第21話 真の愛を知るには遅すぎた

 僕らは昼食を終えて、都心にある映画館に来ていた。


『凄く大きくて広いですね』

「最近、建ったばかりだからな」


 3D映像に壁から出てくるシャボン玉や水の演出、アクションと連動する座席の移動など、体感的なアトラクションを導入した4D仕様と書かれた看板を前にして、一人幼子のように騒いでいる刹那せつな

 まあ、刹那は幽霊であり、僕以外には見えないのだが……。


「刹那と、どうしても見たい映画があってさ」

『ふふーん。さては怖い映画を見せて、刹那の反応を楽しんでみたいのですね? それでもって、暗闇に生じて手を握って、キスとかして』

「そ、そんなわけないだろ」


 薄笑いを浮かべる刹那の図星の問いかけに、動揺を隠せない僕。

 確かに怖い内容かも知れないが、この映画は、今の僕らの関係には持ってこいの話だった。


 映画のタイトルは『幽霊になっても、私に恋してくれますか』だ。


 その名の通り、恋する女の子が不慮の事故で亡くなり、幽霊になった女の子が、昔から馴染みのあった、一人の男の子に恋をする話。


 でも、幽霊と過ごす存在で生きている人間と、いつまでも仲良く暮らせるはずがない。

 女の子の恋は、そこで儚げに散ってしまうのだった。


 ……と入場時に貰ったパンフに、あらすじが告知されていた。


「さあさ、ボーと突っ立ってないで座った、座った」

『座ってって言われましても、刹那、幽霊なのですけどね?』


 鑑賞席に刹那を座らすように催促さいそくするが、刹那には通用しなく、席をうろちょろしながら様子を見ている。


「まあまあ、どうどう」

『どうどうって、刹那は馬ですか?』

「ヒヒーン♪」

『ヒヒーンじゃないでしょ!』


 刹那がツッコミを入れながら、僕の隣の大人しく着席する。


 ……と思いきや、宙にふわりと浮かんでみせたり。


 この幽霊は、何がしたいんだ?

 サーカスの曲芸士の真似事か?


『ここがプラネタリウムだったら良かったですね』

「どうしてだい?」

『だって夜空に浮かんで、周りを星に囲まれるんですよ。ロマンチックじゃないですか』

「出た、女の子みたいな爆弾発言」

『むぅ、刹那は女の子ですよ』


 刹那が握ったこぶしで僕の肩を叩く。

 火照って、マッサージには、ちょうどいいな。


とは何ですか。刹那は悪霊じゃないのですよ?』

「そうだった。座敷わらしだったな……というか、人の心を読むなよ」

『では、著作権でも得ることですね』

「面倒だし、色々と金がかかるから、やなこった」


 再び、叩かれるではなく、今度は一方的にリンチもどきにされる僕。


「いっ、痛いって。それより何で、お前から僕に触ってきたら、すり抜けないんだよ!?」

『そんなことも分からないのですか?』

「ああ、世界上等ミラクルクイズに出題されても、困難な問題だと思う……あいたたた!?」

『確かに喧嘩上等ですね!』


 映画開始のブザーがなり、辺りの風景がさらに黒く染まる。

 周りからは奇怪な動きをしている僕の存在感も、ようやく薄れ出す。


「さあ、刹那。楽しくも美しい映画の時間だぜ。乙女として、これを見逃すわけにはいかないだろ」

『もう口先だけは上手なのですね……』


 そう言いながらも、刹那の目はスクリーンに釘付けだった。


 恋をして、愛した人を失って、また愛した人に恋をする、そんな


 シーンを追うごとに、刹那の頬を涙が伝う。


 彼女は無言で泣いていた。

 まるで銀幕の世界の女の子に、なりきったつもりで……。


『私は永遠に貴方を愛してる……』


 画面は黒一色となり、物語は、その台詞で終止符を打たれていた。


 中途半端にも捉えられるが、あえて最後のエピソードを説明する部分を省き、観客が色々と想像する世界観を描きたかったのだろう。


 観てくれたお客さんの分だけ、エンディングは無限に存在する。

 この映画のキャッチコピーでもあった。


****


『凄くいい話でしたね。刹那、最後まで涙が止まりませんでした』

「そうか。気に入ってもらえて良かったよ」


 心から泣ける純愛の作品をあてに、ネットで検索して得た内容だからな。


 例え、刹那が周りに見えなくて、僕一名様でも、映画のチケットは意外と値が張る。

 これで駄目なら、購入したチケットも宝くじのハズレのように、紙切れ同然だ。


『でもこんな楽しい時間も、もうすぐ終わりなのですね……』


 日も大分沈んできた。

 辺りは、静寂になろうとする夜をむかえつつある。


 刹那が、この世界に留まれるのも夜の7時まで。


 腕時計の時刻は、とっくに18時を指している。

 もうタイムリミットまで時間がないんだ。

 チャンスは今しかない。


「刹那、もうすぐお誕生日だろ。おめでとう!」


 僕は思いきって、ジーパンのポケットに入っていた小さな紙袋を、刹那に渡す。


 あれ、パンケーキの時のように、刹那の体をすり抜けない?


『ありがとうございます。でも不思議そうな顔をしてますね?』

「どうしてパンケーキを食べさせようとした時は駄目だったのに、このプレゼントは受け取れるんだ?」

『それはですね。愛の深さというものです。私への想いが、正直に伝わった時にだけ、感覚が繋がるんですよ』

「よく分からないが、幽霊にも色々あるんだな」


 ややこしい幽霊事情に、鋭いツッコミをいれてみた。


「まあ、それはそうと、開けてみてくれよ」

『はい』


 紙袋から飛び出たのは、銀のシルバーリング。

 リングの表面には、『永遠に消えない愛』と、英語で彫ってある。


「本当は婚約指輪にしようかと思ったんだけど、まだ18歳の刹那には重すぎるかなと思ってさ」

『いえ、ありがとうございます』


 刹那が早速さっそく、指輪をはめてみる。

 良かった。

 サイズも、ちょうどいいみたいだ。


「それからさ、突然で驚くかも知れないけど、僕は刹那のことが好きなんだ」

『ふふふ。今さら何を言っているのですか』


 何もかも見抜いているような口ぶりの刹那に、僕の次の言葉が遮られる。


『他の女子と見る目が全然違いますから、誰が見ても一発で分かりますよ』

「そう言えば片城かたじょうからも言われたな。分かりやすい男だと」

優希ゆうき君は、いつも直球勝負ですもんね』

「確かに、片城みたいな変化球は苦手だな」


 僕はストレートに直球を返す。

 きっとアイツは今頃、大きなくしゃみを連発しているだろう。


『優希君、刹那も、あなたのことが大好きです。本当は、ここで一緒に暮らしたいです』


 刹那からも本音を口に出す。

 わざわざ確かめなくても、お互いに想いは通じ合っていたのだ。


『でも駄目なのです。死んでしまったからには、あの世で一生懸命頑張らないと、優希君の新しいパートナーに顔向けができませんから』

「刹那、何言ってるんだよ。僕は何年経っても、刹那一途だぞ」


 僕は刹那と出会ってから、ずっと彼女に恋してきた。

 体目的ではなく、32年間生きてきて、初めて知った本当の愛。


 そう、僕は刹那と別れてから、彼女がどうしても忘れられなくて、その後は、まともな恋愛をしてこなかった。


 いや、女性に惚れることはあったが、他の女性を真剣には愛せなかった。

 好きになっても空回りで、僕の心の奥底に何かが足りなかったのだ。


 僕は、ずっと刹那のことが心残りで後悔していた。

 あの時、アイドルになろうとした刹那を引き留めた方が良かったのではと……。

 どのみちアイドルへの道は、コウタローたちの悪どい資金に利用されるのだから……。


『そう言わずに優希君、笑って下さい。あの頃みたいに、笑顔で刹那を見送って下さい』


 あの頃とは、僕がまだ小さい頃の話だろうか。

 傍には両親も健在で、好きなことに生きがいを感じていたあの時。

 僕はいつから、本物の笑顔を捨ててしまったのだろうか。


『物は向こうへは持っていけませんが、あなたからの愛を、しっかりと受け止めました』


 刹那が煌めく夕空を背に、優しげに微笑んでいた。


 そして、僕のくちびるに顔を近づける。

 幽霊のせいか、冷たくも温もりが感じられる切ないキスだった。


ひびき、これからも頑張れ』


「せつなー!!!!」


 僕がその勢いで刹那を抱きしめようとした瞬間、彼女の体が光の粒子となり、空へと飛翔して消えていく。


 人見知りで恋愛に不器用な彼女から、初めて呼んでもらった『響』という名前。

 僕は刹那との口づけとの余韻に浸りながらも、声を上げて、心から泣いた……。


****


「本当にびっくりしたよ。あんな人気のない公園で、小さい子のようにわんわん泣いていてさ。もう平気?」


 僕はあの場に偶然通りかかった鵺朱やすと一緒に、ファミレス『マニアッグ』に来ていた。


 ここには、できるだけ寄りたくなかった。

 刹那との想いが、沢山たくさん詰まった場所だったから……。


「ほらほら、何か食べる? ボクがおごるからさ。夕ご飯まだなんでしょ?」

「何もいらないよ。もう僕のことは放っておいてくれないか」

「何言ってんの。ウジウジ悩むくらいなら、とりあえずお腹を満たしなって」


「鵺朱に何が分かるんだよ!」


 あまりに無神経な幼馴染みの前で僕は、テーブルに平手を乱暴に突き立てる。


「うん、何も知らないよ。いつも響は一人で抱え込んで、何も教えてくれないから」

「だったら僕のことは、どうでもいいじゃないか」

「どうでも良くないよ!」


 今度は冷静さを欠いた鵺朱が、テーブルを思いっきり叩く。


 テーブルの上で揺れる、鵺朱の前にあるコーヒーカップ。

 それと同時に舞い散る、光の飛沫。

 鵺朱は目から、大粒の涙を溢していた。


「じゃあ、これは何なのさ?」

「それは刹那にあげた指輪!?」

「泣いていた響の足元に、落ちていたんだよ」


 鵺朱の指に摘ままれたシルバーリングが、物悲しげに光輝く。


 確か、刹那は別れ際に言っていた。

 愛の形は理解しても、物までは持っていけないと……。


「しかも永遠の愛と刻まれた英語の文字。これ、刹那宛のプレゼントだよね?」


 鵺朱が指輪を、目の前につき出す。

 リングは何も答えずに、ただ輝きを放つ。


「響、ここまできてしまったら、言い訳もできないよ」


「ボクに本当のことを話してくれないかな」


「鵺朱……」

「そんなにボクは信用ならない? 頼りがいがない幼馴染み?」

「いや、突拍子のない内容だから……」

「でも、口に出さないと分からない時もあるよ。そんな時のための口だよね」

「そうだな、実は……」


 僕は鵺朱が頼んでくれたアイスコーヒーを少しだけすすり、思いの丈を打ち明けた。

 この際、僕は話し相手なら、誰でも良かったのかも知れない。


 でも、この後に気づいてしまうのだ。

 鵺朱という身近にいてくれる、大切な女性の存在に……。


****


「なるほど、刹那が幽霊になって現れたか。そういうことだったのかあ」


 鵺朱がミートスパをずるずると食べながら、淡々と答える。


「あのなあ、この重苦しいエピソードで、よく物が食えるな」

「だって、ボクは相談に乗ってあげただけなんだから」


「……それにね」


 鵺朱がケチャップに染まったフォークを、僕の方に向ける。


「腹が減っては、考え事も纏まらない?」

「そうそう。よく理解してるじゃん」


 最後のスパゲティを腹におさめた鵺朱が、今度はデザートのイチゴのショートケーキに手をつける。


「大丈夫だよ。そのうち響のことを想ってくれる人が、また現れるからさ」

「それは鵺朱のことか?」

「ごほごほ!? いきなり何を言い出すのかな!?」


 鵺朱がケホケホとむせて、僕の顔をジロジロと見つめている。


「まあ、性格も真面目だし、顔もそこそこいけてはいるんだけどね」

「何か言ったか?」

「ううん、何でもないよ。さあ、食べようか」

「そうだな。ハンバーグが冷めちまう」


 鉄板の器で湯気を立てている品が勿体もったいない。

 折角せっかくの、鵺朱のおごりなのだから。


「響の失恋パーティーに、カンパーイ♪」


 コップに入ったドリンクバーのリンゴジュースを片手に、僕のグラスと乾杯をする。


 一言、余計な台詞だったけど……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る