オマケ 狐御殿にご招待

 この前知り合った、化け狐のコノハくん。

 あの後小狐達はすくすく成長しているとのことで、今日はそのお礼がしたいと言われ、私と葉月君は狐御殿に招かれていました。


「狐御殿かあ。まさかこんな場所があったとはねえ」


 葉月君がキョロキョロと辺りを見回し、私も驚いて口を開ける。

 招待されたのは、立派なお座敷。コノハくんに案内され、『狐の通り道』なる場所を通っていった先にあった、日本旅館なような建物。そこが狐御殿でした。


 大きな部屋の中に、私と葉月君は並んで座り、目の前には膳が置かれています。

 そして目の前には狐サイズの小さな着物を着たコノハくんがいて、湯飲みにお茶を注いでくれています。


「この前はどうもありがとうございましたコン。今日は目一杯おもてなしをさせてもらうコン」

「そんな、別に大したことをしたわけじゃないですよ」

「いいじゃない、コノハがこう言ってるんだから」

「そうそう、遠慮はいらないコン。すぐに料理を持ってくるから、待ってるコン」


 そう言ってコノハくんは、とてとてと部屋を出て行きます。

 豪華なお座敷に私は緊張していましたけど、葉月君はそんなものとは無縁のようで、のんきにお茶をすすっています。


「葉月君、くれぐれも、羽目を外し過ぎたいでくださいね」

「わかってるよ。けどなんかこうしてると、二人で旅行に来たみたい。食事の後は、温泉や泊まる部屋も用意してあるって言ってたし、せっかくだから楽しもうよ」


 本当にわかっているんでしょうか?

 けどまあ、コノハくんがせっかくおもてなしをしてくれたのですから、楽しまないと失礼ですよね。


 そんなことを考えながら、私もお茶を飲もうと湯飲みに手を伸ばしたその時。


「うっ!?」

「葉月君、どうかしましたか……葉月君!?」


 見ると葉月君、持っていた湯飲みを落として、ドサッとうつ伏せに倒れたのです。

 い、いったいどうしたんですか? 


 しかし、仰向けにしてみてもまるで反応なし。完全に意識を失っています。


「どうしてこんなことに? そうだ、コノハくん、コノハくーん!」

「はいはい何でしょう?」


 すぐにふすまが開き、顔を出してくるコノハくん。

 だけど倒れている葉月君を見て、細い目を丸くしました。


「あわわ。風音さん、いったい何がどうなってるコン? 知世さん、やっつけちゃったんですかコン?」

「そんなわけないじゃないですか! お茶を飲んでたら、いきなり倒れたんです」

「お茶を? 変だコン、普通の妖緑茶なのに……ああーっ!」


 コノハくんが何かに気づいたみたいに、声をあげる。


「しまったコン。これは妖緑茶と言って、妖にとっては普通のお茶だけど、人間には副作用があったんだコン」

「副作用って、まさか死んじゃうんですか?」

「違うコン。人間が飲むと、お酒のようなこうかを発揮するコン。つまり、酔っぱらっちゃうってことだコン」

「よ、酔っぱらう?」


 それで酔いつぶれて、寝ちゃったわけですね。

 よく見たら確かにお酒に酔ったように、頬は赤く染まっていますけど、呼吸はちゃんとしています。

 もう、脅かさないでくださいよー。


「間違えちゃったコン。ごめんなさいコン」

「まあ、命に別状がないならいいですけど。それにしても葉月君、よく寝てますね」


 仰向けになっている彼の顔を覗き込む。

 するとその時、彼の閉じていた目が、ゆっくりと開かれました。


「うっ……ん……」

「葉月君、大丈夫ですか? 私のこと、分かりますか?」

「ん……アナタ……」


 トロンとした目でじっと私を見つめる葉月君。

 そして。


「……知世ちゃん」

「えっ?」

「あははっ、知世ちゃんだー!」

「きゃああっ!」


 名前を呼んだかと思うと、葉月君はガバッと起き上がって、私に抱きついて来たのです。


「ちょっと、何やってるんですか! は、離れてください!」

「酷ーい! 知世ちゃん、あたしのとこ嫌いになったの?」

「き、嫌いじゃないですけど。だいたい、何なんですかその言葉使いは。葉月君変ですよ!』

「ふふふっ。葉月君じゃなくて、風美って呼んで♡」


 え、風美? 風音でなくて、風美って?


 はっ! そうです。

 この雰囲気、覚えがあると思ったら、葉月君は彼が女装した時に見せる人格、風美ちゃんじゃないですか!

 理由は分かりませんけど、ひょっとして酔っぱらった拍子に、風美ちゃんモードが出てきたと言うことなのですか!?


 言葉遣いも仕草も、女の子みたいになってしまう風美ちゃんモード。

 これをやられると、まるで本物の女の子を相手しているみたいで、調子が狂って苦手なんですよね。

 すると葉月君、背中に回す手に力を入れて、むぎゅーと抱き締めてきます。


「ふぎゃー! や、やめてくださーい!」

「あははっ。知世ちゃんってば真っ赤になっちゃって、可愛いー!」

「か、からかわないで、早く離れて……きゃー、どこ触ってるんですか!」

「えー、こんなのスキンシップじゃない。女の子同士なら普通でしょ?」

「女の子同士って、葉月君は男の子じゃ……」


 すると葉月君、とても傷ついたような顔になり、目に涙を浮かべてきます。


「酷い。知世ちゃん、あたしを男の子扱いするの!? えーん、傷ついたー!」

「えっ? ち、違います違います! 決してそのようなつもりじゃ」

「だったらいいじゃない。女の子同士、スキンシップしても。赤裸々に、何もかもさらけ出し合いましょう」


 そう言って今度は腰に手を回してきて、もう片方の手で頬を撫でてきましたけど、何だか手つきがいやらしいです!


「か、風美ちゃん。私こういうのはちょっと……」

「大丈夫よ。だって今は女同士なんだもん。何も問題ないじゃない」


 トロンとした、どこか色気のある目で訴えてくる風美ちゃん。

 そ、そうなのでしょうか。女の子同士なら、これが普通なのでしょうか?

 そういえば悟里さんも酔っぱらうと、こんな風にスキンシップを取ってきましたっけ。頬に接吻をされたり、色々触られたり、語るのが恥ずかしいくらいのことをされましたけど。

 ならここも、受け入れるべきなのでしょうか?


 ええい、水原知世、覚悟を決めるのです。

 今の彼女は、葉月君にあらず。風美ちゃんなのです!


 風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子……。


「ふふっ、抵抗しないってことは、好きにしちゃっていいってことね♡」


 風美ちゃんは私を押し倒して、その上に馬乗りになってくる。


 ひ、ひぃ~!

 だ、大丈夫。風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子、風美ちゃんは女の子……。


 って、ちょっと待ったー!

 よく考えたら、やっぱり女の子じゃありません! 

 風美ちゃんは風音くんが女装しているだけで、中身はやっぱり男の子じゃないですか!

 と言うか今は口調が変わってるだけで、女装すらしてないですもの!


 けど抵抗しようにも、足に乗っかられて両手とも葉月君の手で強く握られ、身動きがとれません。

 

 はっ! そうだコノハくん。コノハくんがいました。お願い助けて。

 祈るようにコノハ君に目を向けると……。


「大丈夫です。ボクは何も見ていませんからごゆっくりと」


 そう言って両手で目を抑えながら、私達を見ないようにしていました。

 いや、ちゃんと見て助けてくださいよ!


 とかなんとかやってるうちに、酔っぱらって出来上がった風美ちゃんが、眼前に迫ります。


「いただきまーす♡」


 も、ももも、もうダメです!

 けどそう思った次の瞬間、風美ちゃんがドサッと崩れ落ちました。


「か、風美ちゃん?」

「…………Zzz」


 恐る恐る名前を呼んでみると。なんとすやすやと寝息を立てているではありませんか。


 寝、寝てる! 

 これだけのことをやっておいて、ここまでして寝ちゃうんですか!?


「あれ、寝ちゃってるコン?」

「コノハくん、どうして助けてくれなかったんですか!」

「ごめんなさいコン。楽しんでるみたいだったから、邪魔しちゃ悪いかなって思ったコン」

「楽しんでません! それより、葉月君をどかすのを手伝ってください!」


 結局その後葉月君を引き離すと、彼を用意されていた寝室へと放り込んでやりました。

 そして私もお風呂だけいただいて、さっさと寝ましたよ。

 晩御飯は食べなかったのかって? もう食欲は完全に消えてなくなりました。


 というわけで、さんざんな夜だったわけですけど、次の日起きてきた葉月君は。


「おはよう、トモ。何だか昨夜は知らない間に寝ちゃってたなー。けど、何だかいい夢見た気がする」


 パンッ!


 反射的に彼の頬を平手打ちしてしまいましたけど、私は悪くないはず。

 あれだけのことをしておきながら全部忘れてしまうなんて、どういうことですか!


「えっ、えっ? トモ、俺はなんでぶたれたの?」

「知りませんよ! 葉月君なんて大嫌いです!」


 くつろぎに来たはずなのに、さんざんな目に遭っただけで終わってしまいました。

 これも全部、葉月君のせいですからね。


 あと私は大人になっても、葉月君とは絶対にお酒を飲みませんから!

 絡み酒は、悟里さんだけで十分です。

 もしかしたら彼のお酒癖の悪さは、師匠である悟里さん譲りなのかもしれません。



 ※読んでくださってありがとうございます。

 『ハライヤ!弐』、気づけばいつの間にか10万文字を超えていました。

 祓い屋シリーズは今後も続けていき、今回評判が良かったルカも、どこかで再登場させたいです。



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ハライヤ! 弐! 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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