三章 魔王

第33話 スローライフ? なにそれおいしいの?

 ゴキブリたちは荷物入れのバケツストレージボックスを漁っていた。勇者タコの能力(運搬の女神の加護)が凄まじいため、バケツの中にはとんでもない量の荷物が収納されている。

 おかげで中身を把握するだけでかなりの時間を費やしてしまった。


「これがあれば年単位で生きていけそうな気がしますわ」

「食料が干物ばかりで栄養失調になりそうだけど。数日なら問題ないわね」

「たぶん探せば畑でも耕せそうな道具も出てきますわ。今後ライラック市に帰れるかどうかは分かりませんが、衣食住に満ち足りた生活は送れそうですわね」

「退屈そうだけど」

「のんびりと言ってくださいますか? ええ、こういう言葉がありますの。


 アイラの言葉に、ミーナはため息をつく。


「スローライフね……。それって港町ハルで水揚げされたばかりの高級魚よりも美味しいの?」

「そこまで豊かな生活は約束できそうもないですけど……まあ、さておき。とりあえず野営グッズもございますし、日が暮れる前に準備いたしましょうか」

「そこに異論は無いわ。ただ注意してね。この平原の真ん中に拠点を作れば否応無しに目立ってしまう。善人に見つけてもらえれば良いけど、魔物や野盗に見つかる可能性も高そうよ」

「…………」


 アイラは地面に寝そべっているゴキブリに尻を乗せたまま(ゴキブリは四つん這いだったが、疲れたので腹這いに寝ている)「うーん」と困ったように言う。


「だからといって、野営の準備をしないのも危険なのでは?」

「だから注意してねと言っているのよ。頭を使って……あ、使い方分かる? 頭突きじゃないわよ、

「お望み通りにヘッドバット頭突きするぞこのクソアマ……喧嘩している場合じゃないですわね。ええっと、ゴキブリはなにか思いつきますか?」

「ケツの感触も悪くないな」

「今から穴を掘って差し上げますので、ただちに埋まって死んでいただけますか……ん、穴? そうか、なるほど。その手があったか」


 アイラの言葉を聞いて、ミーナが頷く。ゴキブリはまだ彼女がなにを言わんとしているのか分からず、二人に尋ねる。


「その手って、どの手だ?」

「地面を掘り下げてから拠点を築けば、遠くからでも見えませんわよね」

「あ、そっか」

「ついでにゴキブリを埋める穴も掘れますし」

「それは……」


 本当に掘りそうで怖い。


「とりあえず、みんなで穴を掘るといたしましょうかね」

「は?」


 ミーナが呆気あっけに取られたかのような声で返事をした。それを聞いて──顔が見えないのでおそらくだが、アイラの目に怒りが灯る。


「なんですの? その返事は。まさかという言葉に対する反応だったりしますの?」

「だってあなたが魔法で掘れば良いでしょ?」

「穴掘りに適した魔法は習得していません。タコ様の荷物にスコップなどもありますし、みんなで……」

「そう、頑張って」

「だからあなたも頑張るのですって……無視して散歩行こうとするな貴様」

「えへへやだよーっだ。アイラおねえちゃん、ここまでおいでー」


 アイラがゴキブリから離れられないことを良いことに、少し距離をとってから手をパタパタと振って挑発するミーナ。


「びりびりにして差し上げます!」


 それにキレて、魔法をぶっ放すアイラ。しかし、ミーナは白い光の壁を展開し(これも魔法なのだろう)、アイラの魔法を防いだ。


「さすがに正面からの攻撃なら私でも防げるわ」

「へえ、わたくしが本気を出せばその程度の障壁なんて簡単に破れますが」

「じゃあそうすれば良いじゃない。お漏らししながら」

「もうぶん殴らないと気が済みませんわ……」


 アイラは立ち上がると(足腰治ってんじゃねえかよ)、ミーナに向かってゆらゆらとした足取りで近づいていく──


 いや待て、ゴキブリの命をあっさり見捨てるな。離れたら死ぬって言われているんだけど。


「接近戦で私に勝てるとでも?」

「そんなことは思っておりませんわ」


 アイラはミーナにすっかり近づいたところで、手を振り上げる。それを見てミーナは棍棒を構えるが、アイラはそのミーナの顔に唾を吐き付ける。


「ざまあ」

「死ね」


 斬撃のように鋭い一撃──アイラはそれを避けて、ミーナに平手打ちを食らわせていた。

 どうやって避けた?


「透化……あんたそんなことまで」

「一瞬しかできませんけどね、ふふふふ、でもわたくしの勝ち………」


 そう言ってアイラは膝から崩れ落ちた。


「分かったわ、今の勝負は私の負け。次は時間無制限のエキシビジョンマッチといきましょう」

「…………」


 その後に起きたことは、説明するまでもないので省略する。久しぶりに血塗ちまみれのアイラを見ることができたということだけ伝えておく。


「おーい、アイラ。終わったなら寝てないで早くこっちに来てくれ! 不運な事故アンラッキーで死にたくない」

「あの……わたくしこの有様死にかけなのですけど。あなたから歩いてくれば良いのではなくて?」

「こっちは歩いたら死ぬんじゃないか? 突然、致命的な毒虫に刺されたりして」

「えー、ええ、まあ、そうなるかも、でもわたくしは別にそれでも」


 もしかして見殺しにする覚悟を決めたのか……。


「分かった。ミーナ、代わりに来てくれ」

「嫌よ」

「ミーナ。お兄ちゃんが遊んであげるぞ」

「わーい、ゴキブリおにいちゃんとあそぶー」


 遊ぶのかよ。


 ミーナは棍棒(トゲ付き)を持ったまま、こちらに駆け寄ってこようとする。しかし急に足を止め、空を見上げた。


「なんの音……え?」


 釣られてゴキブリも空を見上げた。

 彼女の視線の先──そこに炎の塊があった。それはゴキブリに迫ってきている。


「隕石!」

「ほら、アイラが離れるから俺死んだじゃん!」

「ゴキブリ、逃げなさい!」

「いやどう考えても俺のこと狙ってるようなコースだし、逃げても無駄だろう。お前こそ危ないから遠くに──え?」


 ミーナはゴキブリそばまで来ると、空に向かって手を突き出した。


「アイラ、あなたも手伝いなさい!」


 草原に横たわっているアイラ腕だけは一流の変態魔術師を呼ぶも、彼女はすでに安らかな眠りの中にあった。


「おい、どうするんだ! さっきみたいに光の壁を出すのか?」

「あれは対魔法用の障壁だから意味ないわね。自信ないけど、土の塊を飛ばして衝突させる」

「いや、自信ないなら逃げろって」

「嫌よ」


 目の前の草原がへこんだ。そこから吸い出された土の塊が宙に浮いている。お前、そんな便利な魔法使えるならアイラと喧嘩してないで自分で穴掘りしろよ……。


「ゴキブリおにいちゃんは、!」


 そしてそれは高速で撃ち出され、もうそこまで迫っていた隕石に衝突する。そして隕石はバケツストレージボックスに飛び込んだ。


 直後。ストレージボックスの開け口から火柱が上がる。その後は静寂。


「助かった……?」

「助かった……けど、まずいわね」

「まずいって?」


 ミーナは棍棒を肩に乗せ、疲れたように言った。


「荷物が壊滅したんじゃないかしら。これじゃスローライフは難しそうね」

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