第32話 迷子センターはどこですか?

「ええ、漏らしましたよ。それがなにか?」


 アイラは堂々と宣言する。なお、相変わらずゴキブリは彼女と密着状態である。ちなみにアイラの返事は、ゴキブリの「なんか足に生温い液体が降りかかってきたような気がしたんだけど、まさか漏らしたりしてないよな?」という質問に対する答えである。


「トイレ掃除狂、失禁プレイヤー。すげえ、変態二冠だ」

「黙りなさい……。はぁ、でも子供の頃からの癖なんですのよね。制御の難しい魔法を使うと、腰が抜けたり、膝が笑ったり、。魔法学校で成績は良かったのですけど、これが原因で辞めざる得なかった」

「手から炎を放出しながら、下半身からは小便放出していたわけか……」

「ふふふ、実は最初の転移のときすでに盛大にぶっ放しておりましたの! すぐに水分を蒸発させて証拠隠滅しましたけど!」

「自慢気に言うな! 聞いてる方はドン引きだぞ!」

「まあ、汗も小便も同じような成分だと言いますし、汗でぐちゃぐちゃになりながら超絶密着している体勢でちょっとくらい漏らしたところで特に問題はございませんわ。気付かせてしまったのは失態ですが」

「少しは恥じろよ……女捨てたか」

「あなたが背中に引っ付いている時点で女を続ける道理がございません。今すぐガチムチの男になりたい」

「それ結局お前にも苦痛だろ、というか……俺たち、まだ離れたらダメなのか? さすがに暑苦しいぞ」


 ゴキブリとアイラは、同時にミーナを見た。一方、ぶらぶらと右手に棍棒をぶら下げている彼女の目は──死んでいた。


 彼女は呪詛のように喋り始める。


「箱から出てきてびっくりよ。声だけでも仲良さそうな雰囲気は感じ取っていたけれど……まさか交尾しながら戦っているなんて思いもしなかったわ」

「ミーナ……預言者であるあなたなら事情を察してくれると思っているのですが」

「知らないわ。さっさとそこら辺の原っぱに二百でも三百でも卵を産みつければいいのよ」

「わたくしまで虫扱いですの! ああもう、このゴキブリのせいでどれだけ屈辱を味わえばいいでしょうか! 今すぐにでも! 地面に穴を掘り! こいつを! 埋めたい!」


 機嫌最悪のミーナ(成人)。もう話しかけたくないが、女神の加護についての見識は彼女に頼るしかない状況である。


「ミーナ。どうして怒っているのか分からないけど、質問には答えて……えーっと、答えていただけませんか? ご指摘の通り若い男女が理由なく密着しているのは不適切だと思う……思いますので。離れても安全なのかどうかを知りたいです」

「ふえ……。ゴキブリおにいちゃんとアイラおねえちゃんがくっついちゃったよお」

「幼女化して揶揄からかうのはやめろ! つーか、いつからだ! いつ記憶を取り戻していたんだ! 記憶戻ったのにずっと幼女のふりをしてただろうお前!」

「そうですわ! あの純真無垢な瞳でわたくしの心に『妹萌え』という感覚を目覚めさせておいて、それが偽りだったなんて許されることではないですわ!」

「ミーナわかんない」

「分かれえええええええええ!」

「分かりなさいいいいいいい!」


 この後、三十分間は進展なし。



*****



 ミーナが何故ここにいるのか。当然、ゴキブリとアイラの二人には分からず、まずはそれを確かめようという話になった。(その前に『ゴキブリはアイラと離れても安全か』についての議論も行われたが、密着していないとゴキブリが死ぬ、ということで早々に話が決着している)


「時系列に沿って、最初からすべてお話しいただけますか? ミーナ」


 アイラはゴキブリに腰掛けながら(彼女が疲れたから座りたいと言ったので、なるべく二人とも変態な姿勢にならないように座る方法を考えた結果、ゴキブリが四つん這いになりアイラの椅子になった、よし……特におかしいところはない)──ミーナに言った。


 ミーナはやはり不機嫌そうな声で、説明を始める。


「その体勢で落ち着くのが理解不能なのだけど……ええ、ここにいる理由ね。単純よ。退屈だから付いてきた」

「退屈だからって……冒険者ギルドの仕事放り出して付いてきてはダメなのではなくて? あなたには責任感というものがございませんの?」

「毎日毎日仕事を放り出してトイレ掃除ばかりしていたあなたに言われたくはないのだけど」

「?」

「むかつくほど純粋な目で理解不能アピールしないでくれる? 久しぶりに血塗ちまみれになりたいなら止めないけど」

「え? いやだってわたくしは受付よりトイレ掃除の方が重要であると判断した上で仕事を放棄しておりましたし」

「そしてクビになった」

「ああああああああ!」


 ゴキブリの背中の上で悶える元受付嬢。


「で、出発当日の朝、荷物に忍び込んで……その後はいつ出て行けば面白そうかなと思って様子を窺っていたんだけど──ああ、ちなみにストレージボックスの中にいても外の声だけは聞こえるのよ。そしてゴキブリとアイラの二人きりになったのを確認して、ちょっと脅かしてみようと思って」

「影を動かした……?」

「ええ」

「そしてわたくしに、あのストレージボックスがいにしえの魔物を閉じ込めた、『伝説のバケツ』だと思い込ませた」

「あなたがあの噂を信じているのは知っていたからね。本当はスケルトンを召喚して少し脅かしてから、すぐにネタばらしする予定だったんだけど、まさか転移魔法なんてスペシャル技が飛び出してくるとは思わなかったわ」

「あなたこそ、スケルトン召喚なんてそれこそいにしえの技術だと思うのですが……どこで覚えたのでしょう」

「実はね、のよ。おめでとう、アイラは正しかった」

「は?」


 ミーナは懐からキューブ状の箱を取り出して、アイラに見せた。


「見ての通り無力化されてるけどね、本物よ。中には古の魔物たちが封印されていて、これを使えばスケルトンたちを使役できるの。そのストレージボックスの奥に転がっていたものだから、つまり伝説のバケツは本当だったということよね。勇者タコはそれ……災厄付きのストレージボックスを交易都市ルルアで買ったみたいだけど、強運者である彼が所有していなければ最後の最後で災厄を引き起こしていたかもしれないわね」

「ミーナ、説明になっておりませんわ……。制御不能の災厄を、どうして預言者に過ぎないあなたが使役──いえ、とりあえず話はここまでにしておきますわ。先に考えなければならないことがございますし」

「考えなければならないこと?」

「わたくしたちが迷子だってこと。見渡す限り目印も目標も無い場所ですわ。最寄りの街や村に向かうとしても、距離も方向も分からない」


 ミーナは頷くと、アイラに背を向け、遠くを見つめながら言った。


「そうね、迷子センターは無さそうだし。ふえ、ミーナたちどうなっちゃうの? たすけてゴキブリおにいちゃん」

「助けて欲しいのはこっちだよ、ミーナクソガキ

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