第33話 元宇宙人探偵とマジシャン屋敷

 外に出ると、秋晴れの空が高く感じる。よく晴れていて風が涼しい。


 ――あー、気持ちがいい。


 目をつぶってポカポカ陽気と涼しい風を堪能していると、黒塗りの高級車が止まった。

「お待たせしました、淀臣さん。おはようございます」

「おはよう、アヤ。今日は車はいい。そんなに遠くもないし、歩いて行く」

「お散歩ですか? それもいいですね。私もご一緒してもよろしいですか?」

「ああ」


 歩き始めると、アヤも車を降りてついてくる。

「本当に、いいお天気ですね。運動会日和です」

「運動会があるのか?」

「うちの大学にはありませんね。来月には学園祭がありますけど」

「学園祭?」

「けっこう豪華にやるんですよ。毎年芸能人も呼んでいます。良かったら淀臣さんも来てください」

「気が向いたらな」

 行く気のない人間がする返事だな。気が向いたら、予定が合ったら。


 ガアーゴッ、とけたたましい咆哮と共にヒュンっと何かが俺の頭を目がけて飛んでくる。

「うわ! びっくりした! 何だ?!」

 俺を捉え損ねたカラスが電柱の上から見下ろしている。


 あ、出やがったな! カラス!

 お前のせいで表の思考が俺の存在を忘れたおかげで、嘉純さんとあともうちょっとだったのに裏に追いやられてそれっきりなんだからな!


 またしてもカラスがヒュンっと飛んでくる。蹴れ! やってやれ、俺よ!


「カラスですね。こんな攻撃的なカラス初めて見ました。淀臣さん、このカラスに何かしたんですか?」

「何もしてないのに外に出るたび襲って来て、うっとうしい! 今日こそは踏みつぶしてくれる!」

 地面に着地したカラスの真上に飛ぶ。


「そんなことをしてはダメです! カラスは頭がいいから、自分を攻撃した人間を覚えますよ! 知らん顔をしてやり過ごすべきです!」

「え?」

 慌ててカラスの頭上から軌道を変える。カラスに危害を加えることなく、ふふ~ん、と素知らぬ顔で再び歩き始めると、カラスはそれ以上は追って来ない。


 ――俺は何もしてないのに、何なんだ、あのカラスは。

 いくら頭がいいと言っても所詮は鳥だから、俺と誰かを勘違いして覚えてるんじゃないのか?


 あのカラス……もしかして、俺が宇宙船で踏みつけようとしたのを覚えてて根に持ってるんだろうか?

 それで、俺の顔を見ると攻撃してくるのか。

 そうか……俺思いっきり殺意持ってあいつ踏みつけようとしたわ。毎度襲われるのは、俺のせいだ。悪い、俺よ。



 20分ほど歩くと、サーカス小屋を模した豪邸が現れた。この聖天坂には金持ちが集まるため豪邸は珍しくないが、ひと目でエンターティナーが住む家だと分かりやすい。

 住んでるのはサーカス団ではなくマジック団だが。


 立派な門扉の前でインターホンを押すと、一般的なピーンポーンではなく、タラララララ~♪ とマジシャンにピッタリの音が流れる。

「はい」

「天外探偵事務所です」

「お待ちしておりました。どうぞ」


 ギギギ……と立派な門が自動で開く。

「おお! カッコいい!」

「ふふっ。男の子はこういうの好きですねえ」

 見た目は少年でも、戸籍は36歳だけどな。


 門を入って玄関ドアまで、大きな丸い敷石が少しずつ間隔を開けて敷かれている。

 無意識にぴょんぴょんと石から落ちたら負けゲームを始める。だから、36歳なんだけどな。


 ドアが開き、昨日の女性が出迎えてくれる。


「わざわざご足労いただき、ありがとうございます」

「いえ、探偵たるもの、現場百回です」

「では早速、現場へご案内いたします」

「頼もう」


 大きなトランプや人体切断マジックのセットなどが壁や床に置かれており、一歩足を踏み入れただけでマジシャンの家だとよく分かる。

 インテリアなのか、商売道具をきちんと管理していないだけなのか。


「いらっしゃいませ、天外様」

 執事だ。ちょっとびっくりするくらい、ザ・執事が立っている。白髪頭にチェーンの付いたメガネをかけ、白い手袋をして執事服を着た男性が姿勢良く立っている。


「いらっしゃいませ、天外様」

 執事の隣には、これまたザ・メイドなメイドさんが立っている。執事は老人でも様になるが、メイドはそうはいかない。アヤと年の変わらなそうな若いメイドさんだ。


 並んで頭を下げる執事とメイドの前を通り、奥へと進む。

 マジックの道具がそこかしこに置いてある広い部屋だ。真ん中には大きなテーブルがあり、部屋の入口から真正面には立派な神棚がある。


「そうだわ、私ったら名前も名乗ってませんでしたよね。失礼しました、富岡とみおか美咲みさきと申します」

 名前も聞かずに依頼を受ける探偵ってどうなんだ。

「天外淀臣。探偵です」


「こちらの神棚の最上段にあるのが、祖父、赤川あかがわ新三郎しんざぶろうが書いた遺言書です」

 見上げると、たしかに《遺言書》と達筆な筆で書かれた封筒が見える。


「かなり高い位置にありますね」

「ええ、大人の男性でも何か道具を用いなければ取れません」

「そんな小細工をするよりも、大事な物ですし金庫にでもしまえばいいんじゃないですか」

「鍵を付けてしまい込むだなんて、家族を信用していないと宣言するようなものじゃないですか! そんなこと、できません」

「でも、遺言書はなくなるのでしょう?」

「ええ。ですから、24時間監視できるようにカメラを設置しました。これです」


 テーブルの真ん中から、1台の定点カメラが神棚最上段に向けられている。

「なるほど、このカメラの映像を確認してもよろしいでしょうか」

「構いませんが……何も参考になるものは映っていないと思います」


 富岡美咲と話していると、ガタッと音がした。振り返ると、国旗が紐でつながったマジック道具を手に持った中年男性が立っている。

「あら、俊彦としひこさん。こちら、お話していた探偵さんです」

「天外淀臣。探偵です」


 俊彦さんと呼ばれた男は、忙しなく紐で繋がれた国旗を両腕でグルグルと巻いている。

「ああ、彼が例の。よろしくお願いしますね、探偵さん。では、私は忙しいものでこれで」

 ササッと部屋を出て行ってしまう。


「忙しそうな方ですね。彼もマジシャンなんですか?」

「ええ、この家に住んでいるのは全員マジシャンです。私の息子である勇樹ゆうきはまだお遊び程度ですが、他の者は皆超一流のマジシャンばかり」

「みんな?」

「ええ。私たちは家族でマジック団をやっています。私生活の中でもマジックの練習ができるように、道具がたくさんあるこの家に住み込んで修行しながら暮らしているんです」


「マジシャンばかりが住む家で遺言書がなくなるなんて、何かマジックが使われているのでしょうか」

「その可能性は大いにあると思います。マジックには必ずトリックがあります。ですが、プロはそのトリックを観客に悟らせません」


 超一流のマジシャンばかりが住む屋敷。

 そこで、なぜかなくなる余命いくばくもない家長の遺言書。

 マジシャンはマジックのトリックを悟らせない。

 超一流のマジシャンしかこの家にはいないとなれば、誰が犯人でもおかしくない、か……。


 ――これは、厄介な事件だ。

 早速、調査開始だ!

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