第16話

〜昼 シャフマ王国 宮殿近郊〜


「あ!王宮が見えてきましたよ。もう少しです!」

リヒターの声に一行の顔が明るくなる。

「ふぅ、さすがに歩き疲れたねェ」

「キャロリンも疲れてきたわよね。もう少しだから頑張って!」

アンジェがキャロリン(ペガサス)を撫でる。俺の心配はしてくれないのか?と聞こえたが無視される。

「アレスト、私の分の保存食ほとんど食べちゃうなんて有り得ないわ!」

「ルイスに分けてもらってたからいいじゃないか」

「そういう問題じゃないわ!」

アンジェの甲高い声が響く。疲れた、とは言っていたが怒る気力はあるようだ。

「おい、あれはなんだ」

メルヴィルが指さした方を見ると、王宮から砂埃が上がっているのが見えた。

「え……!?なんだ!?」

ベノワットが思わず身を乗り出す。そのとき、砂が膨らんで人の形になった。怪物の声も聞こえる。

「!! あの砂か!!しかしこんなに王宮の近くで砂の賊や怪物が現れるなんて今までなかったのに!まずいぞ!」

「王宮には騎士団のほかの部隊がいるわ!!はやく助けに行かないと……!」

アンジェがペガサスに乗る。しかしアレストは「降りろ」と低く言った。

「おい、ボンクラ王子!あの中にはまだ騎士団が……」

「違う。これは……」

アレストが王宮の方を睨む。

「リヒター。俺の思った通りだったようだぜ。この推測は外れて欲しかったが。残念だね……」

「……!」

リヒターが後ずさる。アレストは「騎士団はもうダメだ」と呟いた。

「何を言っている!?」

「……俺だって自分の目で確かめるまで信じたくはないさ。あんたたち、なるべく殺さないようにしてくれよ」

「どうしたんだアレスト。砂の賊は人間を襲うだろう?王宮の騎士団を救いたくないのか?」

ベノワットが聞くと、アレストは俯いて首を横に振った。

「いや違う……しかし……!くっ……もうダメかもしれない!」

「アレスト。何を迷っている。シャフマの民を守る責務を忘れたのか」

ヴァンスの言葉に、アレストが顔を上げる。

「そうだ……俺たちだってシャフマの民だ。引き止めて悪かった。覚悟を決めないとだな。軍師サン、行こうか……」



【戦闘開始】


【勝利条件・敵の全滅】

【敗北条件・味方の全滅】



【戦闘終了】


「どうにか押し切ったな」

メルヴィルが剣を下ろす。ベノワットは馬に乗ったまま王宮内を見た。

「……中も荒らされたのだろうか」

「人の気配がしないわ。まさか、もう……」

「ぐっ……誰だ!こんなことをするのは!!シャフマを潰そうとしているのは誰だ!!ストワードの連中か!!」

スタンのことを思い出す。彼の手下がまだ抵抗を続けてシャフマの地を荒らしに来たのかもしれない。そう思うと、ルイスにも怒りが込み上げてきた。

「……誰であろうと許さん!!このメルヴィルが斬ってやる!!」

メルヴィルが叫んだ時だった。王宮内から大きな足音が聞こえたのだ。

「怪物です!!中に潜んでいたのですか!!ぼっちゃん!狙いはあなたです!早く逃げ……」

リヒターがアレストの手首を掴んだ。その瞬間、怪物が攻撃をする。アレストではなく、ヴァンスに。

「!?!?!?」

ヴァンスが倒れ込む。途端に王宮内から大量の怪物がなだれ込んできた。ルイスたちも武器を構えるが量が多すぎる。リヒターがヴァンスに慌てて駆け寄ったが、心臓の部分……急所を抉られて血が止まらない。

「っ……主!!ヴァンス様!!しっかり……!」

「すまない……リヒター……」

「ああっ……ヴァンス様……だ、誰か!回復魔法を……!」

「……いや、私はもう無理だ……」

ヴァンスの掠れた声にリヒターの身体が震え出す。

「それより、アレストを……砂時計を頼む……」

リヒターがハッとしてアレストの方を見る。魔法で必死に応戦しているのが見えた。

「っ……まだまだ子どもだと思っていたが、もうあんなに強くなったのだな。我が子は……」

ヴァンスが満足そうに目を閉じる。

「しかし、砂時計の継承を見れずに死ぬのは、無念だ……」

「……」

「リヒター……アレストを……砂時計を……守ってくれ……頼んだぞ……」

ヴァンスの金の瞳の光が消えた。リヒターはヴァンスから手を離すと、すっと立ち上がった。

(守らなくては……!シャフマを……!砂時計を!)

リヒターはアレストの方に走る。


「大丈夫か!?メルヴィル!」

「チッ……俺はいい!アンジェが足を怪我した!」

「こんなのどうってことないわ!ルイス!敵はまだ奥にいるわ!キャロリンを飛ばしていいかしら?」

「気をつけて!そっちは弓兵が多い!」

中からたくさんの砂の賊も出てくる。何者かが砂を撒いているのだろうか。

ルイス自身もたたかいながら指示を出す。こんなに混戦状態になるのは初めてだ。ルイスは額の汗を拭う。

「おい!アレスト!!力を使いすぎるな!」

メルヴィルが大声で言った。アレストは「分かってるさ!」と返事をして、尚も突き進む。たしかにアレストは強い。しかし慣れていないのも事実でときどき力の加減を間違えて反動を受けている。

リヒターが合流した。ヴァンスのことを聞こうとしたが、怪物が暴れていて指示を出すのが精一杯だ。

(でもあと少し……!)

無限に出てくるわけではないらしく、斬った怪物は砂になって消える。希望を持ってまた前に出た時だった。

体に鈍い衝撃が走り、地面に叩きつけられる。痛い!そう思う前に目の前が暗くなった。

「……あいぼ……!!!軍師サン!!!!!」

ルイスが怪物の攻撃を受けたことに気づいたアレストが目を見開いて駆け寄ってくる。その間にも敵の攻撃は止まず、ベノワットたちは武器を振っていた。


「軍師サン!!軍師サン!!しっかりしてくれ!!」

アレストがルイスの肩を揺する。反応はない。息があるか確認する。少しだけ呼吸音が聞こえたが、確実に弱い。運んで回復魔法をかけなければ、死んでしまう。軍師サンが、死んでしまう、俺の、俺のたった1人の、相棒だった、人が……


「相棒が、死ぬ?」


(まさか、このまま……相棒が死ぬのか……!?)



「おおおおあああああ゛あ゛あ゛!!!!!!!



アレストが喉奥から『声』を上げる。

パリンッ……!

何かが割れるような音がした。リヒターが空を見上げる。一瞬で真っ黒な雲が辺り一帯に広がった。

「ぼっちゃん!!!」

手斧を敵に投げつけたリヒターがアレストに体当たりをし、砂の上に押さえつける。

「ぼっちゃん!!お気を確かに!!落ち着いてください!!」

「はあっ、はあっ……相棒!!死ぬな!死ぬなぁ!!!!!」

雨だ。砂漠に雨が降る。しかし恵みの雨なんて優しいものではない。雷が鳴り響き、目を開けていられないくらいに大量の水が空から降り注ぐ。意識を失ったルイスの体が泥で塗れていく。砂の怪物たちは水が苦手なのか撤退を始めた。

「に、逃げていくわ……」

「ぐっ……だが、この雨は……まずい……洪水になるぞ……!」

リヒターに拘束されたアレストは我を失ってルイスに腕を伸ばす。黒く塗られた指から砂が溢れ出していた。いや、指だけではない。全身から漏れ出るように砂が溢れて宙を舞う。

「レティア!」

「はあっ、はあっ、やっと来れた……!今すぐに回復する!」

大雨の中、レティアがルイスに白魔法をかける。ルイスは目を開けなかったが、脈は正常に戻った。

「……アレスト!ルイスは無事です!!」

「アレスト……?ルイス……?」

アレストの目がゆらゆらと揺れる。

「……だれだ、それは……うっ……俺は……誰だ……名前が、思い出せない……あんたのことも……わからない……記憶が……零れ落ちる……!!」

アンジェがレティアと一緒にルイスの顔の泥を払って優しく抱きかかえ、アレストに見せた。

その顔を見たアレストは暴れるのをやめた。砂も零れなくなり、砂漠の上空を覆っていた雲が消えていく。

「……相棒……無事なのか……」

リヒターがアレストを抱きしめる。メルヴィルやベノワットもアレストに駆け寄り、肩を抱いた。

「……チッ……バカ王子が……」

「あぁ、良かった……完全に割れてしまうかと……」

「ぼっちゃん、よく戻ってきてくれました!!!ルイスを運びましょう。息はありますから、治療をすればきっと目を覚まします」

ルイスを王宮内の医務室に運び込む。騎士団や王宮で暮らしている貴族の誰かが生き残っているかと思ったが、探しても誰一人見つからなかった。


「相棒……」


それから数日が経っても、ルイスは目を覚ますことはなかった。アレストは自分の部屋で面倒を見ると言い、ルイスの隣で毎日看病を続けた。


「本当に、悪いことをした……。俺はまたあんたを……」


あの日、目を覚ます前のルイスのことを思い出す。


『アレスト!またお酒飲んでるの?

本当にあんたは馬鹿なんだから!』


「くっくく……悪いね。俺はこうでもしないと生きられないのさ。ところでええと、なんだっけ。俺は……あんたは……」


『もう自分と私の名前を忘れたの?

あんたはアレストで私はルイス』


「アレスト……ルイス……そうだった。たしかそんな名前だったぜ。いつも教えてくれて助かるねェ」


『はぁ……呆れる。そんなので王子だなんて』


「失望したか?」


『ううん。あんたはあんただもん。アレスト、名前を忘れても……アレストはアレストだよ』


「……そうだな、相棒。俺は俺だ。自分が分からなくなっても、あんたは何度も俺の名前を呼んでくれた。ルイス……俺はあんたが大切なんだ。でもあのとき、あんたから過去を奪っちまった。悔やんでも悔やみきれないさ。……なぁ、また俺はあんたを失うのか?今度こそ、本当に死んじまうのか?ルイス……」

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