第23話 許嫁が家にいる!?

「ちょっと! お母さん!」


 スマホを耳に当てて、思わず叫んでしまう。


「なによ……昼間からうるさいわね」


 耳から優しい声が聞こえてくる――じゃなくて!

 今は母に癒されている場合じゃねえ!


「どういうことか、ちゃんと説明しろよ!」

「なんの話よ……お母さん何かした?」

「日野マリンの話だよ! なにを勝手に話進めてんだよ」

「ああ……あの子ね! いい子でしょー!」


 項垂れてしまう。

 もうこの人は……自由すぎるよ、どこまでも。

 やりたい放題じゃん。


「あのな、お母さん。許嫁とか、俺は知らなかったんだよ」

「あんた、小学生の頃約束してたじゃない。忘れてたなら、あんたが悪いと思うんだけど。女の子との約束を忘れる男なんて、最低よ、最低」

「ぐっ……!」


 それはぐうの音もでない正論だった。

 だとしても……だとしてもだ!


「だからって、同棲するかどうかは俺が決める話だろ! 第一、この家は元々は親戚の家なんだから、勝手に同棲を認めるなんてしちゃいけないだろ!」

「あら。その点は大丈夫よ。だって、マリンちゃん……お母さんの従姉の子だから」

「……え」

「知らなかったあ? その家は、お母さんのお母さんの兄の家なのは知ってるわよね。で、マリンちゃんは――お母さんのお母さんの姉さんの孫なのよ」

「えええええええええ!!?」


 どんな関係!?

 分かりづらっ!

 つまり、この家は俺のおばあちゃんの兄の家で、マリンちゃんは俺のおばあちゃんの姉の孫ということだけど。

 とにかく、マリンちゃんと俺は、立派な親戚だということだった。


「ていうか……それなら別の問題が生まれないか? マリンちゃんは俺の従妹ってことだろ? そういうのって……法律上は問題なくても、倫理的な話でさ……そのおばあちゃんの姉側がなんて言ってるか……」

「そりゃあもう大喜びよ! お赤飯も炊いたらしいわ!」


 狂っている。

 おかしいよ、この家族。

 よくまともに育ったぞ、俺。この呪われた思想をぶっ壊すのは、俺しかいねえ。


 ていうか、少し納得いったよ。

 お母さんが、簡単にマリンちゃんを家にあげた理由が。マリンちゃんが俺の実家を知っていた理由が。

 普通に知り合いだったわけだ。


「とにかく……同棲なんて、俺は認めないぞ」

「あんたが認めなくてもねえ……その家、だから言ったでしょ。親戚の家って」

「とは言っても、元々住んでいたその、おばあちゃんの兄貴から見れば、マリンちゃんは妹の孫だろ? ほとんど関係ないじゃん」

「それがね……お母さんよりそっちの方がラインが強いらしくてね」

「……つまり?」

「簡単に言えば、拒否権はないってこと」

「のおおおおお!」


 なんて状況だ!

 逃げ場がない!

 むしろ、あれか? 下手なことしたら、俺が追い出されるパターン?


「ていうか……あんた、あんなかわいい子と同棲できるなんて、そんな奇跡そうそうないわよ。喜びなさいよ」


 それはそうだけど……。

 普通なら、そうしているさ。

 俺だって、今までの日常なら、その通りにしているさ。

 でも、もう違うんだ。朝姫がいる。朝姫がいるんだよ。


「朝姫との問題もあるからさ……」

「えー? 朝ちゃんなら大丈夫でしょ。仲良くできると思うけど」


 お母さんの能天気の言葉を聞きながら、俺はキッチンに目をやった。

 昨日まで朝姫が着ていたエプロンをつけて、夕飯を作っているマリンちゃん。

 そして、それをテーブルで、般若顔で見ている朝姫。

 こわい、こわいよ。

 今にも殺しそうだよ。


 考えてみれば当然だ。

 朝姫は俺を恨んでいる。

 殺したいほど憎んでいる。だとしたら、その相手に許嫁がいるとしたら?

 その相手の恋人が、家で住み込みを始めたとしたら?


 彼女が抹殺リストに入るのは、ごく自然なことではないだろうか。

 いや、むしろ。

 朝姫は、マリンちゃんを殺すことで、俺から大切な人を奪ったことで、死より辛い地獄を見せつけるつもりなのかもしれない。


 それだけは絶対にだめだ。

 朝姫がマリンちゃんを殺す展開にだけは、絶対にするわけにはいかない。


 ていうか、もう今にも殺しそうな勢いだけど。

 隠すとか、計画とか、もうそういうの一切なく、ただシンプルに殺しそうなんだけど――朝姫の顔。


「できないよ。朝姫とマリンちゃんは犬猿の仲を超えてる」

「そ、そんなに……?」

「とにかくさ、マリンちゃんは有名人ってのもあるし……俺との同棲がばれたら大変だろ? そんな管理、俺にはできない」

「そうねー。そこがネックねー」


 考えてなかったのかよ……。

 まじで適当にしやがって。

 こちとら俺の命かかってんだぞ!!

 あと朝姫の人生が!!


「そんなに同棲が嫌なら、あんたがなんとかしなさい。許嫁の約束を忘れてたあんたにだって責任はあるんだし……男なら、こっぴどく振るなり、それなりの覚悟は決めて、やることやってから、私を頼りなさい」

「頼りなさいってか、ほとんどお母さんのせいでこうなってる気がするんだけど」

「そりゃ、同棲を認めたのは私よ? でも、それ以外には何もしてない。全部、マリンちゃんが決めたことなの。それはあんたにも分かるでしょ?」


 それは、そうかもしれない。

 同棲すると決めたのも、結婚すると決めたのも、実家に向かったのも、家族と話し合ったのも、全てマリンちゃんがしたことなのだ。

 それほどの覚悟と行動力が、彼女にはあったのだ。


「だから……、そのマリンちゃんに応えるためには、あんたも行動する。私は応援すると言ったのは、あんたの人生を、よ。マリンちゃんのじゃないわ。まあ、マリンちゃんにも幸せになってほしいけれどね……でも、一番、あんたたち兄妹よ。だから、あんたが他にいい人を見つけたってんなら、私は否定しないわ。でも、それならそれで、ちゃんとけじめをつけなさい」


「…………」


 正論だった。

 何も言い返すことができないくらいに。

 何も言い返すつもりはないくらいに。

 その通りだ。


 俺は、何もしていない。ただ、周りに責任を押し付けようとして、マリンちゃんの覚悟から逃げようとしていただけだ。

 朝姫を盾に、自分の身を守ろうとしていただけだ。


「分かった……また、電話するよ」

「うん、頑張りなさい」

「ありがとう」


 そう言って、電話を切った。


 だったら、俺も覚悟を決めなければならない。

 どうするべきか――ちゃんと、俺だけで、俺の答えを出すんだ。

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