ロザリーが頬に手をあてた。


「それは、俺があれを渡すときに説明する」


 レンヴラントは机の上に置いた、小さな箱に目を向けた。





 それから、レティセラは奇跡的に命を取りとめた。

 その日のうちに、自分と同じフロアの一室へ移され、見張りと、結界を張っている。


「よぉ、具合はどうだ?」


 部屋に入り声をかけても、返事はない。


 今日は年末。レティセラの誕生日で、本当なら想いを告げていたはずだった。だが、それはお預けになるだろう。その彼女は、意識が戻っていないのだから。


 目が覚めないのは、ケロルの中毒症状と言っていたな。


 心配になって、毒に詳しい知り合いに診てもらったが、毒が抜けるまでには、しばらくかかるだろう、という事だった。


「お前、いつまで寝てるんだ? 今日は誕生日なんだろう。16歳か、俺より4つ下なんだな」


 ベッドの傍に座り膝をつくと、重みで布団が沈んでいく。

 真っ白い顔で横たわる姿を見ていると、いつかの雨の日を思い出し、胸が締めつけられるようだった。


 祈るように、彼女の手を包み込む。


「俺をこんな風にしたんだから、責任とれよ」


 その手に小さな箱を持たせて、フッと笑みを零し、頭を撫でてやる。


「おめでとう」


 早く起きろよ、と額にキスを落とす。窓の外をみると、いつかの満月がそれを見ていた。


 あぁ、もう年が明けるな。

 明日には起きてくれるだろうか? 

 早く伝えたい。早く、声が……聞きたい。


 そんな願いも、聞き届けられることはなく。次の日も、その次の日も、レティセラはやっぱり目覚めなかった。


 しかも年明け早々、国内で大きな事件が起こった。城も騎士団も、その事後処理で大忙しとなり、宰相の父を持つ俺も、もちろんそれに手を貸さなくてはいけならなくなった。

 そのため、しばらく家に帰れない日が続いていた。


 そんな中、アルバートからレティセラが目覚めたという知らせが届く。それは、毒を飲んでから、8日も経った日のことだった。

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