第24話


 入学1日目ということもあり、私は愛しの丹羽先生の隣でクラスメイトの実技授業を見学していた。

 異能同士のぶつかり合いは迫力満点で、爆発音や何かが破壊され崩れる音が絶え間なく響く。その度に体を震わせる私を丹羽先生が気にかけてくれた。

「大丈夫か」

「大丈夫じゃないと言ったら抱きしめてくれますか」

「……おっさんだぞ」

「知ってます」

 先生の服をギュッと掴むと、頭をぎこちなく撫でてくれた。推せる。


 みんなの素早い動きは目で追うのがやっとだ。軽々と跳び上がり、空中を行き来する姿は、本当に漫画の世界なのだ、と実感させられた。


 そのうちに目が疲れてきて、何度も瞬きをした。それでも目は乾く。ゴシゴシと目を擦っていれば、一際大きな爆発音が響いて体をビクッと揺らす。

「──チッ」

 隣の丹羽先生が小さく舌打ちをした。そして少しばかり焦ったような表情で叫ぶ。

「そこまでだ!!全員集合!」


 あちこちから生徒たちが集まってくる。駆け寄ってくるほどの元気が残っている子がいれば、フラフラとおぼつかない足取りの子もいる。私は急いで灰音ちゃんの姿を探す。彼のことだから心配はいらないはず──だった。


「──灰音ちゃん!?」

 一路に肩を貸してもらいながら、眉間に皺を寄せぐったりとしている。支えられていると言うよりは、運ばれていると言う方が正しいかもしれない。

 先生の服を離して彼に駆け寄る。閉じられた目がうっすらと開いて、私を視界に捉えた。


「……汚れんぞ」

 掠れた声は気にせず、灰音ちゃんの土埃に塗れた体に触れる。ぬるりとした感触に自分の手のひらを確認すれば、そこには彼のものであろう血が付着していた。見慣れないそれに眩暈がしてしゃがみこむ。同時に溢れ出す涙が恐怖や悲しみを表していた。


「灰音ちゃんが死んじゃう〜!!」


 うわーんと在り来りな声をあげて涙をポロポロと溢す私を見てギョッとする灰音ちゃん。

「おい、んな泣くことはねェだろ!!死なねェよこんな傷で!!」

 慌てて同じ目線になるようしゃがみ、私の頬を拭こうと涙に触れる。その瞬間──。


「お前……!」

 驚いたような声で呼ばれたと思えば、私の涙に触れた指先から彼の傷が癒えていく。

「どういうことだ」と言わんばかりの表情をするけれど、聞きたいのはこっちだ。吃驚して涙も止まる。

「まさか」

 息を飲む灰音ちゃんはそれ以上言葉を紡がなかった。口元に手を当てて何かを考え込む。隣にいた一路も呆然と立ちすくんでいた。


「……白雪。“未来が見える”という異能は嘘だな?」

 丹羽先生がしゃがみこんで私の顔を覗き込む。その顔は真剣だ。先生の確信を持った口調に誤魔化しはきかないと思った私はゆっくりと頷く。

「“この力”がお前の異能なんだろう。異能は一人の人間に二つも宿らない」

 きゅっと眉間に皺が寄って、先生は重い息を吐いた。

「黒胤がお前を狙う理由は──これか」

 なにも理解できていない私の手を灰音ちゃんは握る。その表情は固く、私を心配するようなものだった。

「……治癒っつー異能は、稀なモンなんだよ。世界中を探しても片手で数えられるくれーしかいねェ。しかもその技の精度はあまりにも陳腐なモンが多い。時間やエネルギーがかかりすぎて実戦向きじゃねー。けど、テメェは一瞬で俺の怪我を治した。公になれば黒胤だけじゃねェ……世界がテメェを喉から手が出るほど欲しがるだろうよ」

 カタカタと手が震える。きっと顔色も悪かっただろう。

「……ぜってェ誰にも渡さねーから」

 そんな私の手を握ると引き寄せる。灰音ちゃんの腕がしっかりと私を抱きしめてくれた。

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